お菓子は笑顔にするために


 ダンテが小洒落たパッケージを開けてクッキーを齧っているのを見て、大和はおやと首を傾げた。
「お返しの数を間違えたんですか?」
 ホワイトデーは先日で、イベントの警備に終日駆り出されていたTEARSもようやくお役御免となり、大和もやっとダンテのところに来ることができた。
「ううん。涼ちゃんにもらった」
「涼月にですか?」
 意外な名前が出てきて驚いた大和であったが、先月のバレンタインデーに「いつもお世話になっているから」と花束をプレゼントしたお返しなのだとか。
(そういえば・・・・・・)
 たまたま涼月の部屋を訪ねた時に、花瓶に飾られていた黄色いラナンキュラスは、ここが出処だったのかと胸の内で頷いた。
「涼月は驚いていませんでしたか?」
「あぁ、うん。俺から貰われるとは思ってなかったみたい」
「それもそうですが、基本的に僕らは外部からの飲食物は受け取らないんです。せいぜい、メッセージカードでしょうか。だから、こういうイベントは馴染みが薄いんですよ」
「え、なんで?」
 ロマーノが淹れてくれた珈琲に口をつけてから、大和は少し疲れた笑顔を浮かべつつ話し始めた。

 大和の実家は、小鳥遊財閥の宗家である。そこに名を連ねる人間は、国内どころか世界的にもVIPであり、いわゆる暗殺対象としてもビッグネームであった。それゆえ、機密保持の観点からも、使用人すら外部から雇うのではなく、幼い子供の時から自分たちの施設で育てるという徹底ぶりだ。もちろん、飲食物も厳重に管理している。
「なるほど、毒殺を警戒しているのか」
「昨今は毒なんて可愛い物ではなく、コードファクターに汚染させた物を入れてきますよ」
「えっぐいな」
 それでも、会食の機会は普通にあるし、実家を出た大和は自由に飲食している。
「・・・・・・実は、羽黒から相談されまして・・・・・・」
「どうしたの?」
 羽黒が通っている小学校は、もちろんその辺の公立ではなく、それなりの家柄の、お坊ちゃんお嬢ちゃんが通う、パブリックスクールに近いものだ。当然、むやみな飲食物のやり取りなんて禁止されている。というより、不文律の常識だ。
「とはいっても、公式なお茶会は別ですし、まあ、こっそり手に入れた甘い物をこっそり分け合う、なんてこともあるにはあるんですが」
「一緒に食べるならまだしも、プレゼントはダメってことか」
「そうです。どうしてもという事であれば、家を通さなくてはなりません」
 それなのに、バレンタインデーに羽黒にチョコレートを渡そうとしてきた女子がいたらしい。当然、羽黒は「気持ちは嬉しいが受け取れない」、と答えたそうだ。
「庶民ならとりあえず受け取って食べないなんてこともできるけど、家を背負っていたら下手に受け取れないな」
「そうなんです。家同士の外交問題になりますし、校内の風紀を乱すとして咎められる可能性もあります」
 気持ちと行動は別だと、子供の時から分別を叩きこまれるのは気の毒だが、ここでなあなあにはできない。
「それで、羽黒はホワイトデーに、その女の子にメッセージカードを贈ったんですけど・・・・・・それが余計にこじらせてしまったようで」
「ああぁ・・・・・・」
 プライドの高い子だったのだろう。好きな子から返事をもらったことを喜ぶよりも、自分がした事は受け入れられないのに、むこうは何様のつもりだ、ということらしい。
「う〜ん、難しいねえ。羽黒くんがその子を特に好きじゃないのなら、放っておくしかないんじゃないかな」
 男はすべからく全ての女性を敬い褒め称えるべき、というママ至上主義が蔓延る国出身の男でも、この手の解決方法はないと頭を抱えた。ダンテなら舌先三寸で丸め込むことができても、羽黒にそれをやれる軽薄な口の巧さも無責任さもないだろう。
「いずれは羽黒にも、そういう技術が必要になるとは思いますが」
「羽黒くんにホストみたいなチャラさは似合わないよ」
 霞のようにならなければいいんじゃないかな、とダンテ思ったし、大和も似たようなことを考えたらしく顔に出ていた。
「そっかぁ。それはちょっと凹んじゃうね。・・・・・・大和さんも子供の頃は、お菓子なんてお店で買わなかった?」
「そうですね、スナック菓子や知育菓子のような物を実際に食べてみたのは、ち・・・・・・高校生になってからでしょうか」
「ほほ〜」
 大和の視線が一瞬揺らいだが、ダンテは気にした風もなく、何か考え込んだ。
「うん、羽黒くんのお誕生日パーティー、こういうのどうかな?」
 ダンテの提案に、大和は頷いた。
「いいですね。羽黒の予定を聞いてみます」
「日向や長門くんなら、詳しそうだよね」
「たしかに。協力を要請しましょう」
 そうして、月曜が祭日になる連休の日曜日、誕生日には少し早いが、小鳥遊羽黒は兄の大和に招待されて、名坂支部まで出かけることになった。


「「「「羽黒くん、お誕生日おめでとう!」」」」
「ありがとう、諸君!・・・・・・で、これは何だろうか」
 お誕生日会バージョンにデコレーションされた食堂には、長テーブルをくっつけた広いスペースに、市販のお菓子が山のように積まれていた。チョコレート菓子の箱、食べきりサイズのスナック菓子、混ぜたり組み立てたりする知育菓子、そして一番多いのは味の濃い駄菓子だった。
 呆然と椅子に座っている羽黒に、日向が飲め飲めと炭酸ジュースを薦め、細長いチョコレート菓子を齧っていた赤城に、スナック駄菓子を抱えた長門がウザ絡みして殴られている。かなめと時雨がきのこかたけのこかと話している横で、清霜がジュエリーの玩具がおまけについている菓子のパッケージを真剣に見ている。五月雨が面倒見よくお菓子を広げ、せっかくだからと招かれた同世代の隊員たちに勧めている。
 わいわいと賑やかな食堂は、誕生日パーティーというよりもお菓子パーティーである。
「羽黒、なにか気に入った物はあった?」
「兄さん・・・・・・」
 羽黒の隣に椅子を持ってきて座った大和は、喧しい座を見渡しながらくすくす笑い、指先ほどの大きさしかない容器や、キャラ物のおまけが付いている箱などを引き寄せた。
「有名店のパティシエが作ったケーキもいいけれど、たまにはこういうお菓子もいいと思うよ」
「食べてもいいのだろうか」
「もちろん。ああ、若月には、僕から言っておくよ」
 主人の食生活に気を使っている羽黒の側近に心の中で詫びつつ、大和は羽黒に微笑んだ。
「そうそう、ダンテさんが羽黒の事を褒めていたよ。女の子に礼を尽くす紳士だって。ダンテさんは・・・・・・まあ、博愛的なところがあるから」
「でも、あれは・・・・・・」
 頬を染めながらもしゅんとしてしまった羽黒の頭を、大和は優しく撫でた。
「対外的な行動には、説明できる理由が必要だ。決して相手の気持ちに沿った結果にならなくても、羽黒は正しい事をした」
 この考え方は極端なところがあるので大和も好きではないが、己を護る理論武装は必要だ。勝てば官軍だが、その前に大義が無ければ、まわりを黙らせることは難しく、礼節を欠けば評判が落ち、秩序よりも感情を優先させれば孤立するだろう。
「羽黒は自分ができる範囲で、やってはいけない事をやらず、やるべき事をやった。これ以上は、むこうの領分であり、羽黒が気に病むことではないよ」
「はい、兄さん」
 学校で分別のない女子たちからの評判がチクチクと刺さっていたらしいが、一ヶ月もすれば子供の評価など変わるだろう。大和は、羽黒は羽黒のままでいいと励ました。
 それからの羽黒は、蒲焼とかカツとか書かれている薄い食べ物が、思った以上に味が濃くて目を白黒させたり、誰かが言い出したお菓子の家を作ることに参加したり、ねるねる勝負をしたり、割り抜き勝負をしたりと、楽しい時間を過ごせたようだ。
 夕方になり、羽黒が帰る時間に近付いたころ、夜勤組が出勤してきた。その中にいたダンテに、羽黒は開口一番こう言った。
「ダンテくんのオススメだって兄さんがくれたワサビマヨネーズ味、すっごくツーンとしたぞ!!」
「アハハハ!美味しかったでしょ?」
「美味しかった!美味しかったけど、ちょっとピリッとして、鼻がツーンとしたのだ!!マヨなのに辛かったぞ!!ひどいではないか!!」
「これで羽黒くんも、大人の味デビューだ」
「日向兄さんもそう言っていたが、なぜか騙された気分がするぞ!!」
 自分よりもずっと大きな体に抱き着いて、ぽこぽこと悔し気に叩く羽黒は、無邪気な笑顔を取り戻していた。