聖女の祝福 ―5―


 柵が壊れた酒場のウッドデッキに寝かせた女の死体に、ダンテは自分のジャケットをかけてやり、その隣にぼんやりと腰かけた。
 スキュラは完全に動きを止め、完璧に死んだと思われる。討伐の報告を上げ、いまは本体が到着するのを待っている。体があちこち痛くて、もう立ち上がるのもおっくうだ。
「死ぬかと思った・・・・・・」
 情けない声がため息のように出て、自分もごろんとデッキに寝転がった。すぐに死んじゃいそうと彼女には言われたが、なかなかどうして、強運と頑丈な体を持っているものだ。
 銃に括り付けた手りゅう弾の安全ピンが抜けなかったらどうしようと思ったが、なんとか成功した。それよりも、よくスキュラごと自分が吹き飛ばなかったと胸をなでおろしたい。思い返すと、とんでもない無茶をやらかしたものだ。
(仇は、討てたかな)
 街の明かりがほとんどないせいで、燦然と輝く夏の星空を見上げながら、ダンテは小さく祈りの言葉を口にした。
 彼女は自分を含めて多くの男を救ったこと。あの老人の家族が、父に可愛がられるとても良い夫婦だったこと。そして、スキュラに変わり果てた誰かが、とても哀れであること。天にまします我らが父よ、どうか彼らを憐み、お側に・・・・・・。
 すぅ、と夜気を吸い込み、目を閉じる。とても疲れていた。
――シリアスな顔ばかりじゃモテないぞ、エロ少年
「・・・・・・悪かった、な・・・・・・」
 のろのろと腕を上げ、グローブに包まれた手の甲で、しわが寄っていた眉間を擦る。唇はだらしなく笑っているのに、笑おうと緩めた目尻から溢れたものが、耳まで伝っていった。
 遠くから、大勢の足音が立てる地響きが、デッキ越しに感じられた。


 ぽっかーんと口を開いたままの大和に、ダンテはスプーンが傾いていることを言おうか首を傾げた。
「・・・・・・ダンテさん、不死身ですか?」
「運が良かっただけだよ。たいした怪我もしてなかったし」
 というか、骨折くらいしていたとしても、医者が診た時には、ほぼ治っていた。
「待ってください?僕その記録見た気がします。スキュラという名前ではなかったかもしれないんですけど、あれダンテさんがやったんですか?」
「正式な記録がどうなっているのかは知らないけどね。俺はその後、すぐに退役したし」
 大和のマンションにオムライスを作りに行き、どういうきっかけか最初の彼女の話になったら、流れでこんな話まですることになっていた。
「食事時にする話じゃなかったね」
「ええっと・・・・・・貴重な体験談でした」
 ダンテが発症者の化物とソロでやり合ったのはあれっきりだが、TEARSの戦闘部隊は日常的にやっているというから頭が下がる。あんなにおっかない戦闘は、もう懲り懲りだ。
「それで、どうかな?」
「え?」
「オムライスの味」
「あ・・・・・・」
 大和の前には二皿のオムライスがあった。片方は、基本のレシピに忠実に作り、少し甘めのテイストになっている。もう片方は、ダンテが美味しいと感じるテイストで、ガーリックは抜いて、刻んだ香味野菜を加えてある。どちらもバターとチーズが効いた玉子で綺麗に包まれ、トマトソースが上品にかけられていた。
「うふふ。どちらも美味しいです」
 スプーンを持っていない方の手を頬に当て、大和はにこにこと幸せそうに微笑む。本当にオムライスが好きなのだろう。
 食べ比べられるように、少し小さめに作ったが、大和はどちらもぺろりと平らげてしまった。意外とよく入る胃袋をしている。
「ああ、それにしてももったいなかったな・・・・・・」
「どうしました?」
 ダンテは一度立ってキッチンに行き、包み紙に巻かれた薄黄色い塊を持ってきた。
「これ、今日のオムライスにも入れたんだけど、parmigiano reggianoパルミジャーノ・レッジャーノっていうチーズで、チーズの王様って呼ばれているんだ」
「パルミジャーノ?パルメザンチーズとは違うんですか?」
 首を傾げる大和に、ダンテは違うものだと首を振った。
「日本で粉チーズとして一般的に売られているのは、主にパルミジャーノ・レッジャーノ風のチーズ。パルミジャーノ・レッジャーノは、特定の地域で作られて、特別な認証を受けないと名乗れないチーズなんだ」
「へ〜・・・・・・あ、めちゃくちゃ硬いですね」
 ダンテからチーズの塊を受け取った大和は、その石のような硬さと重さに驚く。
「俺がスキュラのコアにぶん投げたのが、このパルミジャーノ・レッジャーノだった。美味いチーズなのに、もったいなかったなぁ」
 チーズ好きとして肩を落とすダンテに、大和は涼やかな美貌をほころばせ、ダンテさんが好きなチーズを使ってまた料理を作ってくださいと笑ってくれた。