一足先のクリスマス


 あわてんぼうのサンタクロース〜と陽気な歌声と共に、ガラガラとリアカーを引っ張るトナカイが走ってきて、レパルスはすぐさま回れ右をしたかったのだが、すでに彼の腕を掴むサマンサが視線を釘付けにしてしまっていた。
「ごきげんよう、ご両人!ちょっと早いけど、メリークリスマ〜ス!」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのクッソ面倒くせぇって顔やめてくれないか?」
「そういう顔をされる自覚があるのは結構なことです、ダンテさん」
 ソリ風にクリスマスの装飾を盛ったリアカーには、サンタクロースの衣装を着たダンテが、プレゼントらしき荷物と一緒に乗っていた。
「あの・・・・・・もしかして、そっちのトナカイはヤマト?」
 ぜえはあ息切れをしているトナカイの着ぐるみを指すサマンサに、ダンテはあっさり頷いた。
「そうだよ。大和さんご希望の覆面プレイ中。あ、息は出来るけど、いましゃべれないから。存分に蔑みの視線を浴びせてあげて欲しいな」
 ふくめんぷれい・・・・・・?とサマンサは首を傾げ、レパルスが額に手を当てる。びくんびくん痙攣しているトナカイとか気持ち悪くて仕方がない。
「そういうのは自分たちの所だけでやっていただけませんか?」
「気にするなよ、肝心な部分は見えてないんだから」
 着ぐるみの下は十八禁らしい。
「クリスマスは来月でしょう?」
「そうなんだけど、年末は何かと忙しいし、クリスマス休戦があるのかどうか、俺は知らないし・・・・・・はい、サマンサさんの分」
「え?あ、ありがとう・・・・・・!」
 荷物をごそごそやったダンテがサマンサに手渡したのは、分厚い薬学書。
「レパルスのはこっち」
「いりませ・・・・・・」
「いらない?」
「・・・・・・・・・・・・」
 レパルスが無言で受け取ったのは、女子の夢スイーツ百選という謳い文句のレシピ本。
「さて、次は・・・・・・」
 ダンテが手綱を扱いて鞭を振り上げたが、ちょうど赤城と長門が通りかかった。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは。赤城さん、長門くん」
「オッス・・・・・・あれ?もしかして、大和?」
 長門は荷物が乗った派手なリアカーよりも、動く生き物の方が面白いと思ったらしい。一生懸命ジェスチャーをするトナカイの角を掴んで、長門は力任せに引っ張ろうとした。十八禁な姿を高校生にさらしてはまずいと、大和は必死に着ぐるみの頭を取られまいとするが、焦れた長門の足がトナカイの胸に・・・・・・。
「うおっ!?」
 しかし、ビュッと飛んできた鞭の先に阻止され、長門は持ち前の運動神経でバランスを崩すことなく飛び退った。
「トナカイさんへのお触りはご遠慮くださいませー・・・・・・やんちゃが過ぎると、プレゼントは無しだぞ、坊や」
 サンタの白髭の下から地を這うような低い声が出てきたせいで、長門のキラキラしたターコイズブルーの目が、遊び相手を変更した。
「へえ!サンタのおじいさん、腕に自信ありな人?俺が勝ったら、そのプレゼント全部もらっていい?」
「ちょっ、瀬良くん!」
 トントンと軽くステップを踏んだジャージ姿の前で、リアカーから飛び降りたサンタが手に持っていた鞭を捨てて、流れるような動きで腰をかがめた。その手は腰のポーチに伸びている。
「長門さん、アウトレンジで不利です!」
「OK!」
 とっさに出たレパルスの声に、弾丸のようなスピードで飛び出した長門の左手がサンタの衣装を掴むと同時に、右手の拳が振りかぶられる。しかしその最中も、サンタクロースの灰色が混じった青い目は表情を変えない。
 パチンッと顎から左頬にかけて当たった衝撃は、百戦錬磨の長門にとっては、何の痛痒も感じないほどの軽さだった。しかし、その刺さるような冷たさは、ドライアイスを押し付けられたかのような痛みだ。
「ひゃッ!???いッ!??つっめてえええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
 慣性のままに振り抜かれた右拳は力が抜けたせいで軽く打ち払われ、長門は悠々と濡れた手袋を外すサンタクロースの前で、顔に叩きつけられた液体をこすり落とそうともがいた。
「自分から当たりに来てくれてありがとう。サンタさんのエターナルフォースブリザードのお味はいかがかな、坊や」
「くっそ、むかつくうぉぁあああ!なんだこれマジつめてええええ!!?ちょっと目に入った!!いてええええええ!!!」
「擦っちゃダメよ、ナガト。水で洗い流した方がいいわ」
 サマンサに言われて、大柄なジャージ姿はぎゃーぎゃー叫びながら水道へと走っていった。
「・・・・・・俺の戦法をばらすな、レパルス。友達甲斐のない奴だな」
「ダンテさんは不可逆的な戦傷を負わせかねないので」
「ふん、生命に不可逆な一撃をぶち込むギロチンブレイカーがよく言うよ。俺だって、相手を見て潰す目を選ぶさ」
 白髭の下でクスクス笑いながら物騒なセリフを吐くサンタクロースは、鞭を拾い上げてリアカーに放り込んだ。
「大和さん、大丈夫?怪我してない?」
 被り物を両手で押さえたまま、トナカイの頭がすごい勢いで上下する。例えかすり傷でも「ある」などと答えたなら、ダンテは追撃に走りかねない。
「あの瀬良くんが逃げ出すなんて・・・・・・」
「大丈夫よ、赤城。ダンテが使ったのは、ただのミントチンキだから。ちゃんと洗い流せば、かぶれることも少ないわ」
 市販のハッカ油みたいなものだと理解すると、赤城はほっと胸をなでおろした。喧嘩っ早い長門がカウンター攻撃されるのは仕方がないとしても、やられっぱなしになるのはいい気がしない、難しいお年頃の女子高生だ。
 そんな赤城に、きちんと猫とサンタ帽子をかぶり直したダンテが、リアカーの中から両手で箱を取り出した。
「はい、赤城さんに。今年も良い子で過ごしたお嬢さんに、サンタのプレゼントだよ」
「え?」
 ちょっと重くてごめんね、とダンテが赤城に手渡したのは、人気少女漫画家文旦ゆづこ著『恋色ふるーつKISS』全八巻、特別描き下ろし短編付き愛蔵版BOX。
「あっ・・・・・・りがとう、ございます!!」
 お小遣いではちょっと手が出ないと諦めていた限定品に、赤城は顔を洗いに行った長門の事を忘れた。
「それじゃあ・・・・・・」
 とリアカーに乗りかけたダンテを、大和がガシッと掴み、懸命に箱のひとつを指差している。
「えー・・・・・・そこまで大和さんが言うなら、しょうがないなぁ」
 実に不服そうな雰囲気を出しつつも、サンタはもう一つの箱を赤城の前に置いた。しかし、その青い目は穏やかに笑っている。
「長門くんに。みんなで仲良く遊んでね」
 それじゃ、と今度こそリアカーに乗り込んだダンテは、手綱を掴んで慣れた様子で鞭を振るった。
「あとは、紅茶の詰め合わせと、食券の綴りと・・・・・・えぇっと、BBQ肉セットや和菓子は冷蔵だから先の方が・・・・・・ああ、その前に司令官室だよ、大和さん。せっかくの期間限定ハンバーガーが冷めちゃうからね!」
「ッ♡・・・・・・ッッ♡」
 ビシバシと軽快にトナカイの着ぐるみがしばかれ、リアカーはガラガラと音を立てて去っていった。相変わらず、あわてんぼうのサンタクロースのBGMと共に。

 洗っても洗っても、スースーする刺激がなかなかとれなくて、繰り返し顔を拭いて湿ったフェイスタオルを、長門は引き裂きかねない強さで握り締めて吠える。
「っああぁーーー!!ひどい目に遭った!」
「何で避けなかったんですか」
「レパルスが!近付けって言ったんじゃないか!」
「インファイトなら必ず勝てるなんて、私は一言も言っていませんよ」
 しらーっとした顔のレパルスに噛みつきたくても、長門はまだ顔面がスースーして集中できず、うぎぎぎと歯ぎしりするばかりだ。
 長門の部屋では赤城とサマンサが、何やら楽しそうに笑い声をあげており、レパルスはそれに付き合って、長門の部屋にいたらしい。
「・・・・・・なにやってんの?」
「あ、瀬良くん、おかえり」
「うふふ、これ、とっても楽しいわ!レパルスもナガトも、一緒にやりましょう!」
 二人がきゃっきゃっとコントローラーを握っているのは、見慣れないゲーム機・・・・・・。
「ああ、これ?瀬良くんのだって。みんなで楽しく遊んでください、って」
「え?・・・・・・あぁ!?俺のクリスマスプレゼント!?ちょっと、なんで赤城が開けて・・・・・・っ!」
「だってパーティーゲームだもん。瀬良くん一人じゃつまらないでしょ?」
「そういう問題じゃなくね!?」
 クリスマスにはまだ早い、賑やかな日々の出来事であった。

―完―