新たな住人
大和が夜勤明けの体を引きずって、最近完成した隠れ家的新居に到着すると、一瞬の違和感に目を瞬いた。
(?) 足元で何かが動いたような気がしたが、花壇に生い茂る葉が風に揺れただけのようだ。 気を取り直して玄関を開けて、大和は靴を脱ぐ前に固まった。 「え?」 家の奥から出てきた栗色の癖毛頭の青年が、にこりともせずに大和をじっと見つめている。そして、やや考えるような間の後に言葉を紡いだ。 「・・・・・・おかえりなさい」 「た、ただいま、戻りました。え、あの、ダンテさん、起きてて大丈夫なんですか?」 まだ午前中で、外は燦燦と太陽の光が降り注いでいる。この時間のダンテは、地下の寝室で昏睡状態のはずだ。 しかし、いま大和の目の前にいるダンテは、わずかに眉をひそめると、ふいと背を向けようとする。 「ダンテさん?」 「それは、俺の主の名前だ。見わけもつかねえか」 「は・・・・・・?」 寝不足のぼんやりした頭で現状を把握しようとしたが、すでに休暇モードに入っていたので無理だった。 「・・・・・・とりあえず、寝ます」 「どうぞ。客間にベッドの用意があるけど、主の寝室に?それなら先にシャワー使って。お湯も張る?」 「は・・・・・・いいえ。シャワーだけ使います」 混乱した頭のままで湯を使って出てくると、そこにはきちんと畳まれた新しい着替えが用意されており、大和はもそもそと袖を通して地下へ降りた。 「・・・・・・ちゃんといますね」 地下の寝室では、広いベッドでダンテが死んだように寝ていた。 さっきのは誰なんだと首を傾げつつ、大和は義肢を外して、あくびを我慢せずにダンテの隣にもぐりこんだ。 十分に睡眠をとって大和が目を覚ますと、隣ではまだダンテが寝ていた。あまり時間がたっていないのかと思って時計を確認すると、間もなく十六時になるところだった。 (ああ、夏は日が長いから・・・・・・) 空調の利いた地下室は涼しいが、外はまだ暑そうだ。 大和はそっとベッドを抜け出し、水を求めて一階へ上がった。そして、やっぱりダンテのそっくりさんが、エプロンを付けてキッチンにいた。 「なに?」 「あ・・・・・・えっと、水を一杯」 ダンテのそっくりさんは頷くと、大和をダイニングテーブルの端に座らせ、水のグラスを出した後に、皿にこんもりと載せられた黄色い山とケチャップを追加した。たしかに腹は空いている。 「ええっと、君は?」 ほかほかと湯気が上がっているオムライスをスプーンで崩しながら、大和は立ったままの青年を見上げた。 「主から、この屋敷の管理と、主やあんたの世話を任された」 「ダンテさんが作った・・・・・・作った?ハウスキーパー、という認識でいいかな?」 「うん」 「名前は?」 「ロマーノ」 つっけんどんというか、感情の起伏がないというか、ダンテの見た目なのに愛想がないので、どうも調子が狂うと大和は首を傾げた。 (塩対応してくれるダンテさんだと思えば、嬉しいような・・・・・・?) 初めてロマーノの平坦な声を聞いたとき、花火大会の日に夜勤になってしまい、そばにいられなかったから拗ねられたのかと思ったが、そもそも別人だったとわかって安堵する。 「ごちそうさまでした。美味しかったですよ」 小腹を満たした大和が、水に替わって麦茶を注がれたグラスを持って立ち上がると、ロマーノは無言で皿を片付けて洗い始めた。 (意外と威圧感がある・・・・・・) へらへらぽやんぽやんした笑顔を見慣れているせいか、同じ姿形でもずいぶん印象が違うなと、大和は内心で肩をすくめた。疲れが取れてすっきりした頭でなら、すぐに別人だとわかる。 開放的なリビングに移り、せっかくなので庭を眺めようとレースのカーテンを引いて、大和は自分の目が何を見ているのか理解できなかった。 「は・・・・・・?」 それは、ガラス窓越しに大和を認識した方も同じであったらしく、ぴたっと動きを止めた後、持っていたホースや抜いた雑草を放り出し、一斉に花壇の方へ逃げていった。 「な、なっ・・・・・・!」 緑色の髪をわさわさ揺らしながら、ぴゅーと走って行くクリーム色の物体たちは、本体がだいたい大和の手の平くらいの大きさで、その頭から生えた青紫色の花がビヨンビヨンと揺れていた。そして、もぞもぞと花壇の土の中へ埋まっていく。 「な、なんですか、なんですか、あれはーーーっ!?ダンテさん!?ちょっと、ダンテさん!!なんですか、あの変な生き物はーーーッ!?」 大和が見た変な生き物の顔は、大和によく似ていて、泣きぼくろまであった。 「ああ、『ゴラまと』さんだよ」 「ご、ら・・・・・・?」 日が暮れて起きだしたダンテが、庭に放り出されたままのホースを使って水をまきながら、大和ににこにこと笑顔を見せる。 「ゴラまとさんたち、出ておいで」 ぼこぼこぼこっと花壇から花が盛り上がり、ぴぃぴぃきゅぅきゅぅと鳴き声をあげながら、頭に草花を生やした謎の生物が、五匹ほどてけてけと走ってくる。よく聞くと、鳴き声は「つんでー」とか「うめてー」とか言っているようだ。 「整列っ!気をつけ、敬礼っ!」 「「「「「ぴっ」」」」」 玉砂利の上でざざっと一列に並んだゴラまとなる生物が、ダンテに向かってぴしっと敬礼した。相変わらず、頭の花がビヨンビヨン揺れている。 「この前サマンサさんが増やしてくれた、もちもちなちっちゃい大和さんが可愛かったからね。庭師としてなんか作れないかなーと思って。石の間から生えてくる、小さい雑草を抜くのが大変なんだよね」 「動機はさておき、そんな謎の生命体を、どうやって作ったんです?」 「マンドラゴラの発生と同じだよ。この前、首絞め窒息プレイしたでしょ?」 「しました。しましたよ?」 「その時の大和さんの精液を、あそこに植わっていた株にちょいちょいと・・・・・・」 「それであんなものができるんですか!?」 「できちゃった」 てへっとダンテは頭をかくが、てへっではない。 「はじめはサマンサさんにマンドラゴラの種を分けてもらおうかと思ったけど、考え直したんだから。本格的に育てて、もしも等身大ゴラまとさんができちゃったら困るでしょ?土から出るたびに、絶対、喘ぎ声すごいもん」 「・・・・・・」 それはそれでヤバいブツが出来上がって困るなと、大和は頭に花を咲かせて喘ぎまくる全裸の自分を想像した。 「・・・・・・いえ、僕がその格好をするのはアリ寄りのアリでは?」 「なにを想像しているの?」 アナルに花を生ける花瓶プレイとは、また違った趣があると、大和は思う。 「抵抗できないように拘束されて花びらをむしられるとか、茎を握られて後ろからガンガン攻められるとか・・・・・・なかなかいいですね」 大和は上気した頬に手を当てて、ほぅと熱のこもったため息をつくが、ダンテは目を据わらせて呆れている。 「だから、なにを想像しているの。生えないからね?大和さんの頭には」 「ダメですか?」 「生きたままは無理だよ」 「残念です」 死体になってなら可能、では、さすがに大和もあきらめざるを得ない。それに、ダンテが内心で「サマンサさんなら生やせそうだな。でも言わないでおこう」などと思っていたとしても気付けなかった。 ダンテがホースから勢いよく水を撒くと、ゴラまとたちが我先に水流に当たりに行って吹き飛ばされている。けっこう痛そうなのだが、彼らは楽しんでいるようだ。 「そういえば、ロマーノくんはどうやって?」 「あいつは、そこのマグニョーリャの枝に、俺の血をちょびっと擦り付けて、眷属にした」 つまり、ロマーノは木蓮の精みたいなものらしい。なんとも幻想的だ。 「昼間動き回れて、家事全般やってくれるから頼りにしているけど、愛想はないでしょ」 「そうですね。でも、ダンテさんに軽くあしらわれているみたいで僕は好みです」 「そうきたか」 「でも、ひとつだけ不満があります」 「なに?」 慌てたように大和を見返してくるダンテに、大和はツンと視線をそらせた。 「ダンテさんを『主』と呼ぶことです。眷属という事ですし、従者とか使用人としての扱いですから、仕方がないとは思いますけど。僕はダンテさんの眷属にはしてもらえないんですから。それでも、ダンテさんは、僕だけの『ご主人さま』ですよ」 それとこれとは違うと、大和も頭ではわかっているのだが、我儘な感情部分で独占欲が文句を言う。 「あ・・・・・・ふ、ふふっ、ふっふっ・・・・・・そうだね。ごめんね、大和さん。他の呼び方に変えさせるよ」 笑いをこらえきれずに、ふるふると肩を震わせるダンテを、大和はふんと鼻を鳴らして見ないふりをした。言葉にするのは恥ずかしいが、こうやって大和が甘えないと、ダンテは気を使ってばかりで甘えてくれないのだから仕方がない。 ゴラまとたちが水浸しになって、いい加減にクタクタになったので、ダンテは水を止めた。 「戻っていいよ」 「「「「「うまる〜」」」」」 ゴラまとたちは、ごそごそもそもそと花壇の土に埋まっていった。心なしか、土の上に出ている部分がツヤピカしている。 「あっ、いいですね。あらためて見ると、全身で生き埋めにされている感じでゾクゾクします!」 「そう言ってくれると思ったよ」 苦笑しながらダンテは打ち水を終わらせ、家の中に戻ってきた。 「それじゃあ、夕食にしようか。ロマーノは料理も上手なんだ」 「ええ、ダンテさんが起きる前に、オムライスをいただきました。美味しかったですよ」 「それはよかった」 大和所有の家なはずなのに、いつの間にかおかしな住人が増えてしまったようだ。 (まあ、楽しいからいいか) 大和はロマーノの手料理を食べながら、二つ並んだ温度差のあるダンテの顔を眺めて、満足の笑みを浮かべるのだった。 |