仮装の街


 昼間の雨でわずかな残暑も掃われ、ひんやりとした空気の中に佇む、昔ながらの街並みが残る街。道路の整備や新しい建物も、景観を損なわないよう配慮され、古風な煉瓦の建物などが、まるでお伽噺の中に迷い込んだような気分にさせられる。
「ここ、トランクィッスルの街は、昔から多くの怪物が住んでいる、という、実にファンタスティックな伝説が残っています!」
 明るい声のレポーターが、テレビカメラを前に笑顔を振りまいている。
「毎年ハロウィンには、街の伝説にのっとって、盛大なパーティーが行われています。今年もすでに、あちこちで準備が始まっているようです」
 秋が深まれば、すぐに冷え込んでくるこの地方では、二週間後のハロウィンにもなると、もうコートが必要になる。急速に季節が移り替わるこの時期は、新学期が落ち着いてくるタイミングもあって、新しい友人たちと歩く学生たちの姿も多い。ハロウィンの仮装やイベントの出し物について話し合う声も、ハロウィンの飾りが付き始めた街路にちらほらと聞こえてくる。
「ねえ、君たち。ちょっといいかな?」
 ショーウィンドウの前で、飾りを見ながら身振り手振りで話し合っていた学生たちが振り向く。彼らが小粋に着崩している制服は、トランクィッスルにある、大きな一貫性の学校のものだ。生徒の育成を幅広く支援しており、若くして手に職を付ける者もいれば、高官になる優秀な者も多いと聞く。
「なぁに?」
「TV?いえーぃっ!」
 取材クルーを見て明るく答える少年たちに、レポーターはトランクィッスルのハロウィンについて尋ねた。
「仮装!?・・・・・・はははっ、そうだね」
「パレードなんてあったか?」
「商店街であったよ。子供だけのね」
 少年たちの反応では、噂に聞いていたほど盛大ではなさそうで、レポーターは少々戸惑ったようだ。
「君たちは、学校とかでイベントはやらないの?そう、仮装してダンスパーティーとか」
「やりたい奴はやるんじゃないかな。そういうチラシも貼ってあったし」
「俺たちの学校って、大きすぎて・・・・・・あー、ハロウィンは、有志だけ」
「そうそう。ハロウィン休暇で実家に帰るやつも多いしな」
「君たちは?いまショーウィンドウ見て、何か話していたでしょう?」
 ショーウィンドウの中には、ハロウィンの装飾の元で、山のようにお菓子が飾られている。少年たちは顔を見合わせ、あっさりと答えた。
「幼年クラスのボランティアだよ。飾りつけとか、参考にしようと思って」
「・・・・・・すいません、なんか期待外れだった?」
「ええっと、そんなことはないよ・・・・・・」
 明らかにそんなことはなくない態度のレポーターたちの腕や胸元に、少年たちの視線が走り、互いに目配せあったのは、ほんの一瞬のことだった。
「遠い所から、わざわざこの街まで来たんだ」
「うん。トランクィッスルのハロウィンは、盛大だって聞いてきたから。なんでも、街を上げて仮装するって・・・・・・」
「ああ。ハロウィンの仮装が見たいなら、僕たちよりも『仮装』している人を紹介してあげるよ?」
 少年たちの申し出に、TVクルーたちはほっとしたような表情を浮かべて、案内を依頼した。だが少年たちは、そこからすぐ通りの反対側へ手を振って声をかけただけだった。
 通りを渡ってきたのは、少年たちと同じ制服を着た青年たちで、先輩だという。
「はあ?ハロウィンの仮装を見に来たぁ?」
 青と金のオッドアイをした黒髪の青年が、まじまじとTVクルーを眺めまわす。精悍な顔立ちが、やや胡散臭そうに歪んだのを、レポーターは見逃さなかった。
「トランクィッスルは、たくさんの怪物が住んでいるって、他のところでは昔から知られているのよ?ハロウィンも街中でお祝いするんだって聞いたわ」
「ああ、そういうことか」
 青年たちの視線も、やはり素早くTVクルーの腕や胸元に走る。そこには、全国TVキー局の社員証と、ホルトゥス州以外の人間であると示す、州発行の通行証があった。
「そんなに怪物が見たいのなら、今夜貴女の夢にお邪魔させてもらうよ?」
 黒髪の青年の隣で悪戯っぽく微笑んだのは、夜明け前の空色をした青年で、ややタレ気味な大きな目のそばに泣きぼくろがあった。
「貴女のように美しい人からお誘いを頂けるなんて光栄だ。至上の悦楽と、天国のような夢をお約束しましょう。さぞ甘くて素晴らしい・・・・・・」
「あーぜるー」
 レポーターの両手をとって、その目をじっと見つめているタレ目は、常人にない光が宿っており、それを黒髪の青年が肘でつついて止めさせた。
「なんだよレル。邪魔すんな」
「ここで呆けられても困る」
 レルシュは頬を染めて固まっていたレポーターの目の前で手を振り、正気に戻してやった。
「あんたももうちょっと、危機感とか、警戒心を持てよ」
「え、ええ・・・・・・」
夢魔インキュバスに精魂吸い取られたら、一気に老けちまうぞ」
人狼ワーウルフと違って、俺たちは肉喰ってれば生きられるわけじゃないんでね」
 夢魔呼ばわりされたアゼルは、唇を尖らせてぶうたれた。
「・・・・・・あ、あは。えぇっと、こっちの彼は夢魔で、君は狼男なのね?羽や尻尾は、これから作るの?」
 まだ理解が追い付いていないレポーターに、レルシュはうんざりと言い放った。
「今すぐ月夜にしてくれれば、いくらでも見せてやるよ」
 お前ら変なことに俺たちを巻き込むなと、後輩たちを厳しい言葉で戒めると、レルシュはさらに大きなため息をついた。
「ナッツ、なにやってんだ」
「んー?」
 生返事をした青年を見て、アゼルが馬鹿笑いを始めた。
「ぶはははっ、なにやってんの!」
「どこで気が付くかなぁって」
 TVカメラの前に、淡い青銀色の髪の青年が立ち、ぐいぐいと顔を近づけていた。
「ちょっと!カメラ!!」
「?・・・・・・えっ!?ぅわっ!?」
 レポーターの悲鳴で、カメラマンは突然現れたように見えた人影に跳び上がった。
「全然気付かれなかった・・・・・・」
「ぎゃははははは!!ナッツ、影うっすー!!」
「アップしすぎると鼻毛が映るぞ」
「えー。レル酷いこと言うなよ」
 鼻をさする、眼鏡をかけた淡い髪色の青年など、つい先ほどまではいなかった。否、少なくとも、カメラマンには見えていなかった。レンズ越しに、彼はずっとレポーターと学生たちを見ていたはずで、カメラに顔を近づけている人間など見えなかった。
「仮装している人なんて、トランクィッスルにはたくさんいるよ?」
「州が許可したからってハロウィンまでいるのは勝手だけど、病院の世話になるなよ?はしゃぐ連中も多いんだからさ」
 このホブゴブリンどもが、と後輩たちの頭をつかんでぐしゃぐしゃかき回すレルシュに、少年たちは勘弁してくださいという言葉とは裏腹に、きゃいきゃいと嬉しそうだ。
「・・・・・・アゼル?」
「ああ、二人とも先に帰っててくれ」
 歩き出して振り向いたイグナーツに、再びレポーターの手をつかんだアゼルは、片手でスマートフォンを操りながらニヤリと微笑んだ。
「女友達、呼ぶわ」
「あー・・・・・・」
「・・・・・・ほどほどにな」
 苦笑いを浮かべるイグナーツとレルシュは、集音マイクやカメラを構えた男たちに同情しつつ、その場を後にした。

 花火が上がる空には蝙蝠の影が飛び回り、飲食店の換気扇からは虹色の煙が流れ出す。ジャックランタンの笑い声に合わせて火影が揺らめけば、街灯の青白い炎もうきうきと踊る。石畳を歩く革靴の音は蹄の音に変わり、道路は屋根を繋いで縦横無尽。トランクィッルスのハロウィンは、確かに盛大に見える。
 なにしろ、多くの者が、昼日中から『仮装』を解いた姿 ・・ ・・・・・で出歩きまわるものだから。


 後日、誤ってホルトゥス州の山中に迷い込んだとみられるTVクルーたちが、衰弱した状態で発見され、トランクィッスルの病院で治療を受けた後、州外へ送り届けられた。
 彼らが取材したと思われる、トランクィッスルのハロウィンの様子を映した映像は、「ごく普通」の賑やかなハロウィンの風景だった。幽霊のように姿が透けた青年や、路線バスよりも速く走る青年、羽と角を生やした淫らな格好の娘たちも映っていない。生中継されたはずのTV番組も、滞りなく放送されていた。
 そのことを彼らが知るのは、所属するTV局に戻ってからで、自分たちのあやふやな記憶に、しばし戸惑うのだった。