一粒の飴玉 ―4―
狂乱のような快感が抜けていき、弾んだ息が整うほどに、疲労で体が重く感じてくる。好戦的なリビドーによる熱がまだ眉間のあたりに残っていたが、長い髪をはらって体を起こし、大和はダンテの中から抜け出した。
自分の精子が溜まったスキンをいくつも始末するなんて何年ぶりだろうと、頭の隅で自嘲する。 (あ、破け・・・・・・) しまったと顔を顰めるが、別に避妊をしていたわけではないので、落ち着いてティシュを取り、ぎょっと目を瞠った。指先に見える白、ピンクの他に、透明なジェルに混ざった鮮やかな赤に、一瞬で血の気が失せる。 慌てて柔らかな尻の間を確認すると、鮮血交じりの白濁が溢れ出していた。 「すみません、ダンテさん!・・・・・・ダンテさん?」 ぐったりと四肢を投げ出してうつぶせている相手が、いつから気を失っていたのか、まったく記憶がない。彼の腕や肩に、いくつも筋状のうっ血があるのは、大和が力任せに掴んでいたからだろう。とぎれとぎれに大和を呼ぶかすれた喘ぎ声と、きつく大和を包み込んで離さない感覚ばかりが鮮烈で、なにも・・・・・・。 (これでは、ダンテさんを強姦した連中と変わらないじゃないですか!) 手早く汚れを拭って、恐る恐る汗で張り付く巻き毛をはらった。少し苦しげだが、呼吸は落ち着いている。泣き腫らした頬に触れた大和の義手が冷たかったのか、わずかに反応があった。 「ダンテさん・・・・・・?」 「・・・・・・・・・・・・」 大儀そうに震えたまつ毛の下から、愁いたような青い目がぼんやりと大和を見上げ、へらりと力なく微笑んだ。 「すみません、乱暴にしてしまいました。すぐに手当てをしますから・・・・・・」 しかし、ダンテの唇が小さく震えた後咳ばらいをし、かすれた声を出した。 「だい、じょうぶ・・・・・・このくらい・・・・・・」 「大丈夫じゃありません。切れています。しかもゴムが破けちゃって・・・・・・」 「やぶ・・・・・・?ふっ、ふはっ・・・・・・ははっ、あぁ、だ、だいじょう、ぶ・・・・・・くっくくっ」 シーツを掴んで肩を震わせながらダンテは笑い、笑いながら母国語で悪態をついている。 「Oh,cazzo!笑うと、腰に響く・・・・・・ぶははっ、あぁっ、痛いっ!いっひっ・・・・・・あはっ、あはははっ」 「ダンテさん・・・・・・」 指先で来いと言われて膝枕を提供すると、なんとか笑いの発作を鎮めた巻き毛頭がとすんと乗ってきた。 「はぁ、最高だ。こういうのを、お清めセックスって言うんだろ?」 「どこでそんなスラングを覚えてくるんですか。バスルームに行きますよ」 「もうちょっと待って。動けないから」 唸りながらぎくしゃくと寝返りを打つダンテを見下ろし、大和は冷えないようにシーツを手繰り寄せた。 「こうなる覚悟はしていたけど、想像以上に強かった・・・・・・」 「なんのことです?」 「大和さんの大和さんが超弩級だってこと」 何度も言われてそんなに大きいかと首を傾げるが、浴場でじっくり他人と見比べてみたことなどないので、コメントに困る。ダンテと大して変わらないように見えるのだが、そこまで言われると、多少大きいような気も・・・・・・。 「僕としては、ダンテさんの胸やお尻が柔らかかったのが気持ちよかったです」 「わあ。え、太ったかな?」 「触り心地がいいので、そのままでいて欲しいのですが」 「うーん、大和さんがそう言うなら・・・・・・」 「ありがとうございます」 複雑そうな顔をつついて、大和は青い目を覗き込んだ。 「本当に、申し訳ないです。いくら興奮したからって、やりすぎです。自分が情けない・・・・・・」 「そんなに自分を責めないで。俺も気持ちよかったんだから」 目元を緩ませて微笑むダンテと一緒にいると、自分の欲求ばかり引き出される気がするのだが、気のせいだろうか。 「不思議な人ですね」 「・・・・・・俺、普通の人間に見えないかな」 何気ない呟きが、大和には妙に引っかかる言葉の連なりに聞こえたが、思い過ごしだと長い髪をかきあげた。自分の不甲斐なさを、他人のせいにする気は毛頭ない。 「僕の人間が出来ていないのは、僕自身の責任です。ダンテさんが何者だろうと、僕は別にかまいませんよ」 「そう?」 「はい。僕のダンテさんは、僕を甘やかしまくる優しい人で、僕が会いたいときに会って、欲しいだけ踏んでくれますから」 それ以外は些細なことだと、大和は一蹴する。 「さあ、バスルームに行きますよ。ちゃんと洗って、手当しないと」 「自分でやるから大丈夫だよぉ。恥ずかしい・・・・・・」 「医者としても男としても、沽券にかかわります」 「はい・・・・・・」 大和さんは真面目だなぁ、などとぼやくダンテを、大和は引きずるように抱えてバスルームに放り込んだ。 温かい体に抱き寄せられ、冷たくて硬い義手で撫でられながら、ダンテはうとうととまどろんでいた。 全身の疲労は言うまでもなく、過去最高に尻が痛くて動けない。強姦された時は、怒りや悔しさで痛みを忘れることができたが、今回は好きな相手なので精神が喜んでしまっている。 (ふふっ、全然違うのに・・・・・・) 気持ちよすぎて力加減を誤ったなんて、光栄に思いこそすれ、厭う理由にはならない。好意を持った相手に紳士的に振る舞いたいと思うのは同感だが、普段から変態趣味が全開なのに、そういうところだけ常識的であろうとするのが可笑しかった。 戦う力と医療知識を持ちながら、綺麗な顔で罵ってくれという大和は、驚くほど精巧な義肢で補った体で抱きしめ、ろくに素性も定かではないダンテを捕まえておこうとする。忙しい合間を縫ってでも会いたいと言ってもらえたが、甘い関係よりも癒しを求められているのは、常に前線にいるストレスからだとすれば仕方のないことだ。ダンテは自分が、幼児が抱いて放さないような、お気に入りのぬいぐるみになった気がしてならないが、それはそれで嬉しいので世話はない。 一時は距離を置こうなどと考えたが、自分が大和のモチベーションになっているのならば、できるだけそばにいたいと思う。それに、ダンテ自身も大和に会えて精神が安定した。 (この人は、何を得て、何を失ってきたんだろう・・・・・・) いつも耳に同じピアスがあるのは、ファッションではなく、大切なものだからだろう。過去のすべてを知りたいとは思わないし、押しつけがましいこともしたくないが、寂しさや空虚を癒せる程度には寄り添っていたい。 (それと、もう少し罵倒の語彙を増やさないとなぁ・・・・・・。そういえば、知り合いに天然サドがいるんだっけ?紹介してもらえれば、勉強になるかなぁ?) ダンテが愛おしいと思った人は、罵られることを悦びとする。我ながら難しい人を好きになったものだと呆れながら、自分を包む温もりに、安堵の長い息を吐いた。 疲れた体をベッドに横たえ、ふわふわくるくるした栗色の巻き毛を、大和は飽きることなく撫でていた。肩の爪痕はまだ熱を持ってヒリヒリと痛かったが、鞭の痕とは違って、快感よりも妙に心がくすぐったい。 荒んだ心を癒すのは、温かい食事と安心して眠れる時間と清潔な環境、それと、何も言わずに傍にいてくれる誰か。目的意識を持たせるのは、その後で十分。というのが、教師になりたかったダンテの持論だそうだ。 (言動の端々から察するに、僕もその中に入れられているような気がしてならないんですが、否定するのもばからしいですね) 戦闘以外でもなにかと騒がしい職場では、無邪気な暴風が日々群発しており、避け辛いそれが大和にぶつかることも少なくない。それが嫌ではないのだが、死角から物理的な衝撃が襲ってくる危険が皆無のダンテの傍は、安心して気が抜ける数少ない場所だった。 (はぁ、和む・・・・・・いいですねぇ) アニマルセラピーではないが、この温かい体とふわふわした頭髪を撫でていると、とにかく気分が落ち着く。 濡れて巻きがきつくなった髪を拭いているのも楽しかったが、やはりこの弾力ある手触りがちょうどいい。時々額や耳も撫でてしまうが、ぐっすり眠っているダンテの呼吸は深く、ちょっとやそっとでは起きなさそうだ。 (こんな寝顔をしているんですね) いつもは大和が先に眠ってしまうし、目が覚めるころには大抵ダンテは起きているか、いなくなっているので、この男の寝顔をじっくり見るのは、もしかしたら初めてではなかろうか。 パッキリとした凹凸が目立つ目鼻立ちに、なだらかな額と太めの眉が特に穏やかさを演出している。あまり考えていることを読ませない割に、時折昏い笑みを湛える青い目は、いまは瞼の後ろに隠れて見えない。砕けた日本語で良くしゃべる唇は、血色がよくて艶やかで、優しげな目よりもずっと素直に感情を表してくれる。・・・・・・この唇に、嘘や煽動や教唆は相応しくない。ダンテの唇は、大和を称賛したり罵倒したり愛を囁いたりするためのものだ。 (正論もわかりますが、気弱なことを言われるようでは、僕の甲斐性がないというものです) 大和が負けるということは、この安心しきった無防備な寝顔を守ることができないということだ。 (そんなことにならないように頑張りますから、ダンテさんもちゃんと僕を癒してくださいね) 新たな契約を胸に、大和は眠り続けるダンテの唇にそっと口付けた。 (僕も、大好きですよ) この甘くて大きな飴玉を、大和は舌の裏に隠して舐め続け、如何なる他人にも譲る気はなかった。 |