愛しのファンタジスタ


 ユーイン・エインズレイは浮かれていた。
 それはもう、地に足が着いていないのが丸わかりなほど・・・・・・実際に地面から浮き気味に、トランクィッスルの町はずれを、丘に向かって歩いていく。目指すはトランクィッスル教会。ユーインが思いを寄せてやまない、アルビノの神父がいる、聖域にして、異端の家。
「クロム〜〜!!おっはよ〜〜〜!!」
 ハートと花が幻視されそうな笑顔で、元気よく教会の扉をたたく。もちろん、扉を開けてくれた、褐色肌に金髪碧眼をした美少年の、うんざりした顔が見上げてくるが、ユーインには見えていない。
 普段のカソックとは違う、外出用の私服に、腰丈の白いケープを羽織ったクロムが、小さなクラッチバッグを手にいそいそと奥から出てきた。
「おはようございます、ユーイン。今日はよろしくお願いしますね」
 ああ、慈愛に溢れた優しい笑顔。今日もクロムは綺麗だな。そんな称賛と共にクロムに抱き着こうとすれば、認めたくはないが天罰と言える電撃が降ってくる・・・・・・のだが。
「ユーイン?どうしました?」
 両腕を広げたままのユーインが、笑顔を凍りつかせて言葉を失っている。早起きしてセットした赤い癖毛も、キラッと光りそうなほど真っ白に磨いた歯も、現金の威力には跳ね返される。
「ク、クロム・・・・・・?なんだかクロムから普通の人みたいな気配しかしないんだけど、とりあえず、そのケープは?」
「あっ、これですか?サンダルフォン先生から頂いたんですよ。『封聖のケープ』と言って、これがあれば俺でもトランクィッスルの町を歩けそうなんです!」
 すごいですよね、と両手にこぶしを握ったクロムは、無邪気に両腕を広げて、その場で楚々と回ってみせる。純白の生地に蒼い魔宝石を配し、朝焼けの黄金と虚無の漆黒で染めたかのような糸で縫い取られた封呪の文様、それだけで百万ユーロを下らない価値があるとユーインは見て取った。
(まてよ・・・・・・よく見たら、この生地、表はリゴスラ山羊で、裏地はハビニア蚕の絹か?しかも、びっちり刺繍してあるんじゃないか?まさか、この刺繍糸、一本ずつ魔力込められて・・・・・・嘘だろ!?一体誰が作ったんだ?いくらするんだ!?百万二百万なんて桁じゃない!!え、これで駄々洩れなクロムの聖性を、パーフェクトに抑えられるってこと?嘘だろ?そんなバカげたスペックの拘束衣が存在するなんて、いままで聞いたことないぞ・・・・・・ッ!!!)
 魔術師として持っている知識を総動員した鑑定の結果、ユーインの頭の中には、札束が飛び交い、「プライスレス!!」という装飾された大文字が躍る。交差するスポットライトが紙吹雪を照らし、これでもかと鳴るクラッカーとファンファーレが喧しい。
「ユーイン?大丈夫ですか?」
「ハ、ハハ・・・・・・すごいな。これは、神器だ・・・・・・」
 いくら金を積んでも手に入れられる気がしない、とユーインは膝から崩れ落ちた。完全に負けたが、これはどうしようもない。
 デートの出鼻をくじかれてユーインのテンションはやや下がったが、トランクィッスルで生活するならば、クロムには必需品と言っていいだろう。もしかしたら、長い時間をかけて開発されてきたものが、最近出来上がったのかもしれない。
「うんうん、すごい装備だ。それに、デザインもお洒落で、クロムによく似合ってるよ」
「そ、そんな・・・・・・ありがとうございます」
 白い頬を赤く染めて、クロムは控えめな照れ笑いを浮かべる。そんなクロムも可愛いなと、ユーインは顔面がだらしなくなりかけるが、すんでのところで本来の目的を思い出した。
「んんっ、それじゃあ、出掛けようか」
「はい」
 今日、ユーインとクロムは、ホルトゥス州の外―――人間たちの町へと、遊びに行くことになっていた。

 電車を乗り継ぎ一時間ほどで、ユーインとクロムはホルトゥス州に隣接するバーズ市の中心街へとやってきた。ここまでくると、住人のほとんどは人間だ。というより、トランクィッスルを出ると、ほぼ人間しかいない。それだけ、住み分けがはっきりしているといっていい。
「ここまで来れば、ケープも必要ないですね」
 電車の中には、まだ人間に化けた異形がいるので遠慮したが、暖房の効いた商業施設に入って、クロムはケープを脱いだ。その瞬間に、ふわりとした風圧すら感じるほどの聖性が、クロムから迸る。
(やっぱりすごいな)
 封聖のケープの威力もさることながら、クロムの聖性の強さに、ユーインはあらためて感嘆した。トランクィッスルに赴任した当時は、ここまでではなかったらしいので、クロムの精進が著しいのもあるが、やはり環境のせいもあるのだろう。
「あの・・・・・・」
「え?なぁに?」
 しみじみとクロムを眺めていたことに気が付いてユーインは慌てたが、クロムはもじもじと言いにくそうに視線を下げた。
「本当に、ここで良かったんですか?俺のわがままですけど・・・・・・」
 クロムが恥ずかしがったのは、今日シアターで観る映画が、児童書が原作のファンタジーだからだ。あたりには子連れが多いが、ファンらしい大人も多い。ユーインは大丈夫だと笑った。
「クロムと一緒に観られるなんて、最高だよ。俺は、ここがいいんだ」
「そう言っていただけると・・・・・・嬉しいです」
 はにかんだ微笑を浮かべるクロムに、ユーインの頭の中は「やったー!嬉しいって!クロムが俺と一緒だと嬉しいって!」と、若干拡大解釈気味に祝賀をあげる。正直、映画の内容はどうでもいいのだ。ただ、クロムといられれば。
 そんなユーインの都合をさらっとスルーしつつ、クロムは久しぶりの映画館に胸を躍らせて、ポップコーンや炭酸ジュースを買いに行っている。パンフレットも買い込んでいるので、よほどこの映画を楽しみにしていたのだろう。
 両手に荷物がいっぱいになったクロムを助けて、ユーインはせいぜい紳士的に振る舞うことにした。なにしろ、いつもの調子で電撃を喰らうには、ここは人間の目が多すぎる。ユーインだけならまだしも、クロムを好奇の視線にさらすのは、絶対に嫌だった。

「はぁ〜っ、面白かったです!」
「そうだね」
 劇場から息が白くなる寒空の下に出ても、子供の様に頬を赤らめて興奮しているクロムに、ユーインもうんうんと頷く。映画の内容なんて話を合わせられる程度にしか記憶していないが、それよりもストーリーに合わせて泣いたり笑ったり力が入ったりするクロムをそばで感じられる方が重要だった。
 しかし、ユーインはふと首を傾げた。物語は子供向けに面白おかしく、マイルドな表現にはなっているものの、登場する人外や美術セットは、トランクィッスルに住んでいれば、割と見慣れた風景でもあるのだ。
 大釜をかき回す魔女、跋扈するドラゴン、杖を振るう魔法使い、矮小な小鬼や美しい精霊、不思議なアイテムに大屋敷のからくり、人間を嫌う獣人が食べるワイルドな料理、月夜に飛び交う蝙蝠、災いをもたらす古の呪文、うっそうとした森に咲く秘密の花・・・・・・そういったものは、すべてホルトゥス州にあり、なんなら大半はトランクィッスルの町で見ることができる。
「クロムって、ああいうものが好きなんだね」
「はい、大好きです!夢があっていいですよね」
「夢・・・・・・?」
 ユーインはさらに首を傾げたが、クロムが外套として纏ったケープを見て気が付いた。いくらトランクィッスルの日常がファンタジーな風景だとしても、クロムにはじっくり見ることができないのだ。
「そうか・・・・・・」
「ユーイン?」
 クロムは人間で、ただの人間ではない。トランクィッスルに住まう異形達にとっては、一種の脅威ともいえるのだ。
「ずっと我慢していたんだな」
「?・・・・・・はい?」
 いくら町に行きたくても、まわりの迷惑や、あるいは自分に向けられる敵意を考えて、どうしても必要な場合でない限り、ラダファムに使いをしてもらって、クロム自身は教会の敷地から出なかった・・・・・・いや、出られなかったのだ。
「ユーイン?」
 人の流れの中で立ち止まってしまったユーインを、クロムは困惑した面持ちで見上げてくる。
 ユーインにとっては普通の風景が、クロムには見ることができなかった。大好きな風景のそばにいたのに、クロムはそれらからずっと拒絶され、そして自重してきたのだ。ユーインは、自分が心から愛し、誰よりも好きな人が、健気で、不憫で、たまらなかった。
「クロム・・・・・・」
「ユ・・・・・・!」
 ユーインは白いケープに包まれた肩を抱きしめ、盛大な電撃音を発生させた。
「ふぎッ・・・・・・っっ!」
「ユーイン!?大丈夫ですか?」
 青い火花とバチバチィッというすごい音がしたので、まわりの通行人も二人に注目しているが、それでも普段の落雷並みの電撃よりはだいぶ大人しい。
「だ、だいじょ、ぶ・・・・・・!せ、静電気だよ!」
「静電気?」
「あは、あははは・・・・・・」
 その辺の人間に、スタンガンじゃないだろうな、などと疑われるのは面倒である。セットした髪が若干チリチリしたユーインであったが、無理やり静電気で押し通した。
(落ち着け。俺は紳士なユーイン・エインズレイだ。スマートに、スマートに)
 ユーインは理性を総動員して、自分の暴走しがちな気持ちを抑える。公衆の面前で、クロムに恥をかかせるわけにはいかない。
「えっと、どこかでお茶しようか。休憩しよう」
「はい」
 ユーインにエスコートされて歩きだそうとしたクロムだったが、どんという衝撃につんのめって、ユーインに倒れ掛かった。
「わっ?」
「危ない!」
 ユーインがしっかりと抱き止めたが、クロムは通行人にぶつかられたらしい。人通りのあるところで立ち止まっていたユーインたちも悪いが、たたらを踏ませるほど強くぶつかっておいて謝罪もないとは。
 むっと唇を曲げかけたユーインだったが、ふと考え直してクロムと共に歩き出した。そして、クロムにだけ聞こえるような小さな声で囁く。
「クロム。そのケープなんだけど、それを着てトランクィッスルに出かけるときは、かならず俺かファムたんを護衛につけてね」
「え・・・・・・あ、そうですね」
 いまクロムが肩にかけているケープは、住人達からの拒絶を和らげ、クロムの不自由さにいささかの縛りを設けることができるものだったが、同時に聖性で自衛をしていたクロムを危険にさらしかねないアイテムだ。
(強い聖性がなければ、クロムはただの人間と変わらない。いままでは遠巻きにしていた、その辺にいる人間からさえ攻撃を受けやすくなる)
 瘴気に侵された人間の浄化ができても、真祖吸血鬼を退ける攻撃力があったとしても、それは常に発露しているほどの、強い聖性あってこそ。
「すみません、浮かれていました。たしかに、ユーインの言う通りですね」
 困ったように微笑むクロムに、ユーインは勢い良く首を横に振った。
「俺は、クロムが見たいと思うものを見せてあげたいし、その為ならどこにでもついていくよ。遠慮なんかしないで。クロムに頼ってもらえると、嬉しいんだ」
「はい。・・・・・・ありがとうございます」
 向かってくる団体の歩行者からクロムを護りながら進もうとしたユーインの手を、ひんやりとした柔らかいものが握ってきた。
(ク、クロム・・・・・・!?)
 無意識だったのか、クロムは驚いているユーインを見ていなかったが、ユーインははぐれないように、遠慮がちなクロムの手をしっかりと握り返した。


「・・・・・・なるほど。変わったアイテムもあるんだな」
「感心するのはそこですか、センさん?」
 退魔刀鍛冶師センの工房の応接室で、デレデレとしていたユーインはがっくりと首を落とした。
「当たり前だろう。誰が他人ののろけを聞いて感心するか」
「やっぱりのろけに聞こえますか?そうですよね、これはのろけに分類されてもいい思い出ですよね!」
「・・・・・・・・・・・・」
 まったく懲りない顧客に、センはうんざりと天を仰いだ。ここにオミがいなくてよかった。オミに自分とののろけで対抗されたら、収拾がつかなくなる。
「それじゃあ、依頼の品はいらなくなったのか?」
「そんなことないです!!欲しいです、『天罰避け』!!」
 ユーインがセンに依頼したのは、クロムの神様が下す天罰を避ける道具だ。退魔刀鍛冶師になんてものを依頼するんだとセンは眉間にしわを作ったが、面白がったオミの助力を得て、一応、形になった。
(どう見ても避雷針なんだが・・・・・・)
 見た目は何処にでもありそうなショートワンドだが、オミの加護を付与した先端飾りに、ユーインより先に電撃を誘導させるという・・・・・・まあ、ぶっちゃけ避雷針だ。
「ありがとうございます!これで心置きなくクロムを押し倒せる!!」
「お前さんはそれを持ってベッドに入るつもりか」
 不埒なことを叫ぶユーインだが、その邪な欲望を必ずしも成就させるものではないとセンは説明したが・・・・・・たぶん、ユーインは聞いてはいまい。
(大丈夫かなぁ・・・・・・まあ、いいか)
 センとて、馬に蹴られたくはない。
「クロムがね、やっと敬語をやめて、俺にタメ口をしてくれるようになったんですよ!」
 そんなことを無邪気に報告してくる青年を、センは「そうか、よかったな」と言って送り出す以外に、大人の対応を知らなかった。