被害拡大中 −2−
無事に『青少年の健全な成長を見守る会』の代表者を撃退したダンテを、武蔵はやや呆れたような表情で労った。
「なかなかの演説だった」 「ありがとうございます、大佐」 「おい、まだ大和は復旧しねェのか」 「まだです〜☆」 自分宛ではないと理解しつつも、ダンテが繰り出す怒涛の賛辞のせいで、大和はぶっ倒れたままだ。 「新興宗教の教祖になって開運の壺でも売れば、いい商売になりそうですよ」 「そうか。儲かるならレパルスがやれ」 「私は詐欺師ではありませんので」 「誰が詐欺師だ。レパルスなんか最初からピンが抜けているハンドグレネードじゃないか」 「それは不良品ということでよろしいですか?」 「製造者以外は持ち歩けない危険物だって言ってんの」 「サミィの教育にケチをつけるとはいい度胸です」 「なんでそう取るんだよ!」 お前ら仲いいな、などと武蔵は呟いたようだが、にらみ合っているレパルスとダンテには届かなかった。 コンコンコン、という控えめなノックと一緒に、女性の小さな声が聞こえたので、分厚い扉をレパルスが開けた。 「あら、ありがとうレパルス。ダンテもごきげんよう。もうお仕事終わった?」 ドアの隙間から、赤いスカーフを巻いた頭がひょこりと覗く。 「終わりました。なにか御用ですか、サミィ?」 「ううん。もうすぐ赤城たちが帰ってくるから、一緒にお茶をしたかったの。今日は迎えの車があるから早く帰れるって言っていたから」 万が一にも『青少年の健全な成長を見守る会』のメンバーと鉢合わせしないようにとの配慮で、今日は学生組に送迎車が手配されていた。 「ダンテも一緒にいらっしゃい。ロドニーが綺麗な温室を持っているのよ。お花好きでしょう?見に行かない?」 「いいの?ありがとう、サマンサさん」 武蔵も二つ返事で許可したので、ダンテはレパルスと一緒にサマンサについていくことにした。 「・・・・・・大和さん、狸寝入りから醒めたら、あとで俺の話聞いてね?」 「!!!」 失礼します、と笑顔のままでダンテが行ってしまうと、恐ろしさのあまり詰めていた息が大和の口から長々と吐き出された。 「あはぁ〜☆彼、怖いですね〜。やり方が情報工作員そのものでしたよぉ☆」 「実際に諜報経験者じゃねェのか?」 「僕も何度かそう思ったんですけど、違うようです。あれが、ほぼ素です」 だから僕が罵られている前回の映像を見せるのは嫌だったんです、と大和はよろよろと起き上がる。 「絶対に怒るってわかっていましたけど・・・・・・浮気がどうのなんて目じゃないくらい怖かったです。終わってから、僕が見ているメインモニタのカメラがどれかわかってて、カメラ越しにニタァって笑ってきたんですよ、あの人。ホラーですから!!」 「徹底的でしたね〜。追い返すだけにとどまらず、時限爆弾のお土産付きだなんて☆」 「土産?」 武蔵の胡乱気な視線を受けて、ルイスはうきうきと楽しそうに説明した。 「そうです〜。武蔵さんには聞こえていませんでしたかぁ?ダンテさんが最後に、三人それぞれと、ちょっとずつ立ち話して親し気な雰囲気出していたじゃないですか〜。あれ、離間工作ですよ〜☆」 ルイスに聞こえていただけでも、各婦人に「自作のブローチを褒める」「会報に臨時寄稿したコラムを褒める」「姿勢や所作を褒める」等あったが、それぞれ別の婦人は「ブランド品収集家」「会報のメイン筆者兼編集者」「お稽古事の師範代」であり、褒められた方の慢心や増長を促すものであった。しかも、当人を褒めるだけで、他人と比較したり貶めたりということは一切しない。根拠となる情報を知らない前提で話すのだから、当然である。 「つまり、こちらの印象を落とさず、勝手に見下し合うように仕向けたんですよぉ」 「そんなこまけェことやってたのか」 「はい☆ただ熟女をナンパしていただけにも見えましたけど。ダンテさんは確かにおしゃべりが得意なようですが、「しゃべらない判断」がとってもシャープですし、「黙っている忍耐力」が十一インチ装甲です。人間って、言われると言い返したくなりますし、知っていることはついしゃべりたくなっちゃうんですけどね〜。ああいう人は厄介ですよぉ、絶対に口を割らないか、真実を混ぜながら嘘をつきますからね〜」 ぜひ真実だけをしゃべらせてみたいです、とルイスは口の中で続けたようだが、端麗な美貌が欲望に歪みかけたのに気付いたか、すぐにいつもの可憐な微笑を浮かべて見せた。 「彼、事前に相手の事をたくさん調べていましたからね〜。そりゃあもぉ、話題は選び放題、つつき放題でしょう〜☆」 「ルイスさんの言う通り、彼女たちには名坂支部に好印象を抱かせていますので、こちらに火が及ぶことはないと思いますが、あの三人が仲違いをするのは時間の問題です。まさに、ぺんぺん草も生えない焦土です」 やりすぎるから怒らせたくなかったのに、と大和は頭を抱える。 「民間人にも、おっかねェのがいるな」 「あのおばさまたちもたいがいクリーチャーでしたけど、それに負けないくらい毒々しいお花でしたね〜☆」 「そうですよ。ダンテさんがあの離間戦術をウチでやったらどうなります?鎮守府内で世界大戦勃発ですよ」 「・・・・・・肝に銘じておこう」 人間同士の情報戦に使えそうかとも思ったが、安易によく知らない劇薬へ手を伸ばすべきではないと、武蔵は自戒し、深く椅子に腰かけた。 そして一時間後、今度はロドニーが赤面したままフリーズしたという緊急連絡に大和が駆けだしていった。 「なんだ、また寝不足が祟ったのか」 「いえ、育てていた花と、花を育てた彼自身を褒められすぎて、キャパオーバーしたみたいです。同情を禁じえません」 「・・・・・・・・・・・・」 「あはは☆意外な武器ってありますよね〜☆」 「やれやれ」 武蔵は軍帽をかぶり直し、一連の騒動で滞っていた業務を片付け始めた。 またこんな騒ぎが起きて、いちいち対応するのも面倒であるから、ルイスに長門たちの出撃時にいっそう周囲の目から遠ざけるよう注意させ、大和には臨時職員のデータを抹消するよう指示を出した。 |