ギブ&テイク ―3―


 シャワールームへは、行きも帰りも抱っこ。その後は、水を飲んでいる間に髪を乾かして全身の手当てをして、義手と義足の装着と、手慣れた様子でやってくれる。最後に、よがり過ぎて泣き腫らした顔に冷たいタオルが置かれて、至れり尽くせり。
「ごめんね。首の傷、一日じゃ消えないかも」
「かまいませんよ。そんなに目立ちませんから」
「あ、ハメ撮り見る?」
「はいっ!スマホに送っておいてください!」
 いまは搾り取られたばかりで元気が出ないが、後で自分のハメ撮りを見たい。どんな格好でどんなふうに写っているのか、とても楽しみだ。
 るんるんと嬉しそうな大和を見下ろしながら、そのハメ撮りの撮影者の方は、少し呆れ気味に笑う。
「気持ちいいのは嬉しいけど、もうちょっとセーブしたら?大和さんが大怪我したら、みんな困るだろ?一応、軍医さんなんだし」
「は・・・・・・え?僕、いつ言いました?」
 医療従事者であるような事を言った記憶があるが、TEARS関係者だと言った覚えはない。鎮守府からここへは、わざわざ遠回りしてきているのだし。
「そうじゃないかなって思っただけ。いつもの発情した汗と消毒液っぽい匂いに混じって、火薬みたいな匂いがしたから」
 そういえば今日は射撃場を覘いてきたと、慌てて髪を触るが、すでに洗い流してしまった後で、ついてしまった硝煙の匂いなどわからない。
「失礼しました」
「別にかまわないよ。ガーリックや煙草の匂いなんかつけられるよりも、ずっとクールでセクシーだもん」
 お気楽な感想に思わず苦笑いが出るが、この抜けた感じのおかげで気を張らずに済む。
「そうやってよく見ている貴方だから、お願いしているんですよ」
 ダンテなら力加減を誤らない、という信頼の表れに、相手は仕方なさそうにクスクスと笑う。
「それは、光栄の至り」
 ベッドから離れる気配に思わず手を伸ばせば、少し骨ばった手首を掴めた。機械の指先に、温かで確かな脈を感じ取る。
「なぁに?まだいるよ」
「そうですね・・・・・・」
 その少しざらついた陽気な声が、朝まで側にいたことなどないのだけれど。
「おやすみなさい」
 頬に触れた唇が囁く「Era delizioso(美味しかったよ)」という褒め言葉が、次の誘いにも応えてくれるという希望と安堵を感じて、深く息を吐くように全身の力が抜けてしまう。
「お粗末様です・・・・・・」
 あくび交じりの返答が、いつも別れの挨拶になってしまうことを、大和は少し残念だと思い始めていた。


 まだいる、と言った手前、手首を掴んだ手が離れても、ダンテはベッドのそばで行儀悪く椅子にまたがっていた。とりあえず、ハメ撮り写真は転送完了だ。
(あー・・・・・・やってしまった・・・・・・)
 プレイだけならまだしも、一線を越えてしまうのは、この国の流儀習慣として大丈夫なのかと不安がある。いいと言っている人にしないのも失礼だと思うし、据え膳食わねば男の恥という格言(?)も、わからなくはないのだが。
(好きでもない人にしている、なんて思われたくないんだけどなぁ・・・・・・)
 そう思う割に、自分の手順がマニュアルに従っていないと嘆息する。恋愛の段階を踏む前に、大和を踏んでいたのだから。
 冷タオルがずり落ちてあらわになった色白な顔は、まだ目の周りが少し赤い。向かって左に泣きぼくろのある、涼やかな切れ長の目を初めて見た時、まるで冬の星空のようだと言ったら、ぽかんとした顔をされた。
 美しい顔立ちだと思う。長い黒髪も、神秘的な眼差しも、たまに高度なプレイを要求する柔らかな唇も、エキゾチックな美の結晶だ。知的できびきびとした所作をしているのに、言葉ひとつ、足蹴ひとつで、すぐに蕩けてしまう困った人でもある。しかしそこが、愛らしいと感じる。
 鎌をかけたら当たってしまったが、この辺りで医官が駐在していてもおかしくない施設といえば、TEARSが接収している敷地・・・・・・通称・鎮守府しか思い当たらない。
(わぁお、人材的にとっても貴重な人だ。もっと大事に踏んであげないと)
 こんなご時世であるから、緊縛用具は装着者自身が緊急時すぐ外せるようなチャチな物にしたし、マナーとして義肢は目視できてすぐに手が届くところに安置している。それでも、大和相手は気を遣って使いすぎることはないだろう。
 よく世話焼きと言われる自分以上に尽くせる相手がいるかはわからないが、大和に快楽を提供できる者は皆無ではない。ただ、ダンテが一番上手く踏む、ダンテに踏んでもらいたい、なんて思ってもらえたら嬉しいな、とは思う。
(平和になって、二人とも生きていたら、もっとハードなプレイしてみようかなぁ)
 例えば、窒息プレイとか、射精管理とか・・・・・・ガッチガチの緊縛吊るし&鞭打ちプレイ玩具付き、なんてどうだろうか。プリンアラモードみたいな特盛感があって良さそうだ。逆に、自分が受けになってもいいが、それにはちょっと困ったことがある。
(大和さんの主砲、大きすぎるんだよねー。フェラするのだって顎が外れそうなのに、突っ込まれたら俺のお尻が壊れちゃうよ!)
 どのくらい拡張すればいいかなぁと苦笑いを浮かべるが、そもそも、大和が男相手に起つかどうかは試していない。普段のアレは、罵られていたぶられるのが気持ちいいからだ。
(さて・・・・・・)
 時間を確認すると、終電はとっくに出ているが、始発にはまだ早い。しかし、そろそろ出立しないと、夜明けまでに自室にたどり着けないだろう。
 指差しで忘れ物がないか確認をして、なるべく自分の痕跡を残さないように周囲を整えると、すやすやと眠る大和の滑らかな頬にかかった髪を撫ではらい、室内の照明を絞った。
(またね、大和さん)
 お互いの素性なんてほとんど知らない。昼間の町ですれ違ったとしても、互いに知らないふりをするだろう。必要な時だけ、必要な人になれればいい。
 だから、できるだけ、陽気でミステリアスな遊び相手を装っていたい。イタリア男は恰好付けたがりなのだよ、と自嘲し、フードとサングラスをかけたダンテは、そっとホテルの部屋を後にした。