理不尽な傷痕 ―2―


 くっと力を入れることで意識的に括約筋を緩め、潤滑ジェルの力を借りて侵入してくる大和を受け入れようとするが、その硬くいきり立った質量にすぐ息切れをおこす。中の気持ちいいところをずるずると擦っていかれるので、どうしても体が反応してしまう。
「ぁ、はぁっ・・・・・・ア、ァアッ!はぁっ・・・・・・んぅ!」
「はぁ・・・・・・いつも、思うんですけど・・・・・・ダンテさんのなか、きゅうきゅう締め付けてきて、とっても気持ちがいいです」
 頬を染めた嬉しそうな顔でそんなことを言われると、苦しいだの大きすぎるだの言えない。
「は・・・・・・んっ、や、まとさ・・・・・・ぅあッ・・・・・・ァ!」
「はい、全部入りました」
 ダンテは横向きになってシーツを掴んで震えていたが、大和に片脚を掴まれて大きく開かされたせいで、悲鳴を上げた。腹の中に埋まっている極太の杭を中心に自分が四半回転するなんて、それだけで中が壊れそうだ。
「ぃ・・・・・・ぁああッ!!はっ・・・・・・ひっ、あ・・・・・・ァッ!」
「あぁんッ・・・・・・いまの、すごかった・・・・・・です!」
「も、ちょっと・・・・・・はぁっ、優しく・・・・・・おね、が・・・・・・ッぁ、あァ!」
 脚を持ち上げられるせいで腰が浮き、ぴったりと密着するままに、奥まで貫かれる。仰け反った喉に大和が唇を寄せてきて、チリッとした痛みが走り、内臓を圧迫される苦しさと、鋼のような硬さに擦られる快感に、じわりと涙が浮かんだ。
「ハッ、ぁ・・・・・・ッ!ぁあッ!」
「・・・・・・まったく気にしていなかった以前の自分が、本当に恐ろしい」
「ぁ、・・・・・・な、に・・・・・・?」
 なんでもありません、という声が唇とともに覆いかぶさってきて、舌を出せと催促する。何度も唇を合わせ、互いの舌を撫で合って深く差し込まれると、弾む呼吸は吸いとられ、喘ぎ声すら濡れた音にすり替わった。
「んっ・・・・・・ふ、っ・・・・・・ぁ」
「はぁっ・・・・・・もう、動いても?」
「ん。だい、じょうぶ・・・・・・ぅあッ、ああっ」
 体を折り畳まれるように大和に圧し掛かられたまま、ずっぷずっぷと激しく前後に動かれて、体勢の恥ずかしさと抵抗のできない熱い快感に、ダンテは赤面して喉の奥から喘いだ。
「ま、って!アッ、ア・・・・・・ァッ!や・・・・・・ヒッ!ふか、あっ・・・・・・あぁッ!」
「あぁ、気持ちいいです。もっと声を聞かせてください」
「ぁ・・・・・・は、ずかし・・・・・・っ」
 ここはいつものホテルではなく、自分の部屋でこんな声を上げたら近所迷惑で、それでなくても、突っ込まれて喘いでいる顔をうっとりと微笑んだ綺麗な顔で見下される羞恥で、火を噴きそうな顔を覆いたくなる。
 しかし、両手はやんわりと大和に捕まれ、額や鼻の頭、涙がにじんだ目尻など、あちこちにキスが降ってくる。その間も、大和はジェルに濡れたダンテの中をかきまわすのをやめない。
「あっ、はっ・・・・・・ぁ!あぁっ!」
「気持ちよさそうな顔してますよ」
「だ、って・・・・・・きも、ち・・・・・・いいっ、ぁああッ」
「はぁっ・・・・・・、とっても可愛いです。ここを擦られるの、お好きですよね?」
 ごりんごりんと突かれるたびに、腰の奥からずくずくと力が抜けて、脳髄を蕩かす快感が暴れ回り、もっと欲しいと大和を締め上げる。
「ひ、ぃッ・・・・・・ぁ、あああああっ!!」
「あっ、だめです・・・・・・っ、そ、んなに・・・・・・んっ、でちゃいます!」
「イ、いぃ、からっ、あぁぁッ!やまと、さんっ・・・・・・やま、とぉ・・・・・・ッ!」
「んッッ・・・・・・」
「っぁああ!!」
 ガクガクと震えながらダンテが達すると、しがみついていた白い背が震えて、ダンテの中の大和も動きを止める。どくんどくんと体の内側で感じる他人の快感を、自分がそうさせたのだと思うと、自然と口の端が持ち上がる。
「はぁ、はぁぁ・・・・・・ちょっと・・・・・・大和さん、俺のイくポイント把握しすぎ」
「ダンテさんの中が気持ちよすぎて、早漏扱いされたくないですから」
「ふはっ、なにそれ」
 腹に飛び散った自分の精液を拭ってもらいながら、今日は結構な怪我をしたはずなんだけどなと自分に呆れる。もちろん、大和から血をもらわなければ、こんなに元気ではなかっただろう。
「ひとつ、我儘を言っても?僕に甘えてください」
「・・・・・・?」
「あなたに甘えてばかりで頼ってもらえないと、自分に年上としての甲斐性がないような気がして凹むので、お願いします」
 埋めようのない孤独を見透かされたような気がして胸が痛かったが、大和がなんとなく拗ねたような顔をするので、ダンテは詰めていた息をそっと吐いて微笑んだ。
「甘えん坊な大和さんの、半分くらいで良ければ」
「・・・・・・うーん、それは僕がもっと甘えれば、ダンテさんも甘えてくれるということでしょうか?」
「ふふふっ。そうだよ」
 くったりと力の抜けた体を引き起こされ、ダンテは大和に抱きしめられるように身を任せた。頭を、背を、腰を、全身を撫でまわされ、快感と疲労が温かく幸せな倦怠感へと変化していく。
 これも甘えていることの内に入るのかなぁと思ったが、ダンテを撫でまわしている人物の声音は、微妙な硬度をもってころころとダンテの背を転がり落ちていった。
「では、遠慮はやめて、甘えにいきます。ダンテさんは触り心地が良くて、とても気持ちいいんです。他の誰かに傷付けさせるなんて、許しません。ダンテさんだって、僕にそう言ったでしょう?」
「・・・・・・え?」
 似たようなことを言った覚えはあるが、大和ほど徹底的なことは言わなかったはず・・・・・・とダンテは思ったが、すでに第二ラウンドの準備が整った大和に、こちらが口を挟める余地はない。大和の唇はダンテの弱い首筋に、噛みつくように何度も強く吸い付き、左右で質感の違う腕が、ダンテの汗ばんだ体を動けないように抱きすくめていく。
「あっ、ぁうッ・・・・・・やま、と、さ・・・・・・ンッ」
「・・・・・・僕が付けた痕は残ればいいのに・・・・・・ダンテさんばっかり不公平です」
 大和の呟き声は小さすぎて、蕩けたアナルに穿たれる衝撃と快感に、かすれた甘い喘ぎ声を上げるダンテには聞こえていなかった。

 クッションと掛け布団に埋もれるようにくるまっているダンテを、大和は優しく撫でた。ふわふわした栗色の髪が、くるんと指にまとわりついてはすり抜けていく。
「・・・・・・?」
「帰ります。ゆっくり休んでください」
 ぼんやりと眠そうな青い目が、了解したと言いたげに頷き、瞼に隠れていく。なにか、言いかけたように震えた唇からは、深く落ち着いた寝息が漏れはじめた。
「・・・・・・・・・・・・」
 毎度のことながら、大和はダンテを抱き潰してしまう。直さなければならない悪癖だとは思うのだが、どういうわけか最中は歯止めが効かない。快楽に弱いと自覚はあるものの、それはサドから投げ与えられる冷ややかな蔑みの視線と罵倒に対してだけだと思っていたのだが・・・・・・。
 なるべく音をたてないようにスチールドアをくぐり抜けると、外はすでに夜が明けていた。薄い遮光カーテンの上から緞帳のように分厚いカーテンがしっかりと引かれた室内の暗さに慣れていたので、大和はパチパチと瞬きをしてから、住人の少ないアパートを後にした。
 朝帰りになってしまったので、急いで職場に戻らなければならないのだが、大和の歩みはゆったりとして、さびれた住宅街にコツコツと足音が響く。
 自分の気持ちは定まって動かないのに、正確な情報を欲する理性があれこれと可能性を提示する。考える必要はないと言う自分と、できる限り知っておくべきだと言う自分が葛藤して、大和は寝不足の眉間を指で揉んだ。
(ざっと調べた限り、TEARSにダンテさんの記録はなかった。つまり、敵味方どちらにせよ、過去に因子を意図的に投与された個体ではない、という可能性が高い・・・・・・)
 それでも、あの異様な再生力は驚嘆に値する。稀に、代謝が早いとか回復力が高いという人間はいるが、それでも長門や赤城が「即死」ないし「致命傷」と判断したほどの攻撃を受けてすぐに立ち上がり、その後、わずか十二時間足らずで傷痕すら消えるなど、常人にはありえない。以前も頭部を負傷していたことがあったが、元気そうに見えた。あの時はすでに、包帯の下は癒えていたのではないだろうか。
(生来の再生者リジェネレーター・・・・・・あるいは、天然の、不死者アンデット・・・・・・・・・・・・?)
 そんなバカな、と仮にも医者の端に連なる者としての常識が声を上げるが、現在の鎮守府には魔女とその使い魔と名乗る住人がいる。よくしゃべる健康的なゾンビがいても不思議ではないのかもしれない。
(ああ、吸血鬼ヴァンパイア・・・・・・なのかな)
 自分の首筋をさすり、すとんと腑に落ちた考えに、大和は一人頷いた。
 特定の酵素が欠乏することにより、日光に過敏になる等の重篤な症状を示し、吸血鬼病の二つ名を持つ難病のポルフィリン症や、人血の摂取に異常なほどこだわる精神疾患などは大和も知っているが、ダンテが持つ超回復力の説明にはならない。
 昨夜、真っ青な顔色をしたダンテを前に、なぜ自ら首筋を差し出したのか、実は大和もわかっていなかった。優し気で、どこか吸い込まれそうな、深く愁いを帯びた青い目を見たら、『そうするのが正しい』と直感したのだ。
(僕は最初から、気付いていたんだろうか・・・・・・?)
 自問しても、答えは見つからない。不思議な人だとは常々思っていたが、本人がなにも言わないのに、勝手に決めつけるものではないだろう。
 それに、ダンテが何者であろうとかまわないのは、大和が公言してはばからない事だ。
(むしろ、僕が血液を提供しているだけで、大怪我をしても死ににくいって、最高じゃないですか?先立たれないかと心配する必要も、ぐっと減るんですよ)
 危ない事をして怪我をされるのは嫌だが、ちょっとやそっとでは死なない頑丈さというのは、このご時世、大変な魅力だ。しかも、元々不死ならば、不死化因子に感染する可能性も低いのではないだろうか。
(問題は、人類進化保全機関EA厄介なところがダンテさんを嗅ぎつけないとは限らない事でしょうか。僕もこれ以上の詮索や調査は控えた方がいいかもしれない。藪蛇になったら目も当てられない)
 ダンテを研究材料として捕獲し、耐久テストに生きたまま分解したり、解剖して遺伝子まで丸裸にしたりするなんて、まっぴらごめんだ。想像だけで頭から血の気が引き、胃がむかむかとしてきた。大和は震える手を上着のポケットの中で握りしめ、苦いものを飲み下すように、深く息を吸い込んだ。
(大丈夫。僕はダンテさんの過去も生態も、確かなことは何も知らない。僕が知っているダンテさんは、あくまでごく普通の一般市民だ、と装うことが、きっといくらかの防壁になるはず・・・・・・)
 一応の方針が決まったことで、大和は顔を上げた。すっと背筋を伸ばし、大股で歩き始めると、律動的な足音が、よく晴れた早朝の空に吸い込まれていく。
(それはそうと・・・・・・ダンテさんが頑丈なのはいいんですけど、キスマークすらすぐに消えてしまうのだけは、悔しいですね!僕にばかり爪痕や噛み傷を残す癖に、僕にはダンテさんを繋ぎ留められないって言われているみたいじゃないですか!もう!)
 薄い雲の間から眩しい朝日が顔をだし、大和は出勤時間を気にしながら、長いおさげを揺らして、さらに歩みを早めるのだった。