『渡り鳥』にて −2−


 ハンカチに顔を包ませたまま咳き込むサカキが、レィゼに背を撫でられて、ようやく大きく息をついた。
「げふっ、はぁー・・・おい、ケイっ!」
「あっはははーっ、ゴメンネ?緊急事態だったんだよ〜。もちろん、僕はサカキくんのお手付きになるつもりはないから、そこは嘘ついて悪かったよ。あ、サカキくんが僕のお手付きになるのは大歓迎だよ?」
「いや、そこも嘘だが、その前も嘘だろ!」
「あれ、そうだっけ?」
「サカキ、「オル・ゴール」と繋がっているのか?」
 膝の上で可愛らしく首をかしげるケイの代わりに、ラダファムが胡散臭げに問いただした。
 「オル・ゴール」は大手のGvギルドだが、それ以上に残忍な狂人の集まりというイメージが強い。フィールドで運悪く出会ったら、横殴りや押し付けは普通で、最悪は死に戻りを覚悟するべきだ。性悪で名高い聖騎士メグ・チェスターよりも、さらに恐ろしい人間の集団だともっぱらの噂で、捕まったが最後、生皮を剥がれて殺されると、Gvギルドを中心に半ば本気で信じられている。
 そんな迷惑なギルドと繋がりがあると公言すれば、一部を除いて距離を置かれること間違いない。
 サカキは嫌そうに眉をひそめ、渋々答えた。
「・・・俺の師匠だった人が、元「オル・ゴール」だ。その関係で、マスターの顔を知っている程度だ。それに、俺がジッド・・・「オル・ゴール」のマスターを嫌っていることを、本人もわかっている。だから、べつに仲がいいわけじゃない」
「ああ、そうだった。アイヴィちゃんのことでもめたんだよねー」
「ケイ」
「はいはい、もうしゃべりません」
 口にチャック、のジェスチャーをして、ケイは両手を上げた。さすがにサカキに睨まれては、ケイの口も重くならざるを得ない。
「ギルド内がごたついても性欲は落ちない「ネグレクト」でも、「オル・ゴール」は怖いんだな」
「どういうことだ?」
 呟いたレィゼにサカキが聞き、レィゼはそれに答えた。
「あぁ、知らなかったか。サカキのいない間に、「ネグレクト」のマスターが失踪したらしいんだ」
「・・・失踪!?」
 意外な情報を聞かされて目を見張ったサカキに、レィゼは困惑気味に頷いた。
「それは・・・逮捕されたとか拉致監禁とか殺されたとかでなく?」
「「ネグレクト」の関係者ならありそうな話だけど、そこまではっきりしたことは聞いていないな。ただ、いなくなった、とだけ」
「へぇ・・・。じゃあ、ギルドブレイクか」
 マスターが不在ということは、ギルドそのものの存続が危ぶまれる。「ネグレクト」が解散になるのは喜ばしいが、性犯罪者に目印がなくなってバラバラになられるのも、見分けがつき難くなって厄介だ。
 そこまで考えが至って、また眉間にしわの寄ったサカキに、ラダファムがグラス片手に続きを説明した。
「ところが、サブマスが指名だか推薦だかして、代理マスターが立ったんで、ギルドはまだ存続している。いまんとこ、その混乱で不安定なだけだ」
「代理?」
「サブマスがマスターになったんじゃないんだ?」
 サカキと共にジョッシュも意外そうな声を上げ、モンク二人に頷かせた。
「ふーん。どういう理屈かは知らないけど、サブマスとその代理マスタが共謀して、元マスタをどうにかした・・・なーんて考えられる?」
 面白そうに無責任なことを言うケイに、レィゼは逞しい肩をすくめて見せた。
「どうかな。俺たちもそこまで「ネグレクト」の内部を知っているわけじゃない。ただ、いまのところ内部分裂という深刻な様子はないから、代理マスターもそこそこ信任があるんじゃないかな?」
「なーんだ、つまんない」
「ケイさんの好みはなんでも危険だよ・・・」
「あははっ、ジョッシュってば相変わらず可愛いなぁ。今夜どう?苛めてあげるよ?」
「ケイさんは美人だけど、ぜってーイヤです。まじで勘弁してください」
「ちぇーっ」
 体が小さくなっても、中身は大人のままのケイである。セックスにもれなく苦痛やら羞恥やらが付いてくるのは、ジョッシュの好みではない。
「ああ、そうだ。転生する時ジュノーでね、たまたまイーヴァさんと一緒だったんだよ〜。二人でオーラがぼんぼん出ててさー、おっかしくて・・・」
「イーヴァさんって、あのイーヴァルのこと?セージの?」
「そうそう」
 レィゼの確認にケイは楽しそうに頷くが、他の四人はげんなりとした面持ちで視線をそらせている。
 イーヴァルはケイと同じサディストだが、より好みが凶悪で、相手を壊すのはいつものことだという。手ずから殺してしまうことはなく、当局に物的証拠をつかませていないだけで、極めて法に抵触する危険があった。
「子供になっちゃうとしばらく男を引っ掛けられないから、しばらくは修練に集中するんだって。ぼかぁ案外ショタ好きが乗ってくるんじゃないかって思うんだけど、イーヴァさんの好みはそういうんじゃないしね」
「たしか、イーヴァルって強気で生意気そうなのをいたぶるのが好きだったな。犠牲者らしい子が、闇市に流れているのを見たことがあるぞ」
「そうそう。反応が初々しい子も好きだけどね、やっぱ壊しちゃうのはもったいないなーって思うんだよね。イーヴァさん加減のできない・・・というか、できてもしないだろう人だし、仕方ないんだけどね」
 サカキの嫌そうな呟きに、ケイは普通に返し、さらにまわりを微妙な雰囲気にさせた。
「ああ、でも誤解しないでね。イーヴァさんは壊そうと思って壊しているわけじゃないから。相手の子が勝手に壊れちゃうだけで。だから、「オル・ゴール」にいるような、致死前提で痛みを与える輩とは一緒にしないで欲しいな」
「・・・犠牲者にとったら、精神崩壊するかなぶり殺しにされるかの二択しかないわけだ。逃げられない時点で、どっちもどっちだと思うけどなぁ」
「えー、そうかなぁ」
 ため息をつくラダファムに、ケイは不服そうに頬を膨らませて、つまみのナッツを強奪した。
「でも、ケイさんは、一応どっちとも好みが違うんでしょ?」
 ジョッシュの言葉に、ケイは良くぞ聞いてくれたとばかりに、ぱっと笑顔になった。
「そうだねー。ぼかぁ、僕が打ったり蹴ったりすると喜んでくれる子が好きだな!快感に素直な子も大好きだよ。だから、イーヴァさんみたいに相手がちょー嫌がるのを聞いて喜ぶってのは、ちょっと好みじゃないんだよね。ほら、イヤイヤ痛い痛い放して帰して嫌だーなんて騒がれてみなよ。ぶっ殺したくなるでしょ?ねぇ?」
「ぇ・・・えぁ・・・と、ソ、ソウデスネェ・・・」
 見事に墓穴を掘ったジョッシュをそのままに、サカキは空になったグラスを置いて、スツールから立ち上がった。
「あ、あれっ?サカキくん帰るの?」
 あたふたと見上げる気配のするジョッシュに、レィゼから小さく放っておけとジェスチャーが飛んだ。
「ああ。久しぶりにみんなの顔が見れて安心した」
「お疲れ、サカキ」
「おつ。またな、レィゼ」
 おやすみと皆の挨拶に見送られながら、サカキがドームカートを牽いて店を出ていくと、小さくため息をついたレィゼに、ケイから声がかかった。
「じゃ、僕はレィゼさんを頂こうかな!」
「え・・・」
「そういうわけだ。ジョッシュ、楽しもうな」
「えっ!?えぇぇっ!?ちょ、ま・・・待って?まじで!?」
 ラダファムの膝からひょいとケイが飛び降り、すかさず太い腕が見えないアサシンの体を捉えた。
「またぐずぐずのどろっどろにして、よがらせてやるから、安心しな?もちろん俺様の美貌を嫌って言うほど見せてやる」
「いやいやいやいや、ファムさんの顔はありがたいけど、全然安心できないよ?またラブホで動けなくなるのやだよ!つか、降ろしてっ!」
「じゃあ、ジョッシュの部屋でやるか」
「えええええええっ!?ちょ、まわりの部屋に迷惑!あーもうっ、わかったよ!だけど、いい部屋!ファムさんの払いでね!」
「へいへい。またな、レィゼ、ケイちゃん」
「レィゼさん、ケイさん、おやすみなさーい。だから、逃げないから、ファムさん降ろしてよぉー!」
 どうやらアサシンを担ぎ上げたらしいモンクは、じたばたと暴れているらしい肩の上のものを腕で押さえながら、山のような巨体を静かに歩かせていった。
「やれやれ・・・お手柔らかにね?」
「うん。あんまり痛くないと思うけど、加減の感覚がまだ戻りきらないから、そこだけゴメンね?」
 本当に悪いと思っているのか不明な笑顔をした少年に、レィゼは苦笑いを浮かべて自分の適応力の高さを半ば恨んだ。



 後世、メグ・チェスター事件を呼ばれる出来事が起こるのは、この数週間後。
 「緑色の髪をしたサカキという名の男アルケミスト」を探して、アイヴィというプリーストとクラスターというナイトの二人連れが『ツークフォーゲル』を訪れるのは、そのさらに二ヵ月後の事となる。