公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―1―


「ぎゃあああああああぁあぁあああ!!!!」
 すさまじい叫び声にびっくりして目を覚ました僕は、ぱっちりと目を開けたまま、しばらく息をすることすら忘れた。
(な、なに?なにっ!?)
 ぼんやりした視界にごちゃごちゃと色彩が入り乱れたが、目の前で叫んだのが女の人だというのはわかった。次の瞬間、とんでもない痛みが股間を襲う。
(いってぇええええええええええええ!!!!?!?!?!?)
「ふぇっ、ふぎゃああああああ!!あああああん!!」
「奥様!?奥様、おやめください!!誰か!誰かぁ!!」
「何事ですか!?」
「奥様!お子をお放しください!!」
「違うわ、違うわ!わらわの子じゃないわ!!こんなもの・・・・・・!!」
(痛い、痛い!痛いってえぇ!!放せ!!このクソババア!!誰か助けて!!僕の大事なムスコが潰れるぅぅ!!!!)
「ぎゃああああっ!!ふぎゃああっ!!ふぎゃあぁっ!!」
 万力で潰されているのかと思うほどの痛みに、じたばたともがいていると、もみ合う大人たちが何とか助け出してくれた。
「わああああああっ!!!わらわの娘はどこぉぉぉ!?あああああぁぁ!!」
(ひいぃぃ、痛いぃっ、僕のちんこがぁぁ。うぅ、痛いよぅ、怖いよぅ・・・・・・なんなんだよ、もぉ〜〜っ!)
 発狂している女に負けないくらいの音量で、びええびええと泣き声上げながら、僕はどこかに運び出されていく。情けなく漏らしたって構うものか。いま僕は赤ちゃんだ。
 それが、僕がこの世界に生まれて最初の記憶になった。


 僕の名前は染谷誠司。家族は両親と姉と妹に挟まれた長男で、受験勉強中の高校三年生だ。・・・・・・いや、だった。
 はっきりとは思い出せないけど、すごい音がして、横向きになった車が吹っ飛んできた。結構でかい多重事故に巻き込まれたのが最期だと思う。その後にふわふわした雲の上で、白い服を着たチャラい雰囲気のお兄さんに「ごめんなー」と言われて送り出された・・・・・・ような気がする。夢だったような感じもするけど、前世の記憶を持ったまま生まれ変わっているので、やっぱり現実なんだろう。
 とりあえず、僕は僕のまま男として生まれ変わったわけだけど、僕の今世での母親は、女の子が欲しかったらしい。それで、今度こそと臨んだ第五子の出産をがんばって乗り越えたのに、生まれたのは結局男の子だったので、まあ、そういうことだ。
 あのちんこもぎ取り未遂事件以来、僕にとって最大の脅威は母親だと強く意識した。それはもう、玉が潰れる勢いで肝に銘じられたわけだし。
 赤ん坊ながら、僕は前世の記憶を持っている。つまり、十七年分のアドバンテージがあるということだ。これを生かして、なんとか生き抜かねばならない。
(漫画とかラノベにある展開だと、自分のステータスが見えちゃったりするんだろうけど・・・・・・あれ?)
 ステータスオープン、なんて唱えてはいない。ただ、ゲーム機のコントローラーで、ステータス画面が開くボタンを押すイメージがあっただけだ。
(見える!見えるぞ!?)
 本当に自分のステータス画面が見えた。だけど、今までにやったことのあるゲームのユーザーインターフェイスじゃなかった。ゲームの雰囲気に沿った装飾がないし、かといってネトゲや洋ゲーの様な味気ないほどのシンプルさでもない。褐色のフレームに藍色の影が出る黒い文字だ・・・・・・おしゃれだけど、なんだか格式高い感じがする。
(まあ、いいや。僕はどういう人なのかな?)

サルヴィア・アレネース・ブランヴェリ (0歳)
レベル:1
職業 :なし
天賦 :【魔女の叡智】
称号 :【隠された末息子】

(ワッツ!?)
 とりあえず僕の今世の名前が判明したが、問題が大ありだった。
(サルヴィア・アレネース・ブランヴェリって、『フラワーロードを君と V』のライバルキャラじゃん!)
 略して『フラ君』は、シリーズが三作まで出ている人気乙女ゲーだ。最新の第四作目が、再来月発売だったはず。なんで僕がそのキャラまで知っているかというと、腐った姉貴と夢女子妹にやらされたからだ。中間子に人権は・・・・・・いや、やめておこう。あの経験が、こうして役に立っている。
 『フラ君』は、攻略対象の男キャラも、ライバルの女キャラも複数人いる。単純に好感度を上げていくというより、育成要素の強いゲームだ。学生生活三年間がゲーム期間だが、恋愛パートで負けたからといって、主人公が残念なバッドエンドを迎えるという事はない。ただし、ストーリーパートでヘマをすると、攻略対象が破滅するという、ガラス細工な心を殺しに来るエグい仕様だ。ちなみに、ライバルキャラにも破滅エンドはないが、対になる攻略キャラが破滅するとステータスが爆上がりして、学業勝負で主人公がほぼ勝てなくなる。坂道を転がるように詰みかけるので、ストーリーパートでは絶対に失敗できないし、そのためには育成をがんばるしかない。
(サルヴィアは武術も魔法も適性が高い、クールな秀才お嬢様キャラだった。特に魔法薬学で勝つのがクッソ難しかった!)
 天賦に【魔女の叡智】とあるくらいだから、そりゃあ魔法も薬学もできるだろう。それはともかく、サルヴィアは公爵令嬢だったはずだ。
(あっ、誤植・・・・・・!)
 サルヴィアはライバルの女キャラだが、公式攻略本に「男」と誤植されたことがあった。そのせいで「実は男の娘なのか」と、ずいぶん界隈がにぎわったらしい。姉貴が狂ったように悶えていた。たしか、サルヴィアと対になる攻略対象は、アドルファス王子だったな・・・・・・え、男だったら跡継ぎできないじゃん。あ、主人公が王子とくっつけばいいのか。
(つまり、僕は『フラ君』の世界に転生した可能性が高いと?)
 それにしてはUIが記憶と違うのだが、とりあえずサルヴィアとして生きることを覚悟した。幸い、『フラ君V』のストーリーは覚えている。三年生の文化祭貢献度争いと卒業試験が最終勝負だ。
(だけどまあ、お母さんがアレじゃあ、僕も女として生きていくしかないだろう・・・・・・)
 ゲーム中で母親が亡くなったという情報はなかったから、せめて独り立ちするまでは、このまま令嬢としてがんばっていくしかない。母親の地雷を踏んだら、良くて幽閉、最悪ゲームの開始時期に到達する前に性器切断な即死エンディングを迎えかねない。
(嫌だぁああああああ!そんなの怖すぎるうぅぅ!)
「ふえっ、ふぎゃっ、ふぎゃぁああん!」
 不安になると泣いちゃうのは、いまは赤ちゃんだから仕方がないよ!
「あらあら、お嬢様。お腹が空きました?」
(お腹も空いたけど、お母様が怖いのと、将来が不安なんだよ。っていうか、もうお嬢様呼び固定なんだね)
 ナニー(乳母)に抱っこされて、ぽんぽんとお尻のあたりを叩かれながら柔らかい胸にくっついていたら、ちょっと落ち着いた。ゆらゆらされると気持ちいい。
 それにしても、彼女、死ぬ前の僕とあんまり年変わらなく無いか?貴族のナニーがバイトってことはないだろうし、就業年齢とか結婚適齢期とか、そういう文化も違うんだろうな。慣れていかないとボロが出そうだ。
「いまミルクをお持ちしますから、少しお待ちくださいね」
(ありがとう、優しいお姉さん)
 ベビーベッドに戻されてナニーが部屋を出ていくと、僕はもう一度ステータスを開いて続きを確認した。
(武勇?政治力に、忠誠心・・・・・・なんだこれ?こんなの『フラ君』にはなかったぞ。ふーん、戦国シミュレーションゲームみたいだな)
 自分でやったことはないが、友達に薦められて見たゲームプレイ動画が、こんなステータス表示をしていた。
(おおっ、才能(アビリティ)に【鑑定】と【空間収納】がある!この辺はMMORPGっぽいな!アニメでしか見たことないけど!ラノベっぽい便利スキルありがとう!)
 ステータス値は全部低かったが、まだ生まれたてなので仕方がない。伸びしろがあるという事だ。幸い、魔法などの各種素養が表示されているので、自主練していけば早めに芽が出るだろう。
 試しに厨二臭く気を練るイメージをして、目の前にある魔道具にえいと飛ばしてみた。
 ちりんちりんころころ・・・・・・
「ぁ、あうあ〜、きゃっきゃぁ!」
 上手く魔力っぽいものを飛ばせたみたいだ。それにしても、このベッドの上につり下がっているメリーゴーランドみたいな魔道具、なんて言うんだ?ボールや鈴がくるくる回って、理性とは関係なく楽しくなってしまうんだが?・・・・・・まあ、赤ちゃんだもんな、仕方ないか!