友よ沈むことなかれ
ダンテが蚤の市を訪れたのは、特に欲しいものがあったわけではないが、なにか面白いものか、掘り出し物はないかと思ったからだ。
人間は最低限の衣食住を守ることに躍起になり、かつて華やかりし文化は廃れていく一方だ。いくつもの伝統工業が跡を絶ち、こうした蚤の市に流れてくる物が、現存する最後のひとつ、などということもありうる。 ダンテにそれらの真贋を見極める能力はなかったが、目に留まったのは雑多な宝飾品を扱う店だった。本物もあれば、ダンテの目にも偽物とわかるチープなものもあり、まさに玉石混合。そのなかで、カットも研磨もされていない、色とりどりの石ころが放り込まれた箱の中に、綺麗な輝きをするひとつを見つけた。 「おーい、レパルス」 いつものごとく、何処からともなく、ふらっと現れるフード姿に、レパルスは目を眇めて頭を引いた。 「嫌そうな顔するな。出会って此の方、俺がレパルスになんか悪いことしたことがあったか?」 「これからするかもしれません。で、何の御用ですか、ダンテさん」 相変わらずひどい言われようだ、とダンテはぶつくさ言いながら、レパルスに何か放ってよこした。 「なんです?」 レパルスが思わず受け取った物は、麻で出来た人形で、頭のてっぺんからひょろりと切れ端が飛び出しており、目つきが悪いということはわかるが、なんだか間抜けな顔が描かれている。 「あ、すまん。間違えた。それは呪いの身代わり人形だ」 呪いなのか身代わりなのかよくわからない人形を、全力でダンテの顔面に投げ返し、レパルスは背を向けて歩き出した。 「待って!待って!これも一応お守りだけど・・・・・・!間違えただけ!こっちを渡そうと思ってて・・・・・・」 「なんですか、いりません!!」 無理やり押し付けられたのは、やはり麻ひもで作られたストラップのようなアクセサリーだった。綺麗な水色の石が括り付けられ、まるで漁で使う浮き球のようだ。プラスチックやアクリルにはありえない重さと、原石特有の細かな凸凹と傷、自然の六角柱が生み出す正確な角、ガラスには出せないとろりとした艶は・・・・・・本物だ。 「これは・・・・・・アクアマリンじゃないですか」 「おお、さすが海洋国家の英国人。一発でわかったか」 蚤の市で見つけた石をストラップにしたんだ、とダンテは胸を張る。網の目に編まれたチャームは、親指の爪くらいの大きさのアクアマリンを抱いて揺れる。 「こんなに綺麗で大きいもの、よく見つけましたね」 「俺もそう思う。とはいえ、ダイヤやルビーみたいな、工業用品にまわせる石じゃないからな」 研磨に使うダイヤモンドや、レーザーの活性触媒に使うルビーと違って、アクアマリンそのものは工業品には向かず、内包されるベリリウムをわざわざ抽出するのも現実的ではない。 このご時世では、宝飾品すら需要が少ないのに、ルースにもなっていない傷だらけの原石のままでは、買い手がつかないのだろう。 「子供の頃に、近所の年寄りから教わったんだ。航海のお守りだけど、真水にも困らないようにって」 「さすがに砂漠でパスタを茹でる国の人は、願い事が切実ですね」 「生麦を食って腹を壊す呪いをかけるぞ」 フーッとひとつ唸ると、ダンテは笑いながら手を振り、またふらりと去っていった。 「俺は別に、真水でなくてもよくなったからな。不沈艦からのプレゼントだ。おめでとさん」 「不戦艦の間違いでは?」 アクアマリンが司る願いには、『海難防止』と共に『不老』があることを、ダンテは知っているのだろうか。 レパルスが持ち帰ったストラップを見つけ、サマンサはよかったわねと笑った。 「なにがです?」 「ちょっと早いけど、誕生日プレゼントでしょ」 「え?」 左右で色の違う目を瞬いたレパルスに、サマンサも鏡写しの色をした目を瞬いた。 「もしかして、誕生石のガーネットじゃないから気付かなかった?でも、ガーネットって貞節の宝石でしょ?あら?友愛もあったかしら?」 記憶を手繰って首を傾げるサマンサに、そんな宝石言葉がある石をダンテから貰いたくないと、レパルスは全力で首を振る。 「まあ、どっちでもいいわね。とにかく、よかったじゃない。友達は大事にするのよ、レパルス」 「はあ・・・・・・」 誕生日プレゼントだとは思わなかったし、サマンサにも見られているので、安易に捨てるわけにもいかない。もらったはいいが、極端に私物の少ないレパルスであったから、ストラップを何処につけようかと悩み、その定位置が決まるまでは、しばらく胸ポケットの中に放り込まれることになるのだった。 |