ズッ友


 生まれた時からその道一筋三十余年、怪異退治のスペシャリスト伊予崎華子の仕事風景。
 ある日持ち込まれた依頼の中に、行方不明になった友人の痕跡を見つけたイヨザキ。その結末。

◇     ◇     ◇     ◇

 髪を巻いて、スカートのウエストを巻いて丈を短くして、キラキラしたものが好きだった。ルーズソックスを履いて、規定の地味なソックスは、ぬいぐるみやチャームをたくさんつけたバッグの中に。
 他にバッグの中にあったのは、財布、携帯電話、鏡、ソックタッチ、化粧ポーチ、プリクラで埋まったスケジュール帳、甘い香りの制汗剤・・・・・・。勉強をしないわけではなかったけれど、テスト前以外はあまり気にはしていなかった。全然できないわけじゃなかったし。
 高校の教室で、いじめはなかったと思う。見える範囲だけだったけど、がり勉な子も、オタクな子も、運動部の子も、ウチらみたいな派手な子も、それなりに協力的で、楽しかった記憶しかない。
 いつも固まって遊んでいた五人組。あちこちのゲームセンターで、よくプリクラを撮っていた。毎週のように通っていたカラオケボックスは、今はないらしい。
 卒業して、その後の進路はバラバラだった。でも、ウチらはずっと友達だって、言い合った。大人になっても、ずっと友達だって。

 最初に死んだのは、アヤだった。
 一番真面目で、大学を出て就職して、そこで心を病んで自殺した。
 アタシたちは、何も知らなかった。アヤは、職場で嫌がらせにあっているなんて、一言も言っていなかった。・・・・・・アヤのお母さんが見せてくれた日記には、「大人にならなきゃいけない」って書いてあった。
 大人になったって、友達は友達じゃないの?なんで何も言ってくれなかったの。アタシたちに愚痴を言うのは、子供っぽいって思ってたの?それとも・・・・・・アタシたちじゃ、頼りなかったのかな・・・・・・。

 次に死んだのは、トーコだった。
 トーコは高卒で結婚して、すぐに子供が生まれた。社会人の彼氏がいるのは知っていたけど、在学中には妊娠してたらしい。デキ婚ってやつ。
 夜遊びも派手だったけど、母親になって落ち着くと思ってた。でも、クスリは止められなかった。
 一度目の執行猶予中に捕まって、まだ小さかった子供を親に預けて、夫婦そろって刑務所に入って、やっと出て来たら、一年もたたずにオーバードーズで死んだ。・・・・・・たぶん、殺されたって。自分じゃ打てない所に注射の痕があったから。
「止めようとしたから、仲間に殺されたんじゃないかな」
 たぶん、カヨの言う通りだと思う。
 トーコの子供は小学校に上がっていたけど、最初に母親の死体を見つけてしまったらしくて、おかしくなっちゃったらしい。ずっと入院してるって。

 昔からコミュ力お化けだったカヨは、大学出て外資に就職して、独身でバリキャリ。海外の出張も頻繁で、彼氏を作る暇もないと嘆いていた。その代わり、彼女のブログには頻繁に、国内外、男女問わず、仕事仲間との写真が載っていた。
 高給取りで順風満帆な人生、かっこいい女性のモデルケース、みんなのあこがれ・・・・・・そんなカヨを、アタシたちは自慢に思っていたけど、ちょっと妬ましくもあった。
 末期の難病だってわかった後も、カヨは明るくて元気な様子だった。最期はたくさんの友達に惜しまれながら亡くなった。
 だけど、最近でも墓参りに行っているのは、アタシとヨウコだけだったらしい。

 ヨウコは大学にいる間にできた何人目かの彼氏と結婚して、幸せな結婚生活を送っていた・・・・・・と思う。子供が二人できて、不況で旦那さんの給料が減ったって愚痴っていたけど、自分たちの家も建てた。保護者同士の付き合いが煩わしいとか、親戚付き合いが喧しいとか、昔からの気軽な調子でアタシには話してくれた。ヨウコは大人らしく、本当に上手くやっていたと思う。
 お互いに浮気もしないで、仲良くやっていたのに・・・・・・去年、旦那さんの実家に帰省する途中で事故に遭って、家族全員が一瞬で。

 アタシは、一人残ったけど、高齢独身女。
 付き合った男は多いけど、みんな長続きしなかった。そうこうしているうちに、三十過ぎて、四十過ぎて・・・・・・もう結婚は諦めた。
 食べるには困らないし、趣味に生きるって決めた。

 ・・・・・・あれ?

 ・・・・・・アタシの趣味って、なんだっけ?

 ああ、アイドルの追っかけ・・・・・・あれ?DIY・・・・・・ちがう、ガーデニング・・・・・・そんな庭持ってない。
 海外旅行・・・・・・読書・・・・・・そう、映画鑑賞!最近見たのは・・・・・・なんだったかな?


「いい加減にやめたら?虚しくないの?」


 コツ、コツ、とヒールを床板に打ち付ける音が、生活感のない、がらんとした空間に響く。単身者用の1Kの間取りには、鉄筋コンクリートがかかとに響くような、安っぽいフローリングが敷き詰められていた。
 ぽっかりと開いたドア口から差し込む外灯の淡い輪郭が、ブーツと、その上のほっそりとしたスキニーパンツを照らしている。ファー付きの黒いダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ影は、面倒くさそうな突き放した口調のわりに、低くてセクシーな女の声をしていた。
「他人の思い出に、骨でも齧るみたいに縋りついて・・・・・・ねえ、アンタ、自分の名前、思い出せる?」

 名前?名前・・・・・・?
 サヨコよ。リエよ。マユコよ。アスカよ。チエよ。カナエよ。ヨシコよ。チハルよ。エリカよ。アサコよ。マリエよ。チサトよ。アキホよ。サキよ。シノブよ。マコよ。ミナコよ。サクラよ。ユウコよ。アイよ。レイコよ。マサミよ。ヒサコよ。ホノカよ。リョウコよ。ミチコよ。モモカよ。クミよ。マユコよ。サリナよ。アミよ。リナよ。チヅルよ。ユカコよ。レミよ。シズカよ。カヨコよ。ナツキよ。マナミよ。ミホよ。アキラよ。セイコよ。ジュンコよ。ミドリよ・・・・・・。

 延々とざわめく女たちの声に、細い肩がすくめられる。半分以上は犠牲者たちの記憶だろうが、それにしても、いったい何人“喰った”のだろう。

 ね え 、 あ な た の 名 前 は ?

「私?」
 逆光の中で、ニィッと唇が歪む。ようやくこちらに狙いを絞ってくれそうだ。
「私はハナコ。アンタをこちらに引きずり出す、“ハナコさん”だよ!」
 迫ってくる蒸気のような靄に向かって、ポケットの中の錠剤を一掴みばら撒く。フローリングにばらばらと落ちる音よりも、パシパシと弾けるような耳障りな音の方が大きい。

 ああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああ

「気持ちヨさそうな声出すなぁ。さあ、かかってきなよ」
 くいくいと革手袋に覆われた指先で挑発すれば、ぼんやりした靄は夜闇よりも光を吸い込む闇となって、その異形の姿をぬうと現す。無数の人面を貼り付けたような頭と背から、脳髄に響くような金切り声が、ギンギンと空気を震わせて響き渡る。

 一緒にいよう羨ましいのいっしょにいいいっしょにタスけオマエもワタシワタシ私だからすごいでしょわたししすごいいうらやままない一緒ダからズッといっしょなのまざル混ざってケテ同じだから私わたしわタタたしししあいしてすごいってうらやましいってイッショナノよわたしわたしだから・・・・・・!!!!!!!!

 
 腰の左右に下げられた二振りの短刀が、掬い上げるように抜き放たれると同時に、ブーツが床を蹴りつける。
 ずぼっと斬れた手応えは、まるでウレタンの塊のようだ。もちろん、その手応えを出せるのは、手に馴染んだ双子の名刀と、なにより自分が持って生まれた異能のおかげだ。

 わ タし がッ 離れないで離れないでいやよいやいやいややめてぇぇぇ

 すっぱりと斬れたモノは、不安定に揺らめき、再度の一閃で霧散する。包み込むように襲い掛かってくる腕のような塊を切り払い、手首をひるがえしてヒュンと白刃を構え直す。

 ひどいひどどいいいいひどいひどいひひひひどおおおいいいいいい
 とととともだチでしょズっととももだちだっていったああああああああ
 あたしたちわあああああああいいぃいいいっしょおおおおおおおお

「一緒じゃない。私は私。個を融かさなきゃ一緒にいられないのは、友達じゃない。寄生虫ごときが、生きている私に対等を求めるないでくれる?気持ち悪い」

 どしんどしんと足元が揺れるのは、触手のようにうねる太い腕や脚と思われるものが暴れるせいで、それを躱しながらどれが本体の顔なのか探すのは、なかなか苦労する。

 ああアアアあああァぁあああぁああ嗚呼アアアアァァァ嗚呼ぁぁ
 いいいいいっしょおおおおおおおずずずずぅぅぅっとおおおおおおお

 ずん、と重くなる空気に脚を踏ん張り、こちらを呑み込まんと開いた巨大な口の奥にある、泣き笑う顔に狙いを定めた。迷いのない、一突き。

 ハ ナ ち ゃ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あ り ・ ・ ・ ・ ・ ・ が ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ざっと砂が落ちるように崩れていった人面の塊は、そのまま床に広がり、やがて消えて見えなくなった。
「・・・・・・・・・・・・」
 双剣を鞘に納め、怪異の触媒だったらしい、ネックレスを拾い上げる。少し古いデザインだが、ブラックオパールの洒落たペンダントトップは、破魔の刃の一撃で深いひびが入り、破片が零れ落ちていた。
「・・・・・・ねえ、由香里。助けてって言われてもさ、私、これしかできない。由香里を生き返らせてあげられないよ。なんで、こんなになる前に・・・・・・生きているうちに、私を頼ってくれなかったの。私たちは、友達じゃ・・・・・・」
 人型に黒ずんだ床を前に答えのない問いを収め、祓い師・伊予崎華子は、依頼人が待つ屋外へと踵を返した。