荊姫と野バラの騎士 ―6―
スモークチーズやサラミ、フライドポテトを盛った皿を脇に、缶ビールの蓋を開けて、ラウルは自室のPC前で苦笑いを浮かべていた。モニターには、イーヴァルとセンの姿があり、いま流行りのオンライン飲み会の最中である。吸血鬼は鏡やカメラに映りにくいので、こういう事はあまり向かないのだが、三人の家がそれぞれ離れていることや、都合の良い時間が限られるので、これが一番楽なのだ。 『それだけの目に遭っても苦笑いで済ませられるって、だいぶすごいと思うぞ?』 「いやぁ、もう笑うしかないって言うか」 あはは、と乾いた笑い声を出せば、センも同情の眼差しが生温くなる。 『ラウルは寛容とか柔軟とかいうより、鈍いんだ。そうでなければマゾだろう。あの父上とエルヴィーラと仲良くできるなんて、母上以外に見たことがない』 「ひっどいぞ、イーヴァル。俺の苦労をおすそ分けしてやる」 『いらん』 即答したイーヴァルだが、男子禁制の五華の茶会を見てきたラウルの報告は興味深いのか、手元でタブレットにメモをしている様子がある。 『それで、その三輪車の幼女は、やっぱりリステンバルズの王女だったのか?』 「そうらしいよ」 リステンバルズというのは地名で、そこに半ば封じているのがリステンバルズの王女らしい。代替わりのたびに、五華の茶会会場を破壊したような暴挙をするので、被害が大きくなる前に夢魔たちは総出て新しい王女を探して捕まえているのだとか。 「で、やっぱり中身は『色欲』だって。罪源にとっては、端末みたいなものなのかな?ガワは人間だけど、真祖とは違うみたいだ」 今回は、事前にヴァルヴァラに目を付けていたのに茶会を欠席してしまったので、ダーシャを見つけて傀儡にし、彼女伝いに五華の茶会会場へ乱入してきたらしい。ラウルがダーシャの聖性に陰りを感じたのは、罪源の力をみたせいだった。もちろん、リステンバルズの王女は五華の茶会会場に正規入場できる資格が無いので、あの場を破壊しながらの登場となったわけだ。 「あれを追い払ったエルヴィーラもすごいと思ったけど、夢魔たちは捕まえるっていうから恐れ入るよなぁ・・・・・・怪我人どころか死人が出るだろ」 『オミ、お前の姉さんヤバいな?』 『んー、そうなのかなぁ?僕が会った時は、知的で落ち着いた感じだなぁって思ったけど・・・・・・あんまり会うこともないから、よく知らないんだよね』 『ちなみに、会ったのは何年前だ?』 『二百六十年くらい前かな?』 罪源同士は、例え同族でもあまり交流が無いというのは本当らしい。センにぺったりとくっついて画面に割り込んできたオミは、甘い美貌をほころばせるように笑った。 『ルイザが何処にいるのかは、僕も知らないよ。何処にでもいるのが、僕らだからね』 「ここにオミがいるのが奇跡か」 『そうそう。センちゃんと会えたのが奇跡』 ゴロニャンと擬音が付きそうな勢いでセンに抱きついているのをスルーして、ラウルはもうひとつオミに質問をした。 「リステンバルズの王女は、俺を見て『ベルフォートの印』があるって言っていたけど、それは罪源ならみんなわかるのか?」 『んー、わからなくはない、かなぁ?そもそも、真祖って罪源と関係を持たないと生まれないものだし』 『え、そうなのか』 『そうだよぉ』 知らなかったらしいイーヴァルが、眉間にしわを作りながら片眉をあげるという、器用なことをしている。 『ただ、なんとなく関係者かな?って感じるだけ。ラウル、その時なにかしてた?』 「武器を出してた。魔法で出るようになって・・・・・・」 よっ、と気合を入れて槍斧を出現させると、オミが『あー』と声を出した。 『それだね。真祖だからできるんだよ。お坊ちゃんはこういう武器出せないでしょ?』 『できん』 『その武器のどこかに、ベルフォートの印があるはずだよ。どれがそうなのかは、キミらじゃわからないと思う』 「そうか」 青白く光る武器を仕舞って、ラウルはオミに礼を言った。 「ありがとう。知らないことだらけで、助かるよ」 『どういたしまして〜』 『ラウル、今度その武器を直接見せてくれないか?』 興味津々といった体で身を乗り出すセンに、ラウルは気軽に頷いた。 「いいよ。いまのところ、戦斧形態と槍斧形態しかできないけど」 『なんでその形になったんだ?』 「えっと、はじめは茨の柱を切り倒すために、斧をイメージしろってエルヴィーラに言われて。ハルバードは、斧よりもリーチあった方がいいなって思ったら、こうなった。昔、こういう長物が得意な友達がいたんだよ」 真似したんだ、と恥ずかしさに頬を染めながらラウルは白状した。 ラウルの能力は「こうなったらいいな」「こういうものが欲しいな」と願ったものを具現化することに秀でているようだ。蒲御前のサポートに行った時も、「足場があればいいのに」と思ったら、ラウルにだけ見える足場が出現したのだ。ただ、ベルフォートの印がある武器のような、精巧な物を自前で作りだすことは、まだ無理だ。 『罪源の武器は強力だし、使い勝手がいいだろうけど、自分の消耗が激しいと思うから、気を付けるといいよ』 「わかった」 オミの忠告にラウルは素直に頷き、自分の体力のなさをぼやいた。 「魔法を支える体力を増やすって、どうやったらいいんだ?」 『どうやって増やすんだ?普通に筋トレとかランニングでいいのか?』 『あとは食事だな。ビールなんか飲んでないで、血を飲め。血を』 「ふえぇぇぇ・・・・・・」 ジム通い決定・・・・・・と、ラウルはPCの前でぺしょりと潰れる。体力が消耗すれば血を飲みたくなるだろうが、筋トレで血を飲みたくなるような消耗をするかどうかは、また別問題だ。 (あ、そういえば・・・・・・) 五華の茶会会場で、濁流からエルヴィーラを護って気を失った後、回復するまでに血を飲みたくなったかなと首を傾げる。猛烈に消耗して・・・・・・気つけの酒をもらわなかったら、もっと寝ていただろう。 (酒?そんなものエルヴィーラが持っていたかな?) 酒というのはラウルの勘違いで、別のものかもしれない。しかし、酒のようないい香りと苦みの混ざった甘い味がして、意識が戻るほど回復させてくれるもの・・・・・・。 (え、まさか・・・・・・) 少量で強い酒に酔ったようになるものを、ラウルはひとつだけ経験していた。 『どうした、ラウル?』 『顔が赤いぞ。酔ったか?』 「え、と・・・・・・いや、ちょっと、思い出して恥ずかしくなった」 不審そうな顔をするセンとイーヴァルだったが、ラウルはちょっと顔を上げられなかった。これはイーヴァルたちに知られない方がいいだろう。知られたら、ラウルがエルヴィーラに殴られそうだ。 (えー・・・・・・これ、俺は気付いていないふりをした方がいいの?それとも、さりげなくお礼した方がいいの?どっちも不正解っぽくて困るんだけど!?) エルヴィーラに口移しで血気をもらったなんて、手当てしてもらってありがたいけど、その後が怖くてしょうがない。プライドの高い彼女であるから、ラウルに庇われたことを思い出させるのは屈辱だろう。だが、気付かないのも「鈍すぎる」と怒りそうだ。 うーんうーんとラウルが悩んでいるうちに、イーヴァルとセンは『色欲』ルイザの指先であるリステンバルズの王女を、エルヴィーラたちがどうやって退けたのか話が進んでいた。 『たしかに罪源本体ではないとはいえ、よく追い払えたものだ』 『話を聞く限りでは、遠隔操作の人形のようなものらしいが、それでも本人の意思や力が発揮されているだろう?』 『いくら罪源と渡り合うコツを知っているからと言って、相手はオミの姉だからな』 『魔法や精神力だけで防ぎきれるものなのか・・・・・・すごいな』 『え?エルヴィーラお姉ちゃんは処女だよ。だから『色欲』に対抗する純潔が失われてないんだ』 オミを除く三人が、ぶほっと酒を噴きだしたのを責めることはできないだろう。鼻に入った炭酸に悶えるラウルたちを、オミは不思議そうに眺めている。 「う、あぁ・・・・・・」 『なるほど、そういうことか』 『げほっ・・・・・・こ、ここだけの話にしておこう』 「賛成」 考えてみれば、伯爵令嬢の相手を誰がするのかという話になる。しかも、父親があのヴェスパーである。なまなかな男では手出しできまい。本人も、やたらと気が強くて気位が高いことだし。 『でもねー、いくら純潔だからって、罪源の力の方が強いよ?だって本能だもん。だから、エルヴィーラお姉ちゃんの精神力はすごく強いんだよ。いくら条件が揃っていてバフをかけまくって抵抗したからって、ルイザの操り人形を退けたのは大金星だよ』 オミが真顔で褒めるので、ラウルも嬉しくなって頷いた。 「今度エルヴィーラに会ったら、オミが大絶賛していたって伝えておくよ」 『うん。そうしてー』 にぱっと花が咲くような笑顔をするオミは、やはり同性でも理性が揺さぶられる。極限まで力を抑えられているとはいえ、罪源とはこういう存在なのだ。 『しかし、そんな尻尾捲いて逃げても誰も非難しないだろう存在に立ち向かうのは・・・・・・ああ、茶会メンバーは、みんな気が強いのか。撤退という方法を知らないのか?色んな意味で恐ろしいな』 『そんな怖い女性の集まりに行ったのか。ラウルすごいな』 「ちょっとセン、そこは褒めないで労わってくれ。自分から好きで行ったわけじゃない」 『ははっ、あのお嬢さんのことだからな。ラウルは断ることもできないだろう』 「そうだけどっ!そうだけど・・・・・・!!」 『で、お前の女装した写真は?さぞ勇壮な女騎士だろう。早く送れ』 「あるわけないだろ!」 『ちっ』 「なんで舌打ちするんだ!?」 ラウルは抗議したが、数日後にはファウスタから入手したラウルの女装姿を、イーヴァルから逆に送り付けられて、真っ赤になった顔を覆うことになる。 |