噛み痕 ―6―


 暮れなずむ海を眺めながら、ダンテは潮風に癖毛を撫でられていた。対岸には、連なる山の天辺がわずかに残照で浮かび上がっているだけで、照明が点いた港は、もう夜闇に沈んでいる。
 寄せては返す潮騒と、嗅ぎ慣れてきた海の匂いを運ぶ冷たい風の音が、ずっとずっと耳の中で踊っている。心を落ち着かせて思索をするには、良いBGMだ。
「あれから、自分の中で歯車がかみ合っているような気がするんだ。以前を思い返すほど、空回り感がない現状に、少し驚いているくらい。自分の中が、充実している」
 多少、記憶の共有をしてくれたのが、良かったに違いない。どうにもならないこととはいえ、むこうはこちらを認識していてくれた。それだけで、ずっと抱えていた孤独が癒された。
 正史ラウルを羨ましいとは思わない。むこうはむこうで、苦労を背負っているようだし、自由気ままを謳歌しているという点では、はぐれた自分の方が気楽だ。それに、愛する人ができた。
「あの人と会えて、よかったですか?」
 また少しやきもちをにじませた大和の問いに、ダンテは唇をゆがめて、もう少し煽ってみることにした。
「よかったよ。本命に会えなかったのは残念だったけど」
「ほ、本命・・・・・・!?」
 ぐらりと揺れる大和の体を、宥めるように手のひらで叩き、ダンテはすっと潮風を鼻腔に吸い込んだ。ここは深い森に囲まれた山奥ではないけれど、自分が生きていくには、とても面白い場所だと思う。刺激的で、包容力があって、時に繊細で、愛おしい。
「僕に飼われるのを嫌がる割に、むこうのダンテさんは上流階級を泳いでいるようでしたが」
「あー・・・・・・気の毒にな。なに?大和さんは、あのくらいの俺がいい?」
「そうはいっていませんが、洗練された立ち居振る舞いは見事だと思いましたよ。僕も見習いたいくらいです」
「そりゃ三桁の大台が目の前だもんな。いい加減、こなれるだろうよ」
「三桁・・・・・・?」
「だいぶ未来の俺を召喚したみたいだ。吸血鬼としては、ようやく子ども扱いから青二才扱いになるあたりなのかな」
 強かったからいいけどねー、と口をとがらせてみるが、自分にあのポテンシャルがないと思うと、ちょっと残念ではある。
「無事に帰られたでしょうか。ダンテさんをボロボロにした相手ですよ?」
「俺が言うのも何だけど、覚醒真祖が簡単に沈むもんか。ちゃんと帰ったログを送ってきたよ。『運動不足の解消に協力感謝する。同じ星影の下、末永く壮健なれ』だってさ。文言までジジ臭くなっていやがる」
 整備された海浜公園は、夜になると家族連れよりもカップルの方が多くなる。近くのベンチを立って歩いてきたのは、こちらの方が隅でいちゃつくにはいいと思ったのだろうが、ダンテの姿を見て回れ右をしていった。正確には、大和の姿を見て、だろうが。
「ねえ、大和さん。寒くない?」
「いいえ。さっきから僕の体は熱いままです。先ほど、人の気配がしましたが、見られましたか?」
「そうだねー。大和さんの恥ずかしい格好が、バッチリ見えたんじゃないかな。逃げていったし」
「あぁっ、ありがとうございます・・・・・・!はぁ・・・・・・ぁ、気持ちいいです・・・・・・っ」
「へんたいだー・・・・・・」
 間隔をあけて並んだベンチのそのはずれで、四つん這いになった大和の背に座っているダンテは眼差しを遠くした。誠意を見せろと迫られて、「なんでもする」と言ったのが間違いだったのだ。
「これが城下の盟、不平等条約・・・・・・」
「なにか?」
「イイエ、ナンデモアリマセン」
 「お散歩」や「アウトドアチェア」はいいとして、この寒い時期に「青姦」は風邪をひく。コートが周囲からの目隠しになったとしても、結局邪魔だし、寒風に晒される股間が現実は厳しいと縮みあがるはずだ。・・・・・・鉄壁のマゾ装甲を持つ大和なら、問題ないと言うかもしれないが。
「そろそろホテルで温め合いませんか?っと」
「アッ、あぁっ!んぅっ・・・・・・!」
 手の中のリモコンを操作してせっつき、ビクンビクンと背を震わせる大和から腰を上げる。
「大和さんの中で温めてよ」
「あんっ・・・・・・はぁっ、もちろんです。逃がしませんよ」
「首輪の紐を持ってるの、俺なんだけどなぁ」
 ロングマフラーのおかげで目立たないが、ちゃんと「お散歩」中だ。欲情してとろんとした眼差しで、可愛らしくコートを握られて、悪い気はしないのだが、心配なのはお巡りさんとの遭遇である。
「ダンテさん・・・・・・」
「ホテルの部屋まで、おあずけ」
 外ではキスもしてもらえないと、大和は頬を膨らませて仕方なさそうに歩き始めた。ただ、ダンテが時々リモコンを操作して悪戯をするので、脚を震わせて縋りつくのも一度や二度ではなかった。
「はあっ、はぁっ・・・・・・んっ」
 ホテルのドアを閉めたところで、待ちきれない大和に唇を奪われる。せめてコートは脱ごうともがくが大和がしがみついているので、ダンテはポケットの中のリモコンで、振動を最大に上げた。
「ぁんゥッ!あっ、ぁああッ!」
「がっつかないの。お散歩から帰ったら、まずは服と靴を脱ぐものじゃない?」
「は、はひっ・・・・・・!っあぁ!」
 ぎこちない動きで脱ぎ散らかした大和の服を拾い、ダンテは丁寧にハンガーにかけたり畳んで片付けたりした。
「だ、だんてさ・・・・・・」
「おすわり、まて。・・・・・・んー、犬はそんな座り方しないな」
「ひゃいっ・・・・・・っは、あッ!」
 首輪以外全裸になった大和は、恥ずかしそうに立てた膝を広げてしゃがんでいるが、息を弾ませてダンテを見上げる顔は、快感と期待で蕩け切っている。もちろん、威容を誇るペニスも色づき、床近くから元気に天を突いている。
「発情期の犬かな・・・・・・」
「は・・・・・・わ、わんっ」
「っ・・・・・・」
 くそっ、かわいいな・・・・・・などと思ってしまうあたり、ダンテも自分が末期だと認めざるを得ない。さっさと服を脱いで、息荒くダンテのペニスを見上げる大和の前に立つ。
「まて。おて。おかわり。ふせ」
 バイブの振動音が低く聞こえる中で、目を潤ませた大和は興奮に息を荒くしたまま、ダンテのジェスチャーに従っている。床に伏せ、ひくんひくんと震える白い背に、ダンテは自分の足を遠慮くなく踏み下した。
「あぁっ!ありがとうございますっ!」
「犬はしゃべらないよ」
「わ、わんっ。はぁっ、はっ・・・・・・わんっわんっ、ぁッ!」
 実に嬉しそうな鳴き声を出す大和の尻を鞭代わりにリードで叩くと、声を詰まらせて痙攣した。一人でイってしまったらしい。
「そんなに気持ちよかった?一人で勝手にイっちゃうなんて、お行儀の悪い犬だなぁ。ほら、おすわりして」
 こくこくとうなずいた黒髪を上げさせ、自分の精液で汚した下腹部を晒すように座らせて、やっと「よし」と言ってやる。
「はっ、はっ・・・・・・んむっ、んふっ・・・・・・んっ」
 じゅぼじゅぶと音をたててダンテのペニスにむしゃぶりつく大和を見下ろし、ふるりと背が震えた。唾液に塗れた舌と唇で丁寧にしごくフェラチオは、初めての頃よりもずいぶん上手くなった。
「まったく・・・・・・。これが大財閥の御曹司がする顔かな。ただの色ボケビッチと思われても仕方がないよ?」
「ンっ、んふっ、ふぅっ」
 さらに奥まで咥えて嬉しそうに頭を振るので、今の罵倒は大和的に良かったらしい。期待に応えるように奥を突いてやれば、咽るのを堪えて、きゅうと締まる。
「はぁっ・・・・・・ん、大和さんの喉も気持ちいい。はぁ、でも、もっと気持ちいところに入れたいんだけど、いい?」
「こはっ、はっ、ん・・・・・・わんっ」
 唇から引く唾液も拭わず微笑んだ大和は、ベッドの上で四つん這いになり、尻に埋まっていたバイブを自分で引き抜くと、さらに指でとろとろに解れたアナルを開いて見せた。
「わ、わんっ・・・・・・はっ、はぁっ・・・・・・わんっ、わ、ぁああっ」
「ぁは、一気に奥まで入った」
 ずっぽりとダンテを呑み込んだ大和の中は、柔らかくしっとりと絡みつき、隅々まで埋めようとする質量にぴったりと吸い付いて、引いても突いても離れない。
「ぉっ、はッ・・・・・・ぁひっ!あん!ぁあ!ぁ、ああッ!」
「はぁ・・・・・・すごい。ん、ごめん、我慢できない」
 引き締まっているが形の良い丸い尻を掴んで腰を打ち付け、ベッドの上でしなる滑らかな背と、振り乱される黒髪を見下ろす。ざらついた腸壁をひくひくと痙攣させて、太い肉棒を貪欲に咥え込んだアナルが、ちゅぱちゅぱと可愛らしい音をたてている。
「はぁっ、あぁ、も、大和さんの中、ぐちょぐちょなのに・・・・・・はぁ、全然放してくれないの、気持ちい・・・・・・」
「あぁっ、あっ・・・・・・んっ、わ、わんっ・・・・・・ぁんっ!ぁあッ!」
 一度は短く切られてしまった髪も、また少しずつ伸びてきて、首輪を隠してしまう。ダンテはそのうなじに手を伸ばして、さらりとした髪をかき分け、首輪を外した。
「今日は動物らしく、交尾しようか」
「はっ、ひゃぃ・・・・・・っ!はっ、ァ!ァアッ!」
 両肩を押さえつけてうなじに噛みつき、吐精の快楽に上がる心地よい悲鳴に頭の奥を痺れさせながら、柔らかくぬかるんだ奥へと白濁を注ぎ込んだ。

「・・・・・・むこうの俺のおかげで、これからは噛まずに吸血できるから、できるだけそうするね」
 ベッドの上で手当てをしながら、ダンテはあちこちにつけてしまった歯形を申し訳なく思ったが、大和はびっくりして見返してきた。
「なんでですか?僕は噛んでほしいんですけど」
「え、だって痛いでしょ。ばい菌入ったら困るし」
 衛生面でのことはもっともだが、映画俳優のように白い歯をしているダンテに噛まれて膿んだことはない。だいたい、噛んでくれた方が痛くて気持ちいいので、楽しみが減るのは困ると大和はむくれた。
「うーん・・・・・・大和さんがそう言うなら・・・・・・」
「そうですよ。僕が被食者感を味わえるのは、ダンテさんしかいないんですから。・・・・・・そういえば、あちらのダンテさんには、首に噛み痕がありましたね。痣のようでしたが」
「へぇ、そうなんだ」
 痣も何もない首筋を、不思議半分やきもち半分な大和に撫でられて、ダンテは重い口を開いた。
「・・・・・・俺が昔、噛み殺してくれと頼んだ痕だな。俺にとっては、実質、安楽死だったよ」
 日々命に向き合っている医者に、わざわざ言うことでもない。ダンテは視線を逸らせたが、大和の声は傷付いたように小さかった。
「責めているんじゃありません。専門外ですが、終末期医療ターミナルケアは重要で、とても大切なことだと思います」
 自死を美徳とされることが嫌いなだけで、力尽きて息絶えるまで苦痛を引き延ばすなんて人道に悖ると、大和は唇を噛む。かつてのその瞬間、ダンテが苦痛から解放されて、安らかに生を終えられたのならば、それは間違いではなかったはずだ、と。
「大和さん・・・・・・」
「ですから、あなたには、僕が噛み痕を付けてあげます。消えてしまうなら、何度でも噛んで差し上げます」
 臨終を任せられるほどの信頼をおいていい者であることを、そうありたいと思っていることを、大和の声は力強く響かせてくる。
「・・・・・・そういう男前なところが、一番大好きだ。惚れ直す」
「もっと惚れてもいいんですよ」
 切れ長の目を細めて艶やかに微笑む大和に、ダンテは恭しく口付けた。この世界で出会った、食べてしまいたいくらい愛しい人は、かなり極まった変態マゾだが、最高にかっこいい男だと思うのだ。