温泉に行こう


 ゆっくりと温泉に浸かって日頃の疲れを癒し、縁側の籐椅子に座って冷茶をいただきながら、控えめにライトアップされた風流な庭を眺める。とても贅沢な時間が、ゆっくりと過ぎていく。
「はぁ〜。最高ですねえ」
 ダンテに肩を揉んでもらいながら、大和はご機嫌で団扇を扇ぐ。
「普段がオーシャンビューの賑やかな場所にいますから、たまにはこういう静かな場所でくつろぎたいものです」
「気に入ってもらえてよかったよ」
「ダンテさん、和食も平気だったんですね」
「大丈夫だよ〜。故郷でもタコやカキは食べるからね。こんにゃくは初めて食べた時、不思議な食感で感動したな。食べてもこれ以上のマルチリンガルにはならなかったけど。山葵もポン酢も美味しいね!」
 ダンテは大和の左腕を揉みながら、カイセキ料理最高、と絶賛する。なかなか舌が肥えているようだ。
「はぁ、あと一週間くらいはここにいたいです・・・・・・」
「お仕事忙しいんだね」
「そうなんですよ!あの人たちときたら、物を壊すのと同じくらい頓着なく自分を壊したりするんですよ!?本当に、治すの大変なんですから!ちょっとくらい僕の苦労をわかって・・・・・・ぁいたたたたたッ!?」
 むぎゅぅっと押された右足の裏が痛くて、大和は浴衣の裾が広がるのも構わずに飛び上がった。
「いったいです、ダンテさん!!」
「足の裏を押すと健康にいいって、ロビーに置いてあったパンフレットに書いてあったよ」
「あ、青竹踏みで、僕は十分です!そんな図解を広げてガチで足ツボ押されても・・・・・・ぁぃいたぁいいぃいい!!」
 大和はバシバシと籐椅子のひじ掛けを叩くが、足元に座り込んだダンテは、クスクス笑うばかりで手加減がない。
「えぇっと、この辺が視神経?胃も弱っているみたいだよ。それから・・・・・・」
「ギブです!ギブアップ!!」
「えー。痛いの気持ちよくない?マゾの癖に贅沢だ!」
「それとこれとは別です!!」
「ちぇっ・・・・・・楽しかったのに」
「どうしてダンテさんは僕好みのサドじゃないんでしょうか・・・・・・」
「ハハッ、神様に聞いてみて」
 義足じゃなかったら左足もやったのになぁ、とダンテはニヤニヤ笑い、大和の背を寒くさせた。この男はサドじゃないと自分で言う割に、変なところで嗜虐傾向がある。惜しむらくは、その方向が大和の好みではないということ。
「もっとこう・・・・・・蔑んでもらえませんか?」
「難しいなぁ。俺は大和さんが大好きで、綺麗な顔もえっちな体も、ドライで我儘なくせに、意外と甘えん坊なところも、全部愛しているからね」
「・・・・・・・・・・・・」
 穏やかな笑顔で明るく情熱的に言い切られると、シャイな日本人としては照れ臭いのだが、悪い気はしない。
「んんっ。まあ、それはいいんですけど・・・・・・」
「残念なのは、俺よりも大和さんを気持ちよくさせる人間がごまんといることなんだよなぁ・・・・・・。こんなに愛しているのに、大和さんは自分が気持ち良ければ他の男に欲情しちゃうんだ。なんて俺は報われないんだ。あぁ、残念、残念」
 優し気な目元は緩いまま、大和を見下ろす眼差しの温度だけが低い。彼の性格からそれが演技とわかっていても、拗ねたような声音は本音だろう。
「ふぁぁっ・・・・・・!そうっ、そういうのが・・・・・・いいんですっ」
「・・・・・・変態」
「はひっ、ありがとうごじゃいまひゅっ」
 四つん這いでふかふかの布団に移動すると、容赦なく素足がその背中に踏み下される。
「ああぁっ、そ、そこぉぉ・・・・・・っ!!」
「肩甲骨のあたり、ごりごりに凝ってるよー」
「はぁんっ、きもちいいですぅ!」
 腰や背中も伸ばすように踏まれ、あんあんと喘ぎ声を上げまくったにもかかわらず、大和は踏まれる気持ちよさよりも、体がほぐれた気持ちよさのせいで速やかに寝てしまい、翌朝ちょっとした自己嫌悪になるのだった。

―完―