大事なことなので ―2―


 脱衣所にあったおろしたてのバスローブだけを身に着けて地下に降りたダンテは、ペタペタと歩きながら辺りを見回し、その広々とした造りに感心した。故意に無駄なスペースを作ることで圧迫感を減らし、居住空間としての快適さを求めていることがわかる。
(金かかってるなぁ・・・・・・外から見た以上に豪邸じゃん)
 床、壁、天井、どこを見ても落ち着いた和風テイストで、階段の手すりすらもこだわった気配がある。地下室のはずなのに、一瞬旅館かと錯覚するほどだ。おそらく、湿気対策としても材質が適しているのだろう。見えない所で換気システムが働いているのか、空気がよどんでいる感じもない。
(これで寝室がギラッギラのプレイルームだったら、それはそれで大和さんらしくて面白いから踏んであげよう)
 何があっても驚かないぞ、とダンテは自分に言い聞かせ、寝室と思われるスライド式の大きなドアを開けた。
「・・・・・・・・・・・・」
 大和はダンテの寝室だという事を忘れていなかったらしく、ギラギラはしていなかったが、涼しげなフローリングの上にキングサイズのベッドがあった。夜目の利くダンテにはあまり関係ないが、薄暗い間接照明のおかげで部屋も広く感じられる。
(なるほど。廊下や階段やドアが広いのは、このベッドを搬入するためもあったか。わー、広くて寝心地が良さそうなベッドだなー。檻とか木馬とか磔台とか無くて、ほんっとうによかったー)
 ここまできたら、もう色々目を瞑り、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「遅いですよ、ダンテさん!」
「ごめんね。あんまりにも素敵な家だから、あちこち見ていたよ」
 はやくはやくと急かす大和は、新調したらしい黒ベルトとそれを繋ぐ金具だけの、もはや服とはいえない、ハーネス状のドスケベ勝負服で尻尾を振っている。
(え、尻尾?)
 首を伸ばすように大和の背後を確認すると、引き締まった尻からシリコンの黒い尻尾が生えていた。見えていない部分がプラグなのかビーズなのかは、考えないでおく。
「・・・・・・可愛らしい尻尾がよく似合っているよ。グレートデンやワイマラナーみたいでかっこいいや。耳はつけなくていいの?」
「残念ながら、気に入った耳がなかったんです。あんまり似合わなくて・・・・・・」
「そ、そうかぁ・・・・・・」
 オーダーメイドで作ろうか、などと呟く大和は唇を尖らせていたが、すぐに笑顔に戻って、自分の名前が刻まれた首輪をダンテに掲げてみせた。
「はいっ、よろしくお願いします!今日は、開発が終わったばかりの、秘密兵器もあるんですよ」
「ひみつへいき・・・・・・?」
 またよからぬ事態になりそうだと心臓に冷や汗をかきつつも、ダンテは自分がプレゼントした首輪を受け取って、大和の首にはめてあげた。
「はあぁっ、素敵ですね。これだけで気分が上がります!」
「それはよかった。『おすわり』」
「わんっ」
 大和は楽しくて仕方がないとばかりに目を輝かせ、しゃがみ込んだ姿勢でダンテのバスローブをかき分けた。
「ちょっ、ま、待て・・・・・・」
「なっ・・・・・・ダンテさん!?なんですか、これは!?」
「え、あぁ・・・・・・」
 脱いだ物は全部ドラム式洗濯乾燥機の中に放り込んできたので、いまのダンテは履いていない。だが、大和が驚いたのはそれではなく、臍と陰毛に挟まれた下腹部に浮き出た、痣状のものの事だろう。
「不死族って、実はあんまり性欲強くないんだよ。死なないから執着が薄いのか・・・・・・生殖でも増えにくいし。だから、いわゆる・・・・・・淫紋?俺が下になるのならと思って、試しにやってみた」
 吸血鬼のメリットとデメリットの大幅解放に加えて、ラウルからの知識供給により、ダンテは色々とやれることが増えていた。これはそのうちのひとつで、長短複数からなる、柔らかな曲線の組み合わせによって、ひっくり返したハート型が垂直に連なって見える文様は、ダンテから見てもなかなか煽情的だと思う。
(どう見ても、奥まで突っ込んでくれ、って誘っているよね・・・・・・)
 これが妊娠などを促す場合は、また違った紋様になるが、今回ダンテが試したのは、『入れる側が気持ちよくなる』ためのもので、いつも抱き潰される側にとっては、相対的に若干の耐久度を上げる期待があった。もちろん、大和には秘密だ。
「そんな素敵なこと、どうして僕にやってくれないんです!?ダンテさんばっかり狡いじゃないですか!!」
「言うと思った・・・・・・。俺はこういうの専門じゃないのに、いきなり大和さんにかけるなんて、危ないじゃないか。効果の程度がわかったら、大和さんにもやってあげるよ」
「本当ですね?約束ですよ!!」
「約束するから、淫紋をガン見しながら言わないで・・・・・・」
 せっかくの淫紋なのに、ダンテの気分は上がるどころか、主砲がうなだれたままであるところを察してほしい。
「くっ・・・・・・セルフ淫紋だなんて、強烈な先手を打たれてしまいました。僕だって、ダンテさんに気持ちよくなってほしいんです。見てください、この秘密兵器を!」
 シリコンの尻尾をふりふりさせながら大和はベッドに飛び乗り、化粧クリームが入っていそうなジャーを手にした。ダンテも近付いて確認するが、オフホワイトの容器には、ラベルも何もないようだ。そういえば、小鳥遊製薬から出ているボディクリームが、こんな感じの入れ物に入っていた気がする。
「・・・・・・なにこれ?」
「名付けて、『催淫剤入り中出し用殺菌潤滑ジェル』です!!」
 大和は効果音が鳴りそうな勢いでボンテージされた胸を張り、ダンテは両手をついてベッドに崩れそうな上半身を支えた。
「基本の薬剤をサマンサさんが開発してくれたんですが、どうしても人間の粘膜には刺激が強すぎました」
「・・・・・・・・・・・・」
「そこで、霞くんに依頼して、できるだけ効果を落とさずに、人間でも使えるようにしてもらいました。相談したらすごいやる気で、一週間で完成させたと言っていましたよ。臨床試験済みとも言っていましたので、自分で試したようです。僕が言うのも何ですが、目的の為なら体を張れるマゾですね」
「・・・・・・・・・・・・」
「ダンテさん、聞いています?」
「情報量が多すぎて、理解はできるけど、頭と心が現実を拒みたがっている」
 感染症のリスクを負わずに中出しのロマンを叶える夢のアイテムが、大和の手の中にあった。つまり、生でヤらせろという事だろう。
「理解はしていただけたようなので、体から現実を受けいれさせてあげますよ」
「今夜はリードされっぱなしだな」
「うふふふ」
 弾力のある広いベッドの上に押し倒されたダンテは、圧し掛かってきた大和を捕まえて抱きしめ、前髪越しの額に口付けた。勝負服が絡みついた温かな体は、意外と筋肉質で、その下にしっかりした骨格を感じられる。
「っ・・・・・・」
「大和さんは本当に、俺を驚かせるのが上手だなぁ。・・・・・・俺のために安全な寝場所を作ってくれて、ありがとう。ここなら、安心して住める」
「それはっ、仕方がないと言いますか、その方が僕も都合がいいと言いますか・・・・・・」
 至近で見詰めた黒い瞳が、しどろもどろに逸らされる。大和に打算と下心があったとしても、私費を投じて用意された寝床が、ダンテのことをよく想って設計されていることに違いはない。
「ありがとう。とっても嬉しい」
「僕は、そのっ・・・・・・ダンテさんの寝顔を見たかっただけで、他意はありませんっ!」
「うん、うん。大和さん凄いなぁ。とっても可愛い。寝顔ひとつのために、家まで建てちゃうなんて、大和さんだからできることだよ。言う事は慎ましいのに、実際の行動は大胆で、見えない所でコツコツ積み上げちゃうんだもん。そういう大和さんのスマートにデキるところ、かっこよくて、俺は好きだなぁ」
「う、くっ・・・・・・恥ずかしいですから・・・・・・っ!」
 それでも止めろと言わず、泣きぼくろのある目尻まで赤くしてプルプル震える大和の頭を、ダンテはよしよしと撫でる。驚かされ続けた事への反撃は、このくらいでいいだろう。はじめの頃は鳥肌が立つとか言われていたが、少しは耐性が付いてきたようで、おおいに結構なことだと心の中で頷く。
(「当然です」なんてふんぞり返らなくていいから、「そうですよ」って受け流せるくらいに育ったらいいんだけど・・・・・・)
「ダンテさんの言い方のせいですよ、こんなに恥ずかしい気分になるのは」
「え、俺にだけ反応してくれるの!?つまり俺、ちゃんと愛されてる・・・・・・!」
「どうしてそういう・・・・・・もう、いちいち言わないでください」
「嬉しいのに。なんてつれない事を言う唇なんだ」
「んっ」
 羞恥で混乱して熱くなった頬が逃げないように抱きしめ、薄い唇を食んで、そろりと舌をしのばせる。大和がいい顔をしなくても、先に血気をいただいて腹を満たしておかないと、最中に噛み付きかねない。淫紋だけならある程度自制が効いても、サマンサ謹製の媚薬に対する抵抗の自信は皆無だ。
 その点、首輪をプレゼントした選択は間違いではなかった。無闇に噛みつこうとしたとき、どれほどかは理性を呼び戻せる防波堤になってくれることを期待しての決断だった。
「ふ・・・・・・ぅんっ・・・・・・」
 混ざりあう唾液に乗じて、とろとろと滴る血気を舐めとる。まったりと舌に絡みつく鉄臭い血液ほどではないが、芳醇な温もりが乾いた体に染み込んできて、尖りがちな神経を穏やかに包んでくれるようだ。
 大和は気持ちよさそうに切れ長の目を潤ませるが、やはり不本意なのか、少しこちらを睨んでいる。
「ふはぁ・・・・・・美味しい」
「仕事に支障が出ると、わかってはいるんです。でも、少しくら、んっ・・・・・・」
「ん〜ちゅっ。そういうのは、次の時ね。次の時に、噛んであげる。約束」
 キスで遮られ、ぷくぅと膨らんだ頬が可愛らしいと、見上げたダンテは微笑む。大和は監禁されたり支配されたり罵られたり虐げられたり殴られたりグズグズに犯されたりするのが大好きだが、ダンテを抱きたいとも思うし、そもそも節度のある大人の付き合い方をしていたいとも望んでいる。そんなわがままを、過不足なく、すべて、叶えてあげるのがダンテの望むことで、『ご主人さま』の役割でもあると思っている。
「今夜は、大和さんが上になるんでしょ?俺を気持ちよくして、たくさん中出ししたいんでしょ?」
「そうですが、それとこれは別で・・・・・・」
 鎖で繋がれて飼われるなんて、まっぴらだ。でも、首輪に繋がった鎖を持っていてくれと言うなら別だ。
 喉と黒革の間に指先をねじ込んで引っ張ってやると、少々の不満顔はすぐに蕩けてだらしなくなった。
「言う事を聞けない、わがままな駄犬には、お仕置きが必要だな」
「ふあぁっ・・・・・・いっぱい、おしおきしてくらひゃい」
「じゃあ、俺がいいって言うまで、尻尾振りながら俺を気持ちよくさせること。ただし、入れちゃダメ」
「ふぁい、ありがとうございましゅっ」
 首輪から指を離して頬をピタピタとつつくと、ダンテが称賛してやまない涼しげな美貌が、気合を両眼に閃かせたまま淫蕩に唇を吊り上げた。