サマンサ・フッドの幸運な一日 ―2―


 しかし、よく考えてみると絆創膏を使う機会がないなと、サマンサは首を傾げた。名坂支部では怪我人が発生するものの、大和たちが手を尽くさねばならないような重症か、もしくは武蔵あたりが「放っておけ」と言うような事態でのフレンドリーファイアによるもので、とうてい絆創膏で足りるようには思えない。
(レパルスは・・・・・・いるかしら?)
 でも、レパルスが怪我をしたらサマンサが手当てをしてしまう。やはり、この絆創膏は欲しい人に譲るべきだろう。
 誰かいないなと、きょろきょろしながらサマンサが歩いていると、どこからか女の子の話声が聞こえてくる。
(赤城とサミダレだわ!)
 サマンサが声のする方へ行ってみると、やはり赤城と五月雨が、長テーブルを挟んで何か手作業をしていた。
「なにをしているの?」
「あ、サマンサちゃん」
「これは、バザーの準備です」
「バザーですって!?」
 話を聞いてみると、名坂高校を会場に、なかなか大きなバザーが開かれるらしい。そこに、名坂支部からも売り物を出すことにしたようなのだが・・・・・・。
「名坂支部のイメージアップが必要だからって、ルイスさんが・・・・・・でも、大和さんも忙しそうで」
「屋台を出す案もあったそうなんですが、人手が足りないから無しになったんです」
 長テーブルの上には、白い雑巾の山と、色とりどりのフェルトや糸が広げられていた。
「これ、全部二人でやるの?」
「瀬良くんがどっか行っちゃったの!フェルトと刺繍糸でワンポイントアップリケを付ければ、差別化できて人気出るんじゃねーのって、アイディアだけは出してくれたんだけど」
「二人だけだと、図案のアイディアが尽きてしまって・・・・・・あ、いたっ」
「大丈夫、サミダレ?」
「私、絆創膏持って・・・・・・あれっ?」
 余所見をしたせいで自分の指先に針を刺してしまった五月雨に、赤城が自分の絆創膏を探してポーチを開けたが、ちょうど使い切ってしまっていたようだ。
「ごめんっ!」
「いえ、私もちょうど切らしているんです。医務室から貰ってきますね」
「絆創膏なら、ここにあるわよ。さっき大和にもらったの。二人にあげるわ」
 サマンサは紙箱開封して、中身をテーブルにあけた。
「いいんですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。助かりました」
「ありがとう!私ももらっちゃお」
 スタンダードから大きいの小さいの、ポイント用に指先用まで、枚数は多くないが、バラエティに富んだサイズの絆創膏を笑顔で分け合う赤城と五月雨を眺め、サマンサはテーブルに散らばっているアップリケ未満に視線を落とした。
「これは、ウサギかしら?こっちは魚ね」
「うん。こうやって雑巾にひとつずつ付けているの」
 赤城が見せてくれた雑巾の片隅には、赤いチューリップが縫い付けられ、緑色の糸で茎と葉が刺繍されていた。
「すごくかわいいわ!凝っているのね」
「でも、花や動物だけじゃレパートリーが尽きてきちゃって・・・・・・」
「星形や乗り物も作ってみたんですけどね」
 色違いも作ってみたようだが、まだまだ無地の雑巾は減っていかない。サマンサは出来上がった雑巾が入れられている段ボール箱を覗き込んで、さっき見た別の段ボール箱を思い出した。
「う〜ん、それならお野菜はどうかしら?」
「ああ、いいかも。形も難しくないし」
「雑巾だからと食べ物は避けていましたが、考えてみれば野菜やフルーツのモチーフは一般的ですね」
「トマトに、ナスに、玉ねぎに、にんじん・・・・・・」
「にんじんはダメよ、赤城」
「え?」
 びっくりしたように目を瞬いた赤城を見詰め、サマンサははっきりと拒否した。
「にんじんは、ダメ」
「え、わ、わかった・・・・・・」
「よろしくね」
 にんじんアップリケの出現を阻止して笑顔に戻ったサマンサは、二人から絆創膏とアイディアの礼にと、完成している雑巾を二枚もらった。
「どれでもどうぞ」
「ありがとう!」
 サマンサは黒いリボンと青い犬のシルエットのアップリケが付いたものをもらい、これならレパルスへのお土産になると、足取り軽く赤城たちの作業場から離れた。

 ところが、廊下を歩いていたサマンサは、曲がり角で出合頭に誰かの長い脚にぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
 尻餅をついたサマンサの足につまずいたらしい相手は、持っていた荷物を手から滑らせながら前のめりに転ぶ。ごんっと鈍い音がして、辺りに水がこぼれた。
「ごめんなさい、ロドニー!大丈夫?」
「うぅ、はい。大丈夫、です・・・・・・。お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫」
 肘と膝を強打したらしいロドニーは呻きながら起き上がり、慌てて大きな花瓶を持ち上げた。活けてあったピンク色のバラは散らばり、花瓶に入っていた水で廊下は水浸しだ。
「いけない、この雑巾を使ってちょうだい」
「すみません。すぐに片付けます」
「手伝うわ」
「いえ、いけません。俺の仕事ですから!」
 ロドニーはサマンサの雑巾で水気をふき取りながら、バラの束をサマンサに渡した。
「申し訳ありませんが、この雑巾をお借りします。代わりと言っては何ですが、こちらの花を差し上げます。俺の温室で育てたものですから」
「あら、それなら雑巾はあげるわ。本当にごめんなさい」
 サマンサはピンク色のバラの束を抱え、ロドニーの邪魔にならないよう、また転ばないように、足元に気をつけながらその場を後にした。

「おやぁ、いいところに」
「ルイス?」
 レパルスのお土産にするはずの雑巾が花束になったサマンサは、足早に近付いてきたルイスを見上げた。
「いつもの花屋が臨時休業で、ティータイムを彩る花がなくて困っていたんですよぉ。少し譲っていただけませんかぁ?」
「いいわよ。ロドニーから貰ったの」
「ああ、いい香りですねぇ。では、お礼にこちらを差し上げます☆」
「まあ!」
 ルイスが差し出してきたのは、高級な紅茶葉の缶だった。ルイスの選んだ紅茶なら、レパルスも納得する味だろう。サマンサは花束と茶葉を交換した。
「ありがとう、ルイス」
「いえいえ〜。こちらこそ、ありがとうございましたぁ☆」
 やたらとバラの束が似合うルイスが機嫌よく歩いていく後姿を見送り、サマンサは紅茶の缶を抱えて自分たちの部屋に戻った。

「ただいま、レパルス!」
「おかえりなさい、サミィ。お茶の用意ができていますよ」
 朝、コーヒーカップを飛ばし、ソーサーを割ったことなどすっかり忘れて、サマンサは紅茶を片手にイチゴと生クリームのケーキを食べながら、レパルスに起こった出来事を話して聞かせた。
「今日のサミィは、善いことをたくさんしたんですね。皆さんの困っていることが解決して、よかったですね」
「ええ!」
 柔らかく微笑むレパルスに、サマンサは大きくうなずくのだった。