温かな白雪の夜


 トランクィッスル教会の母屋は、建てられたのが二十年ほど前であり、質素な内装ではあっても、備え付けの機能は近代的なものになっている。それでも、自然の脅威にはままならないこともあり・・・・・・。
「ごほんっ、ごほんっ」
 ベッドで寝ているクロム・ラザフォードは、熱を出して重くせき込み、僧侶の日課などこなせる状態ではなかった。
「いくら教会の敷地だからといって、なんでも一人でやろうとしてはいけないよ」
「す、み、ま・・・・・・せん・・・・・・」
 真っ赤になった顔とガラガラした声でぜーぜーとしゃべるクロムに、往診に来たサンダルフォンは、その輝くような美貌に苦笑いを浮かべた。
 トランクィッスルは近年まれにみる大雪に見舞われ、山林も町も州外へ続く線路や道路も、真っ白になっていた。もちろん、町はずれにあるトランクィッスル教会も雪化粧で、エントランスから敷地を抜けて道路まで出るのも一苦労なほど。
 屋根や人が歩くところだけでなく、墓地や地下墓所の入り口までも雪で埋もれてしまい、連日せっせと雪掻きをしていたのだが、ついにクロムがダウンしてしまった。
 見習いの少年でも、武装修行僧であるラダファムは体力があって元気なのだが、アルビノのクロムは元々体が頑強とは言えない。体力を使い果たせば、おのずとこのような状態になるわけだ。
「失礼します、サンダルフォン先生。クロム、パン粥作ったけど、食べられそう?」
 ノックの後にクロムの寝室に顔を出したラダファムは、トレイを持って首を傾げた。
「大丈夫だよ。クロムくんはちょっと声が出なさそうだけど、少しは食べられるよね?」
 ぽーっとサンダルフォンの顔を見ながら、クロムが小さく頷いたので、サンダルフォンはラダファムにベッドサイドの席を譲って立ち上がった。
「では、私は応接室を借りて、薬を準備しておこう。ゆっくりでいいからね」
「あ、はいっ。先生、お茶用意してあるんで、休憩していってください」
「それはありがたい。ご厚意に甘えるとしよう」
 ラダファムがクロムの世話を焼く寝室から出て、サンダルフォンは茶の用意がされてある階下の応接室へと入った。オイルヒーターのおかげで温かい。
 サンダルフォンは往診かばんからタブレットを引き出し、長く繊細な指先でタッチペンを操って、電子カルテから処方箋を送信した。そして、タブレットを往診かばんにしまい、ポットカバーを取ってティーカップに紅茶を注いだ。刺激的な香りのシナモンティーにミルクを加え、湯気と一緒にスプーンでかき混ぜていると、どこからかプルルルと音が聞こえてきた。教会の電話のようだ。
 応接室を出たサンダルフォンは、ためらうことなく受話器を取った。
「はい、トランクィッスル教会です」
 まるで元々教会の住人であるかのように、よどみなく応えると、受話器の向こうから元気な声が返ってきた。
『クロムでた〜!もしもーし、ユーインだよー。携帯にかけたけどでないからさー、どうしたの?』
「こちらはサンダルフォンだ。私の声とクロムくんの声が区別できないとは、耳鼻科の診療予約を入れた方がよいかな?」
『ほぎゃ!?』
 スマートフォンを放り投げたらしいガタゴト音が聞こえて、サンダルフォンは顔をしかめながら受話器を持ち替えた。
「それで、何用かな?」
『なななななんでサンダルフォン先生がいるんだ!?』
 魔法使いの青年がクロム神父に好意を寄せていることは知っているが、そんなに警戒されると思わず揶揄いたくなるのが、サンダルフォンは性格悪いと言われる理由のひとつだ。
「君に言う必要が・・・・・・あぁ、いや。往診だ。クロムくんが風邪をひいて寝込んでいるんだよ」
『なんだってーーーッ!?!?!?』
 うるさい、と思いつつ、きーんとなった耳から受話器を離す。音割れするほどの大声を出さなくともよかろうに。
「しかし、私がいるから大丈夫だ。見舞いはいら・・・・・・?」
 ツー、ツー、と通話が切れた音を出す受話器を眺め、サンダルフォンはにんまりと唇の端を吊り上げた。これでいい、と。
 応接室に戻って温かな紅茶を堪能していると、こまごまとよく働くラダファムがキッチンへ食器を片付けに行く音が聞こえた。
「お待たせしました!」
 クロムの物らしい長財布を片手に応接室に入ってきた少年に、サンダルフォンは慌てなくていいと微笑んだ。
「では、こちらが薬と今回の診療明細だ」
 往診かばんを開き、先ほど指示した処方箋内容と同じ薬が入った紙袋を取り出す。いつの間にか届いているその方法は、トランクィッスル病院とサンダルフォンの往診かばんとの、どちらに秘密があるのか。余人にわかるはずがないし、トランクィッスルの住人なら気にもしない。
「朝昼晩の食後に。さっき解熱剤を打ったので、飲み薬は今夜から服用してくれたまえ。それから、霜焼けの塗り薬も出しておいたから、適宜使ってあげなさい」
「わかりました」
 会計を済ませてサンダルフォンは立ち上がり、コートを手に取った。
「ああ、そうだ。あとでユーインが来るだろう。さっき電話があったよ」
「えー」
 ラダファムが思いっきり嫌そうな顔をするので、サンダルフォンは声を出して笑ってしまった。
「なにを困ることがあるかね。立派な労働力だよ」
「あっ」
 窓の外を指すサンダルフォンに、ラダファムは理解したと大きくうなずいた。
「ありがとうございます!」
「なんの。どうせ風邪をうつされても、クロムくんからなら喜ぶような子だ。クロムくんに感謝されるという餌をちらつかせて、存分にこき使うといい」
 鬼か悪魔かな、とラダファムの顔が言っていたが、それはサンダルフォンにとって褒め言葉だ。
「美味しいお茶をご馳走になった。ファムたんも体調がすぐれなくなったとか、困ったことがあれば、すぐに連絡しなさい」
「はい。ありがとうございました」
 ラダファムに見送られながらトランクィッスル教会を出ると、サンダルフォンは曇天の下、雪の上をさくさくと歩き、いつからか足跡を残さなくなった。ただ、降り始めた雪と共に、温かな黄金色の光が羽ばたいたようにみえただけだ。

 チャイムの後、鍵をかけているせいで騒がしい音をたてるエントランスのドアを開き、ラダファムは持っていたトレイを掲げた。
「クロム!!だいじょぅブッ!?」
「うるさい。クロムはいま寝てる。大きな音を出すと起きちゃうだろ」
 べこっと顔面からトレイに突っ込んだユーインは一時止まったが、雪まみれな格好のせいで、ラダファムに追い出されそうになった。
「せめて雪を落としてから入ってこい!あとついでに雪掻きして」
「なんで俺が!?」
「クロムは雪掻きして風邪ひいたんだ。ユーインがやってくれたら、クロムがすごく喜ぶと思うよ」
「スコップはどこだ?」
 ちょろすぎるユーインに、ラダファムは若干心配になる。サンダルフォンの言ったとおりになった。
「最初に、俺と一緒に屋根の雪下ろしをやって。一人だと危ないからできなかったんだ。その後、道路につながる道とか、地下墓所に行く道とかをやって欲しい」
「わかった」
 二人はスコップ片手にせっせと雪掻きをはじめ、なんとか夕暮れ前には綺麗にすることができたが、今夜もまた強く雪が降り続くという予報にうんざりした溜息をつくのだった。

 空腹を覚えて目を覚ましたクロムは、そばに控えた赤毛の青年を視界に収めて、しばし瞬きを繰り返した。
「・・・・・・ユーイン?」
「クロム、具合はどう?」
 なんでここにユーインがいるのかと、クロムがぼんやりした頭で考えているうちに、幻ではない手のひらが汗で張り付いた髪を撫でてくれた。
「ファムたんがドリアを作ってくれているよ。もうすぐ出来上がると思うけど、食べられそう?」
 ラダファムが作った料理を思い浮かべ、空腹がさらに加速したように感じた。
「食べます」
「起き上がれる?持ってくるよ」
「・・・・・・大丈夫。食堂まで、行きましょう」
 クロムは首を振って、のろのろと起き上がった。まだ少し熱っぽく、喉が痛いが、午前に比べれば楽になっていた。
 ガウンを着せてもらい、ユーインと並んで食堂まで行くと、ミルクとチーズのいい香りが漂ってきた。
「あ、クロム!寝てなくて大丈夫?」
 ミトンをはめた手でオーブンの番をしていたラダファムは、ユーインがクロムを座らせている間に、急いで飲み物の準備をする。用意された冷たいレモン水とアルカリイオン水を、クロムはほとんど一気に飲み干して、大きなため息をついた。
「ありがとうございます。だいぶ、楽になりました」
 クロムはこんがりと焼けたドリアをぺろりと平らげ、同じものを食べたユーインとラダファムはほっと一安心した。胃腸が弱っておらず、食欲があれば、回復も早いだろう。
 ラダファムはクロムの体を拭くつもりだったらしいユーインを蹴り飛ばし、クロムを風呂場へと押し込んでから、食事の後片付けやシーツの取替に励んだ。
「クロムの風呂を覗くんじゃねーぞ、変態ユーイン」
「誰が変態だ!」
「これ、欲しいだろ?」
 クロムの薬袋から取り出したチューブをちらつかせると、そわそわしていたユーインはすっと大人しくなって、ラダファムの手伝いなどを始めるのだった。

 さっぱりと汗を洗い流して温まった体を清潔なベッドに横たえたクロムは、少し戸惑いながらユーインのするにまかせていた。
「・・・・・・ふふっ」
「ごめん、くすぐったかった?」
「はい。でも、大丈夫です」
 霜焼けで赤く腫れたクロムの足の指に、ユーインは丁寧に薬を塗り込んでいく。クロムも自分の指を揉むように薬を塗りながら、吐息のようにぽつりと溢した。
「なんだか懐かしいな。こうやって看病されるの」
「子供の頃に、両親にとか?大人になると自分でやらなきゃだけど、病気の時って心細いよね」
 そんな時はぜひ自分を呼んで欲しいとユーインは続けたかったが、クロムの寂しそうな微笑に言葉が途切れてしまった。
(そういえば、クロムの子供の頃の話とか、実家の事、聞いたことないな)
 ぜひ知りたいが、あまり触れない方がいい話題かもしれないと思い、ユーインはクロムが話してくれるまで自分から振らないよう気をつけることにした。
「ファムたんにも許可を取ったし、しばらくここにいるよ。雪掻きは任せて」
「えっ、でも・・・・・・」
 ユーインにも仕事があるはずだと眉をひそめるクロムに、ユーインは胸を張って答えた。
「俺が何日か抜けたって大丈夫だよ」
 それはそれで問題ではなかろうかとクロムは首を傾げたが、ユーインがいいというのなら甘えるべきだと、ユーイン本人に押し切られてしまった。
「ありがとうございます。では、すみませんが、よろしくお願いします」
「まーかせてっ!」
 クロムの手を握って寝ずの看病をするつもりだったユーインだが、ラダファムに引っ張られて客室に隔離されてしまった。クロムはそれを見送るしかできなかったが、明日もユーインがいるという安心感に、すぐうとうとと眠気がやってきた。
(・・・・・・温かかった)
 ユーインの手の温もりを噛みしめながら、クロムは心細さを感じることなく、深く眠りに身をゆだねるのだった。


 後日、トランクィッスルから自分の町に戻ったユーインが風邪を引きこみ、またしばらく職場に呆れられたのは言うまでもない。
「でもっ、クロムにうつされた風邪っ・・・・・・げほっ、げほっ」
 辛いのに幸せそうな顔をしてベッドで丸まるユーインは、やはりサンダルフォンの予想した通りであった。