和梨のフライパンケーキ


 ただいまもどりました、という声に顔を上げると、サマンサの大好きなレパルスが、荷物を抱えて立っていた。行くときには持っていなかった大きなバスケットから、甘くていい香りが漂ってくる。
「おかえりなさい、レパルス。それはなぁに?」
「恋人も満足させられない甲斐性無しからもらった報酬です」
 呆れ五割、うんざり四割強、親しみ一割弱、という絶妙なカクテルの調子から、サマンサはレパルスと会っていたのはダンテだと推測した。
「あら、意外ね。ダンテなら優しいから、何でもやってくれそうなのに」
「性格ではなく、資質の問題だと思います。・・・・・・それはともかく、サミィはダンテさんに優しくされたことがあるんですか?」
 レパルスの声がなんだか硬かったが、サマンサは特に気にせず、テーブルに置かれたバスケットを覗き込んだ。
「わあ、すごいじゃない!美味しそう!」
 そこには、桃、レモン、和梨、葡萄、バナナが入っており、レパルスが添えられたメモ紙を取り上げている間に、サマンサは早速手を伸ばした。どれも瑞々しくて、熟れた甘い香りを漂わせている。
「どれから・・・・・・、サミィ、お行儀が悪いですよ」
 そう言われても、もうバナナを一本房からもぎ取ってしまっている。サマンサはせめて椅子に座って、バナナの皮をむき始めた。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?」
 メモを読んでいるらしいレパルスは、文字列を追っている目の動きの他に、わずかに眉を顰めた。
「いえ、案外絵が下手だなと・・・・・・」
「え?」
「なんでもありません。下手な解説絵でも、意図は理解しました。サミィ・・・・・・」
 もっくもっくとバナナを頬張っているサマンサに、左右で色の違う視線がむけられる。その表情は、いつもよりこころもち頬が赤く、戸惑っているような、なにか迷っているような、そんな雰囲気がある。
「んぐっ。なにかしら?」
「一緒に、ケーキを焼きませんか?」

1、皮をむいてくし形にスライスした和梨を、フライパンに放射状に並べて火にかける。
2、和梨から水分が出てきたら、砂糖を大匙三杯ほど(好みで増減しろ)ふりかけ、和梨が透き通ってしんなりするまで焦がさないように弱火で火を通す。
3、市販のホットケーキミックスを、普通にホットケーキを焼くのと同じように、卵と牛乳を入れて混ぜる。
4、3で作ったものを、2のフライパンに静かに流し込み、蓋をして焼き上がるまで待つ。
5、ホットケーキ部分も完全に焼き上がったら、火を止めて、冷めるまで待つ。
6、大きめの皿をフライパンにかぶせ、ひっくりかえす。(レパルスならできるだろ)

 そうして出来上がったケーキは、放射状に和梨が並んだ見た目で、ふっくらと甘い香りを立てていた。
「きれいに焼けてるわ!美味しそう!」
 和梨をじっくりと焼いているレパルスのそばで、ホットケーキミックスを混ぜていたサマンサは、自分も作成に参加したケーキの出来栄えに大変満足した。
 レパルスがナイフを操って皿に取り分けてくれ、香りのよい紅茶を淹れてのティータイムとなった。
 口の中でじゅわっと広がる甘さがたまらない。しゃくしゃくとした和梨の歯触りと、果汁を含んでしっとりと仕上がったホットケーキは、市販のミックスで作ったとは思えないほどだ。
「おいしぃぃ!」
 フォークを片手に、サマンサは落っこちそうな頬をもう片方の手で押さえた。飾り気の少ない素朴な味だったが、十分に美味だ。
「リンゴでも同じことができるそうですよ」
「あ、それも美味しそうね。また今度作りましょう」
「また、今度・・・・・・」
「どうしたの?」
 またなにか言いたげな、でも何と言ったらいいのかわからない、そんな顔をするレパルスに、サマンサは変な子ね、と笑いかけた。
「そりゃあ、レパルスが一人で作った方が美味しくできるでしょうけど・・・・・・」
「そういうことではありません」
 やや語気を強めてレパルスが否定したので、サマンサも少し安心した。つまみ食いを咎められることが多いせいか、レパルスはサマンサをあまりキッチンに入らせてくれないので、近年は特に一緒に料理をすることが無い。だから、一緒に料理ができて、サマンサは楽しかったし、ティータイムの雰囲気もぐっと良くなった気がする。
「そう?じゃあ、また今度、一緒に作りましょう。私が一人でやって失敗したら、レパルスは怒るでしょう?」
「あたりまえです。焦げ付いたフライパンを洗うのは大変なんですから」
「なによ!」
 即答されて、サマンサはぷぅっと頬を膨らませるが、レパルスはただ嬉しそうに、柔らかく微笑むばかりだった。


―少し時間をさかのぼる

「絶対やってみるべきだって。好きな人と一緒にキッチンに立つのはロマンだ」
「なにがロマンですか。ダンテさんはサミィをキッチンに立たせる危険性を知らないんですよ。人間が食べるものじゃない食材が混ざったらどうするんです」
「レパルスが一緒なら大丈夫だろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「共同作業は楽しいぞ。ついでにケーキ入刀もやったらどうだ」
「大きなお世話です。私たちの事よりも、あなたはあそこに転がっているアレをどうにかするべきでしょう。まったく、いい迷惑です」
「悪かったって。でもさ、正直なところ、レパルスだってサマンサさんに『罵って』ってお願いされたらどうする?好きな相手に罵り言葉なんて出てこないだろ?」
「はっ、そんなこと言うのは私の知っているサミィではありません。別人ですので、当然おやつも食事も出しませんよ」
「・・・・・・お前、本当に天然サドだな。サマンサさんが泣いて謝る幻聴が聞こえたぞ」
「ふん。あのマゾに、その耳と頭の検査をしてもらったらいかがです?だいたい、似合わない事をやろうとするから悩むんですよ」
「うっ・・・・・・仕方がないだろ」
「得意の弁舌で何とかしたらいいじゃないですか。あなたならできるでしょう?」
「・・・・・・レパルスは優しいなぁ」
「やっぱり頭の検査を受けることを奨めますよ」
「ははっ、サマンサさんによろしく」

 片や荒縄で亀甲縛りにされた愛しい人を引きずり、片やフルーツの詰まったバスケットを抱え、二人の青年は互いに背を向けて歩き去ったのだった。