ジョークグッズ
ラウルが訪ねた時、ちょうど城ではメイドたちが倉庫整理をしていたらしく、屋敷のあちこちに絵画や家具などが出されていた。虫干しと模様替えも兼ねているのだろう。 「これは・・・・・・」 ラウルが立ち止まった一幅の絵画は、先代伯爵の家族を描いたもののようだ。メイドたちの邪魔になることはわかっていたが、物珍しさにラウルはその場にしゃがみこんで、スタンドに立てかけられた絵をまじまじと眺めた。 背景は白い暖炉と飴色の柱がある室内だが、この城の中には似たような内装の部屋がいくつもあるので、ラウルにはここだと見当をつけることができない。 まず、ソファに座った金髪の女性は、ファウスタだろう。おくるみを抱いていることから、出産して間もないようだ。そのそばに立っているのが、ヴェスパーだ。いまと容姿があまり変わらないので、すぐにわかる。 その視線を辿たどった先、大きなひじ掛け椅子に座った、がっしりとした体格の灰色の髪の老人は、先代の伯爵だろう。ラウルは前世でも面識がないが、たしかにヴェスパーが年を取ったらこんな感じになるかなと想像ができた。 ラウルの視線が釘付けになったのは、先代伯爵が座った椅子の足元。毛足の長い絨毯の上にちょこんと座り、おおきな本を開いている少女だ。絵の中のヴェスパーも、自分の父親ではなく、この少女を見ているようだ。 (これは、エルヴィーラか!) 黒髪をハーフアップにして、リボンやレースがふんだんに使われたドレスを着ている。ぷくぷくした頬は僅かに桃色がかり、大きな目は本に向けられたまま。この頃から勉強熱心だったのかもしれない。 「わあぁ、可愛いなぁ!こぉんなにちっちゃくて可愛い女の子が、あんな風になるのか・・・・・・」 「あんなとはなによ」 「ヒエッ」 頭上から降ってきた声に、ラウルは背筋を震わせて首をすくめた。 「や、やあ、エルヴィーラ。ごきげんよう。・・・・・・いつの間にそこにいたんだ」 「ふん」 侍女のエリサを従えたエルヴィーラが、胸を張ってラウルを見下ろしていた。今日もその美貌に陰りはなく、態度の大きさもいつも通りだ。 「わたくしにだって、幼少の頃というものはあるわ」 「もしかして、小さい頃から気がつよ・・・・・・えぇっと、物事をはっきりと言うタイプだったのかな?」 「まったくオブラートに包めていないわ」 「申し訳ございません」 ラウルは、自分がエルヴィーラに対し、割とぞんざいで遠慮のない事を言うのも許されていることを知っているが、本人からもう少し言い様を考えろと言われれば、努力するにやぶさかではない。 「そうね、わたくしだけが幼い姿を見せられるよりも、貴方の幼い姿を見られれば、許して差し上げる」 「いいよ。今度写真持って・・・・・・」 ラウルが言い終わる前に、エルヴィーラがエリサの持っていたバスケットの中から小瓶を取り出し、ラウルの顎をむんずと捕まえた。 「ふぉえ?」 「はい、あーん」 「ごへっ!?」 口の中に流し込まれた液体を、ラウルはむせながら飲み込んだ。 「げへっ、ごほっ・・・・・・なにするんだ!」 「・・・・・・あら?」 「これは・・・・・・」 エルヴィーラが目を瞠り、その後ろではエリサが狼狽する。ラウルはいきなり正体不明なものを飲まされたことに抗議するべく立ち上がり、両腕を振るって・・・・・・ぶらんぶらんと揺れる袖に、あんぐりと口を開き、全然高くならない視界と、なにか下半身がスースーすることに悲鳴を上げた。 「ぎゃーーー!!俺が小さくなってるぅぅ!!」 ズボンとパンツはまとめて足元にわだかまり、サスペンダーもずり落ちてしまって意味がない。ジャケットもベストも肩から脱げてしまい、Yシャツが長いおかげで見えないが、また淑女の前でフルチンを晒すのは勘弁したい。 「これ誰よ?不良品かしら?」 「でも、一応ラウルさまのようですが・・・・・・」 彼女たちは空になった小瓶を手に首をかしげているが、ラウルはそれどころではない。 「どーすんだよ!これからヴェスパーの所に行くのに!!」 「なんですって!?・・・・・・それはマズいわ!」 エルヴィーラはひょいとラウルを抱き上げ、ラウルが悲鳴を上げる前に、あっという間に自室へと運び込んでしまった。ラウルが落としてきた靴やジャケットやパンツの類は、エリサが素早く回収してついてきたようだ。 それにしても、ノーパンは落ち着かない。 「うぅっ・・・・・・恥ずかしい」 「ねえ、貴方ラウルよね?」 「当たり前だろ!」 ラウルはぷんすこと余っている袖を振り回すが、エルヴィーラに示された吸血鬼専用の特殊な姿見に映った自分を見つめて、しばらく言葉が出なかった。 「・・・・・・あぁ、久しぶりだな、この顔見るの」 そこには、さらさらの金髪に、くりんとした赤茶色の目をした、三〜四歳くらいの幼児がいて、栗色の巻き毛に灰色がかった青い目をした青年はいなかった。 「なんていうか・・・・・・馬鹿っぽい間抜けな顔ね」 「失礼な!!現代的な柔和顔って言ってくれ!これが、本来のラウル・アッカーソンの顔だよ」 ラウルはぷにんぷにんになった自分の頬を両手で寄せて、鏡を見て逆に指先で引っ張ってみた。 「うーん、やっぱりダンテじゃない。ラウルの顔だ」 「どういうこと?」 「エルヴィーラ達には見せてなかったな」 トランクィッスルに移住する前にイーヴァルには写真を見せたが、こちらに来てからは必要がなかったのだ。 「人間の両親から人間として生まれた俺は、両親に似ている、こういう顔だったんだ。大人になるにつれて、ダンテの顔になったんだ」 「わたくしたちが知っているのは、お父様と出会った頃の貴方の顔という事?」 「そういうこと」 いまのラウルを子供に戻しても、『ダンテであるラウル』ではなく、『本来のラウル』になってしまうようだ。 「なんだか思っていたのと違うものになったわ」 「不良品ではなく、ラウルさまが特異だっただけでしたね」 「で、これいつ戻るの?」 ややぽっちゃりとした頬をさらに膨らませるラウルに、エルヴィーラは小さく肩をすくめた。 「知らないわ」 「おいっ!」 「えぇと、玩具ですから・・・・・・三十分ほどで戻るそうですよ」 エリサが慌てて取扱説明書を確認するが、ラウルは絶望的だと頭を抱えた。 「三十分!?絶対にヴェスパーに気付かれるぞ」 「ごちゃごちゃうるさいわね。なんとか誤魔化すわよ」 「〜〜〜〜〜っ、が、がんばってくれ・・・・・・!」 エルヴィーラにすら「ひょい」と抱えられてしまったラウルであるから、ヴェスパーにだって「ひょい」と抱えられて連れて行かれる可能性が高い。エルヴィーラは怒られるだろうし、ラウルは何をされるかわかったものではない。 三十分程度では新しい服を用意するほどでもなく、ラウルはエリサに手伝ってもらいながら、なんとかパンツとズボンに足を通した。いまはぶかぶかでも、戻ればぴったりになる。 「玩具って言ってたけど、あれはなんなんだ?」 ずり落ちないようにズボンを持ったまま、ラウルはエリサに椅子に座らせてもらった。足が床につかず、中身のないズボンが垂れ下がっているが仕方がない。 「玩具企業が開発した新商品です。一時的に子供の体格に戻ることで、子供サイズの遊具を使い、子供たちと童心にかえった遊びができるというような・・・・・・」 「な、なるほど?」 外見が子供に戻るだけで、中身は体力含めて変わらないので、加害目的に使おうとしても、弱体化にも強化にもならず、服は変化しないという不便さと微妙な効果時間のため、『優れて安全』なものらしい。投資家で出資者であるエルヴィーラには、ときどきこういう新商品や試供品がまわってくるそうだ。 「これさぁ、姿を変えているスパイとかを暴くのに良さそうだよな?」 以前、シェイプシフターに姿を真似されたラウルは、そう呟く。玩具なら、「真実をさらけ出す」とか「相手を害する」という、攻撃的な意図を感じさせることが少ない。上手くカモフラージュすれば、非常に強力なアイテムになるだろう。逆に、こちらが仕立てた影武者を暴かれるという危険も出てくる。 まだラウルで試しただけなので例は少ないが、これからいくつか実験を重ねて、実用化と対策を探るべきだろう。 「たしかに・・・・・・いい所に目を付けたわね」 赤味が強い紫の目を力強くきらめかせたエルヴィーラに、ラウルはにやりと幼い口元を歪めてみせた。知らない唇が、知っている形に動くのを見て、エルヴィーラの片眉がわずかに動く。 「・・・・・・ヴェスパーが喜びそうなネタだよな?」 「・・・・・・・・・・・・」 これで言い訳ができた。 エルヴィーラはにんまりと吊り上がった口角を扇で隠し、父親にラウルと共に参上する旨を、エリサに伝えさせるのだった。 |