抱きしめたい白い肌
いつの間にか仮眠室のベッドのひとつに鎮座していた、巨大な大根のぬいぐるみは、根の先が二股にわかれた、いわゆるセクシー大根を模しているようだ。白くて太い立派な大根だが、恥じらうように曲がった二股や、頭の切り揃えられた青い茎、絶妙にくねる脇根が、実にユーモラスだ。
「誰の・・・・・・?」 思わず眉頭に力がこもる赤城だったが、タグに書かれた持ち主の名前に、納得した。 「大和さんのか。うわ、もちもちしてる」 大根の肌触りはもちもちふわふわしていて、沈み込む低反発具合がちょうどよい。これを抱き枕にしたら寝心地が良さそうだと、赤城は大根をそのままに、クリーニングが終わった毛布を片付けて仮眠室を出た。 「ああ、あの抱き枕ですか?ネットの評判が良かったので買っちゃったんですけど、気持ちいいですよ」 大和はニコニコと機嫌よく赤城に教えてくれた。 「実は予備がここにあるので、お試しいかがです?」 「いえ、抱き心地は良さそうですけど、そのデザインはどうにかなりませんか」 セクシー大根に女子高生が抱きつくのは、ちょっとはばかられる。 「あら、マンドラゴラ型のクッションなんて、面白いわね」 まったく気に留めない魔女が、横からひょいと抱き枕を取り上げた。 「わあっ、もちもちしてるわ!」 「そうでしょう!僕の『ダンテさん二号』です」 ということは、仮眠室にあったのが一号か。 「ダンテ?ああ、わかるわ!この柔らかい感じとか、ユーモラスな感じとか」 「いいんですか?勝手にそんな名前つけちゃって」 もっきゅもっきゅと大根を抱きしめるサマンサの隣で、敵に知人の名前を付けて蹴散らす人物を知っている赤城としては、もっと慎重になった方がいいのではないかと困惑する。 「だって、最近のダンテさんは忙しいって構ってくれないんです。御本家に出演中だとか、中の人が十八禁シーン書けないスランプ・・・・・・」 「メタい発言は止めてください」 ぷーっと頬を膨らませて美貌を台無しにする医療部長の発言を、赤城は容赦なく遮った。 「ねえ、ヤマト。これ借りていいかしら?今日のお昼寝に試したいわ」 「どうぞ」 「ありがとう!」 うきうきで大根を抱えて去っていくサマンサの後姿を目で追い、赤城は若干の不安に襲われた。なにしろ、やきもちやきに関しては、レパルスと長門はいい勝負なので・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・」 大根抱き枕にしがみついて、スヤスヤと眠るサマンサを見下ろし、レパルスの眼差しは大変険しい。無理に起こすと機嫌を損ねられそうなので、まずおやつを用意してから、小さな肩を揺すった。 「サミィ、おやつの時間ですよ」 「ん・・・・・・マフィンの匂いがするわ」 「ええ、そうです。お茶を淹れますから、起きてください」 「うん」 目を擦って起きてきたサマンサが、相変わらず変なポーズの大根を放さないので、レパルスの声が硬くなる。 「サミィ、それは置いてきてください。汚してしまいますよ」 「だって、触ってると気持ちいいのよ。ヤマトがダンテの代わりにするだけはあるわ」 「は?」 一瞬でレパルスの顔が怖くなったが、幸い大あくびをしていたサマンサは見ていなかった。 「・・・・・・大和さんの物でしたか。お昼寝も終わったことですし、返してきてください」 「ねえ、レパルス。私も同じものが欲しいわ」 ぷっちーんとキレたレパルスが、サマンサから大根をひょいと取り上げ、ずかずかと大和の診療室に突入して投げ返した。 「ぶはっ!?なっ、なんですか!?」 「お返しします。サミィにおかしなものを渡さないでください」 「え?僕の『ダンテさん二号』は気持ちよくなかったですか?」 きょとんと首を傾げる大和に、レパルスはぶちぶちと額に血管を浮き上がらせて、ゴミムシかケダモノを見るかのような眼差しを突き刺した。 「あなたのド変態趣味に巻き込むなと言っているんですよ、この万年発情期マゾ」 「はあぁんっ、ありがとうございます!!」 大根を抱きしめてはぁはぁ言っている大和を残して、レパルスは来た道を足早に戻っていった。 「え、それマゾ関係なくね?」 顛末を伝え聞いた長門は笑ったが、抱き枕を取り上げられて頬を膨らませるサマンサには、赤城と食べていた自作のクッキーを分けてあげた。 「ありがとう、ナガト。・・・・・・あのクッション、お昼寝していて、とっても気持ちよかったのに」 「触り心地は本当に良かったよ。形はあれだけど、笑わせようとしている感じが、たしかにダンテさんぽいし」 「・・・・・・・・・・・・」 「うふふ、赤城は知らないのね。ダンテって、あんまりゴツゴツしてなくて、触ると柔らかいのよ」 「えっ、そうなの!?」 サマンサが得々と語るレパルスとダンテの触り心地の差を、赤城は興味津々に、長門は自分の体をペタペタ触りながら、少々難しい顔で聞き入った。 「なあ、時雨。皮下脂肪って、どうやってつけるんだ?」 「はぁ?それはお前ほど筋肉がつかない俺への嫌味か?」 「そうじゃねーけど、触り心地悪いとか思われたくないし・・・・・・」 自分の体組成データを眺めて唸る長門の身体を、時雨は真面目な顔でペタペタと触り、Tシャツを押し上げる肉体の感触にふむと首を傾げた。 「瀬良の身体は充分出来上がっているし、触り心地も悪くないと思うが?」 「時雨、いま無自覚に『セクハラ上司がここにいる』って信号弾を打ち上げただろ」 「なんのことだ?」 「瀬良せんぱぁ〜い?????」 時雨はきょとんとした顔のままだったが、黒いオーラを噴き上げる時雨の妹が、パイプ椅子と消毒液を両手に爆走してくる気配を感じて、長門は面倒くさくなる前に全力で逃げ出した。 「いいですかぁ、ゆっくり休憩している暇なんてないんですよぉ。ちゃきちゃき働いてください。この美味しそうな抱き枕が、どうなってもいいんですかぁ☆」 亀甲縛りにされた大根のクッションを振り回すルイスは、今日も素敵な笑顔でサドい事を言う。 「あぁっ!僕の『ダンテさん一号』と『二号』に、ひどいことしないでください!やるなら僕にしてください!!」 「かっこいいこと言っているようで、発言者のせいでまったく逆の印象になる典型です☆いいから仕事してくださいね」 人質ならぬ、大根クッション質を得たルイスに怯えながら、大和は泣く泣く山のような仕事を片付けに戻った。 「今日も一日、平和でしたねぇ☆」 ルイスの黒い馬上鞭の先が、縛られた大根の白い肌にぺちぺちと当たっていた。 ―完― |