異国の鍛冶師


 トランクィッスルは、ど田舎のホルトゥス州で唯一、他州と交通機関が結ばれた町である。列車も高速道路も、ホルトゥス州ではトランクィッスルが終点だ。
 そのトランクィッスル駅の前で、一人の男が所在なさげにベンチに腰かけている。旅行用のキャリーバッグを傍らに、細長い包みを抱えたその男は、雑踏の中でポツンと浮いて目立つ。旅人が珍しいからではない。周囲の人間が、その男を大きく避けて歩いているからだ。
「うっわ、なにあれ?」
「またすげーのが来たな」
 アゼルとレルシュは笑顔を引きつらせ、あまりの恐怖にレルシュの背中に張り付いたイグナーツは、しかし恐々と男を観察している。
「州の通行証を持ってる。・・・・・・どういうこと?」
「大事なお客さんってことだろうな」
 レルシュが渋い表情で首を振った時、雑踏から飛び出すように、亜麻色の髪の男がベンチに駆け寄った。
「あぁッ!?」
「どうした、アゼル?」
「知り合い?」
 たれ目を見開いて口をパクパクさせたアゼルは、深呼吸で驚きを抑え込むと、かっくりと頷き、慎重に歩き出した。
 人混みから浮いたベンチにアゼルが近づくと、旅行者らしい二人はすぐに気が付き、特に亜麻色の髪の男は笑顔を浮かべた。
「アゼル?大きくなったな!」
「やっぱり!オミさんじゃないですか!」
 オミは通行許可証を首からかけておらず、つまりはホルトゥス州に住む資格がある存在ということだ。アゼル達よりは十歳くらい年上に見え、整った顔立ちはすっきりと爽やかで、俳優だと言っても通用しそうだ。
「ちょうどいい所に。お城に行く手立てを探しているんだけど、アゼルに心当たりはない?昨日までの大雨で、地上の道が崩れちゃっているんだって」
「ああ、それなら・・・・・・」
 アゼルが振り向くと、イグナーツを背中に張り付けて引きずりながら、レルシュが歩み出た。
「お城のお客なら、坊ちゃんに聞いてみろよ」
「ひぃ、わかったよぅ」
 相変わらずレルシュのブレザーをつまんだまま、イグナーツがスマートフォンを操る。
「・・・・・・うん、そう。・・・・・・うん。わかった、代わるね」
 イグナーツがへっぴり腰で差し出したスマートフォンをアゼルが受け取り、それはベンチに座っていた黒髪の旅行者に渡る。
「もしもし?ああ、初めまして。鍛冶師のセンです。ええ、そうです。・・・・・・はい、道が封鎖されていて、連絡手段もなくて・・・・・・。すみません、お手数をおかけします。ありがとうございます」
 短いやり取りだけで用件は済んだらしく、イグナーツのスマートフォンはすぐに持ち主に返ってきた。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、あの・・・・・・どういたしまして」
 怖がっているのを隠し切れないイグナーツに、センという男は困ったように微笑んだ。
「本当に、オミに聞いた通りの町なんだな。悪いな、用が済んだら、すぐに帰るから」
「えっ、帰っちゃうの!?せっかくここまで来たのに!」
 ショックを受けたように驚くオミに、センは額に手を当ててため息をついた。
「あのなぁ、こんな物騒な人間がうろついていたら、住人が困るだろうが」
「物騒なのはセンちゃんが造る刀だけじゃない。ほら、僕が抱き付いても、全然怖いことないでしょう?」
 オミがセンにぎゅうと抱き着いて安全をアピールするが、センが抱えた細長い荷物がガタガタと震えている。
「うっ・・・・・・」
「こわっ!怖いぃ!!」
「オミさんだけです、それを全然怖くないと言い切れるのは」
「そうかなぁ?まあ、僕はもう慣れているからね」
 オミはセンの隣にちょこんと座り、にこにこと笑顔が絶えない。
「おい、アゼル、この人なんなんだ」
「オミさんは俺の同族。ただし、俺みたいな量産夢魔じゃなくて、真性淫魔だけど。俺たちと同じとは思えない、突き抜けたエリートだよ」
 レルシュとイグナーツはぎょっとしてオミを見たが、オミは爽やかな笑顔のまま、うっすらと唇をゆがめただけだ。
「まあ、異端には違いないな。他人を淫乱にする前に、てめぇが一番の淫乱なんだからよ」
「ヒドイ、センちゃん!いくら本当のことだからって、お子様たちにばらさなくったっていいじゃない!」
 オミに抗議されても、センは慣れたようにオミの頭を撫でて静かにさせた。
「で、こっちの人は・・・・・・?」
「僕の恋人で、退魔刀鍛冶師のセンちゃんだよ」
「人間の視点で言えば、一般的に取り憑かれているというが・・・・・・恋人なのは間違いない」
「え、知ってて・・・・・・?」
 愕然としたアゼルの問いに、センはこっくりと頷く。
「オミにその気がないから、ただのエサにはされていない。それなりに、上手くやっているつもりだ」
「・・・・・・はあー。人間にもすげぇ図太いのがいるんだな」
「レル、それ褒めてるの?」
「絶賛したつもりだぜ。よく老けねぇな」
 レルシュの称賛に、オミの見た目とほとんど変わらないような年齢のセンは、ふわりと柔らかく微笑んで応えた。
「オミのおかげで、俺のまわりは平和だ。この仕事をしていると、善いのも悪いのも、見境なく突っ込んでくるんでな」
「仕事って、鍛冶師さん・・・・・・?ヒッ!!」
 イグナーツが伸ばした首を傾げた途端に、細長い包みがガタガタと震え、センは拳で包みを小突く。すると、震えはぴたりと止んだ。
「すまんな。万が一のために、一番鼻っ柱の強いじゃじゃ馬を連れてきたんだが、失敗だったかもしれん」
「は、はひ・・・・・・」
「それ、本物のカタナなのか?かっこいいな!」
 イグナーツは気絶しそうなのに、レルシュは怖さ半分、興味半分で目を輝かせる。
「そういえば、なんでお城に?」
 アゼルの問いに、センは少し困ったように口ごもり、短く答えた。
「さあな。ただ、刀を見に来てくれと言われただけだ」
 顧客からの情報を漏らすわけにはいかないのだろう。しかし、強力な退魔刀を持参してまで、準備万端にせねばならない要件とは・・・・・・?
「坊ちゃんが、面白くなさそうな顔しそうだな?」
「うん。何も聞いていないみたいだった。お城の宝物とかに、何かあったのかな?」
 ヒソヒソとレルシュとイグナーツが話しているうちに、駅前のターミナルから潮が引くように車両が出ていき、入れ替わるように、ベンチの前に一台の馬車が滑り込んできた。
 立派な黒毛の馬が二頭、これも立派な馬車を引いていたが、全身黒づくめの御者が少し手を焼くほど、落ち着きがない。
 馬車の扉が開き、きちんと三つ揃いを着こんだ初老の男が降りてきて、センとオミに深々と頭を下げた。
「セン様、オミ様、お迎えに上がりました。大変お待たせいたしまして、申し訳ございません」
「すみません、わざわざ・・・・・・」
「いえいえ。お客様がお見えになるというのに、道の掃除もしていなかった我々の無作法を、どうぞお許しくださいませ」
 センとオミが荷物を抱えて馬車に乗り込み、窓から三人に手を振った。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「またね〜」
 アゼル達も手を振って見送ると、二頭立ての馬車は勢いよく走りだし、ロータリーから道路に出る前に、ふっつりと姿を消してしまった。
「ふぁあぁ〜」
「ナッツ、ビビりすぎ」
「だってもう、あれはヤバいでしょ。ヤバすぎ」
 その場にへたり込みそうなイグナーツにレルシュは呆れるが、アゼルは乾いた笑いでイグナーツを擁護した。
「ナッツは半分実体がないから、あんなものに襲われたら、一発で蒸発しちまいそうだ。・・・・・・しかし、そんなのを造る人を恋人にするなんて、さすがオミさんだ。変態極まってら」
「たしかに」
 レルシュとイグナーツは何度もうなずいて、できれば彼らと敵対するようなことが起こりませんようにと、心の中で切に祈った。