朧月夜 U


そっと髪を払われた耳朶に濡れた感触があたり、アルヴィーゼは背を浮かせた。

「ジュリア・・・や、め・・・っ」

自分に覆いかぶさる男を、必死で退かせようとするのだが、びくともしない。
背格好はほとんど変わらないのに、デスクワークばかりの自分と、大洋の航海をものともせず、あちこちで生活する弟との、圧倒的な差だった。

「可愛らしく抵抗していただけるのは嬉しいのですが・・・あまり大きな声を出すと、みんなを起してしまいますよ」

それは困る。
しかも、自分の必死さが「可愛らしい」程度なのかと、情けなくなった。

アルヴィーゼの抵抗が弱まったところで、ジュリアンは素早くアルヴィーゼの上着に手をかけた。その手際のよさには、襲われているアルヴィーゼも唖然とする。

「な・・・なにをするかっ!」
「お静かに」

今度はすこし乱暴なキスが、素肌をまさぐられて上げそうになった悲鳴を飲み込ませた。


また嫌われてしまうかな、と考えなくもなかったが、ここまできたら止められない。
ジュリアンが敏感なところを探し当てるたびに、驚愕と狼狽に凍りつくトパーズ色の瞳がいとおしかった。

オルセオロ家の家長であるアルヴィーゼを、謀略の限りを尽くし、どん底までその名誉を失墜させ、人生をめちゃくちゃにしようともした。

だが・・・

「も・・・よせ、と・・・つっ!」

か細くもしつこい抵抗にイラついて強く吸うと、滑らかなわき腹に赤く痕が付いた。
たぶん、今の自分は残酷な目をしているのだろう。
それでも、この人は許してくれるだろうか?

弾む息に上下する白い胸が、唾液に濡れて妖しく月光に浮き上がる。

「とても官能的ですよ、アルヴィーゼ様」

(本当にこのまま食べてしまいたいのですが・・・)

明日の仕事に支障が出るほど無理をさせれば、絶対に青筋を立てて怒鳴られるに決まっている。
今回は残念だが、約束どおり我慢せざるを得ない。

「アルヴィーゼ様、愛しています。ですから・・・」

長い金色の前髪を払って、その額に。
快感に潤んだ目元に。痩せた頬に、濡れた唇に、ここも痣をつけた首筋に・・・

いくつもの優しいキスのせいか、アルヴィーゼはベルトに手をかけられても抵抗しなかった。
ただ、直に触れられて、かすかに体をこわばらせただけだった。

「アルヴィーゼ様?」
「・・・っ、初めてだ・・・男とするのは」
「わかっています。私は、貴方に良くなっていただきたいだけです。傷つけません」

いつもの、怒っているかのような厳しい顔はなく、戸惑いながらも受け入れようとするその表情に、ジュリアンは傷つけないという覚悟がぐらついてしまいそうで、あらためて約束した。

大事な人なのだ。
もう、絶対に、傷つけたくない。

「・・・ジュリアンッ!」

いきなり咥えられて、ぞくりとする快感がアルヴィーゼの腰から背を駆け上がった。

「はっ・・・ぁ、よ、せ・・・っ!ん・・・」

長い指が絡みつき、極上のベルベットのような舌でなめられては、声を殺せと言う方が無理だ。
濡れた音が暗い室内に響き、アルヴィーゼの羞恥心をあおった。

「ひアッ・・・ジュリアンんっ!」
「このまま、いってください。全部、私にください」

いままで見た事がない、欲情に蕩けた緑色の瞳が見上げてくる。
再び温かくぬめった感触に覆われ、アルヴィーゼは背をきしむほど反らせて耐えた。

それほど多くはないが、付き合いのあった女の中でも、こんなに上手い人間はいなかった。
どこで覚えたのかと憎らしく思わなくはなかったが、大きくなるばかりの疼きが、あっさりと忘れさせた。

深く含まれて、喉の奥にまで当たっているのがわかるのに、苦しくないかと気遣う余裕すらない。
激しくこすれているはずなのに、裏側や先端をくすぐる舌は優しい。
きつく吸われる度に突き上げてしまいそうな腰を自制するので精一杯だ。

「ダ、メだっ・・・もう、放せ・・・はや、くっ・・・」

限界が近く、衣類が引っかかったままの手を伸ばすが、黒絹のような髪が指先に絡まるばかり。
逆に腰を抱え込まれて、強制的に浮かされたせいで、我慢していたのが馬鹿みたいに、ジュリアンの喉奥へ突き入れてしまった。
同時に、止められない衝動に体がこわばる。

「や・・・ぁああっ!あっ!いっ・・・く!!」

視界が白く染まるような、最高の快感。
しびれた頭の奥で、こくりと何かを飲み干すような音を聞いた。

一気に体中がだるさを訴え、弾んだ呼吸が収まるにつれて、急激に眠気がやってくる。

温かな体に抱きしめられ、優しく髪を撫でられた。
いくつも降ってくる、柔らかなキスの雨。

「気持ちよかったですか?」

いとおしげな、甘い囁きに頷くと、相手の名前を呼ぶ暇さえ得られず、アルヴィーゼは眠りに滑り落ちていった。