死者の葬礼


 その日はまだ日も沈まぬうちから起こされ、イーヴァルは少し不機嫌だった。
 大きな城には大勢の大人たちが集まり、低い声でしゃべっているが、数が多いせいで、ぼそぼそというよりも、ごうごうという雰囲気だった。
 忙しそうに立ち回る大人たちから、気付かれれば丁寧に礼を施されたが、基本的に喪というのは、子供は邪魔になるイベントだ。親に小突かれるようにひきまわされ、挨拶という名の苦行に耐えると、あっちへ行っていなさいと放り出される。だからといって、一人でぶらついていると、どこへ行っていたのだと怒られる。まったくもって理不尽だ。

 祖父が死んだらしい。

 不思議な感覚だ。
 自分たちは不死の一族と言い伝えられているらしく、特に長命だというのは知っていた。「不死者の王」であり、そもそも死んでいるはずなので、寿命という概念がない。滅びるだけだ。
(死んでいるのに生まれるのだから、おかしなものだ)
 吸血鬼ノスフェラトゥは他者を侵して増える。ただし、例外もある。生者との交わりだ。あるいは、そのハーフ同士の交わりにもよる。血は薄まるが、どちらかの性質が強く残る子が生まれることがある。
 通常、そのような雑種は、どちらの種族からも忌み嫌われ、排除される。ところが、イーヴァルの祖父は受け入れた。というより、祖父自身が、そのような忌み子だったのではないかと、イーヴァルは察している。
 そして、祖父のその寛容は、純血雑種を問わず、また種族をも問わず、多くの夜の子たちを領地に住まわせ、保護してきた。
 その祖父が、滅びたという。あちこちから聞こえてくる小声の噂話を総合すると、明け方に庭に降り、朝日を浴びたらしい。
 どうしてそうなったのか、誰も止めなかったのかと、疑問は残る。ただ、それがこの地を治める祖父の意志であり、何人もそれを覆すことはできなかっただろう。
(爵位か・・・・・・)
 祖父が死んだので、父が受け継ぐはずだ。その後は、姉が継ぐのだろう。
(関係のない話だ)
 イーヴァルは祖父に可愛がられていたが、それとこれと話が別だ。そもそもイーヴァルは爵位などという面倒くさいしがらみを受け継ぐつもりはないし、ガツガツした姉には見下されているので、将来は家に関わることすらしないだろう。
 退屈であくびをしながらバルコニーへ出ると、山深い風景が広がり、夜風に乗って泣き女バンシーたちの声が聞こえてきた。彼女たちは城の外縁に集い、墓場に付き添って、喪が明けるまで泣き続ける。それが彼女たちの性質であり、仕事であり、存在意義でもある。
「・・・・・・?」
 泣き女たちの哀れっぽい泣き声に混じって、子供の泣き声が聞こえてきた。それも、どちらかというと、すすり泣きではなく、元気な泣き声だ。
(もしかして、じい様の言っていた子か?)
 祖父が少し前に、また生まれたての忌み子を引き取ったと聞いていた。イーヴァルにもそのうち会わせてやると言っていたが・・・・・・。
 陰鬱に賑わう広間を一瞥し、イーヴァルはバルコニーの手すりを乗り越え、曇りがちな暗い夜空に身を躍らせた。
 ふわりふわりと夜風を受け、城の屋根や壁を蹴りつけて、ようやく土が見えるところまで下りられた。建物が大きすぎるのも善し悪しだ。
「っしょ」
 城の敷地内にある墓地に着地し、影の薄い女たちが集うあたりは目視できたが、その手前でぎゃん泣きしている幼児がいた。普通の子供の泣き方で、こんな泣き方では、泣き女たちの邪魔になるだろう。
「おい」
「ぎゃあああああんっ、わああああああんっ」
「・・・・・・おい」
「ふえっ・・・・・・えっぐ、ぅひゃああんっ」
 幼児の頭をつかんでひょいと押しただけで、幼児はコロンと仰向けにひっくり返った。
「・・・・・・・・・・・・」
 びっくりした顔で見上げてくる幼児は、涙も引っ込んだのか、ぴたっと泣き止んだ。イーヴァルはしゃがみ込み、幼児に顔を近づけた。
「お前、じい様の言っていた忌み子だな?泣き女と人間の・・・・・・」
 言われたことが分からなかったのか、幼児はきょとんとして、もそもそと起き上がった。泣き女の質素な服をひきずっているが、丸っこい体つきなのがわかる。
「おにいちゃん、だあれ?」
「イーヴァルだ」
 イーヴァルが名乗ったとたん、幼児がぱっと明るい笑顔になる。普通の泣き女は、こうはならない。泣いている最中は、何があっても泣いているのだ。
「いーばるぼっちゃんっ!こ、こんばんわなの!あのね、おーだんなさまがね、なかよくしなさいって、いってたの」
「そうか」
「・・・・・・すんっ、でもね・・・・・・でも、ねっ・・・・・・うっ・・・・・・」
「ああ、わかった。わかったから、もう泣かなくていい」
 あの大音量でまた泣かれたらかなわない。大きな金色の目に、いっぱいの涙を浮かべた幼児を、イーヴァルは少し気を使って抱き上げた。自分より幼い者と接する機会が、いままであまりなかったので、柔らかな肉を傷つけないようにする加減がわからない。
「お前、名前は?なんていうんだ?」
「いぐなーつ」
「・・・・・・男か」
「うんっ」
 元気良くうなずいた幼児は、しっかりとイーヴァルに抱き着いて離れない。さらさらの銀髪が頬に当たって、少しくすぐったい。
 泣き女は、女しか存在しない。それなのに、イグナーツは男として生まれた。
(二重の忌みか。業の深いことだ)
 どういった経緯でイグナーツが生まれたのかはさておき、イグナーツがイーヴァルの元で生きることは、祖父の公認があり、イーヴァルにも責任が発生している。
「これからは、じい様の代わりに、俺が面倒を見てやる。だから、俺の言うことをよく聞けよ?」
「うん、わかった」
 イグナーツは素直に頷き、泣き疲れたのか、イーヴァルの腕の中でスヤスヤと寝息を立て始めるのだった。