若葉の頃に−2−


「はい、これあげる」
「え・・・え!?なんですか?こんなに!?」
「僕のツマンナイ話を聞いてくれたお礼。本当は僕のほうが、若い人の悩みを聞いてあげるべきなのにねぇ」
 アルフォレアがイシュアに渡したのは、スプリングラビットやグレムリンなど、安いが食べ物を落とすカードが挿されたアクセサリーだ。高価な装備や飛躍的に能力を向上させる消耗品ではない、時代遅れでいわゆる「ネタ」の域にとどまるようなものだが、アカデミーに通っているようなソードマンには、そこそこ価値があって面白いものだろう。
「たまには目先の違ったお弁当が手に入るし、狩りのモチベーションにもなるよ。僕はもう使わないし、僕の銘が入ったポーション持っているのはちょっと不安だし・・・カート整理に付き合ったと思って、どうぞ」
「でも、こんなにいただけません!お弁当ももらっちゃったのに・・・」
「あはは〜。どんまいだよ、イシュア君。そのうち、これも誰か後輩にあげたり、欲しい人に売ったりする日がくるよ。それまで、イシュア君のお腹の足しにしてください」
「ぇ・・・あ・・・」
 細い眉をハの字にして困るイシュアに、アルフォレアも苦笑した。イシュアは遠慮するが、どう見ても彼は、前衛になるには華奢すぎる。せめてもっと食べなければ、体作りもおぼつかないだろう。
「誰かを守るために強くなりたいなら、もっと自分も大事にしなくてはダメだよ。先輩の厚意は、ちゃんと受け取りなさ〜いです」
「・・・はい。ありがとうございます」
 若干押し付けがましくなったが、これがBladerあたりになると、問答無用で超特急育成させられるので、アルフォレアとしては地味に抑えたつもりだ。だいたい、いま初めて会ったばかりの人だし。
「それと、おせっかいかもしれないけど、ギルドに入ったほうが安全だよ?僕みたいに養殖でなくて、ソロでも尊重してくれる所だってあるだろうし」
「あ・・・はい」
 思いがけないことばかりで紅潮していたイシュアの顔が、急に曇ってしまった。ギルドに関してなにか嫌な思いでもしたか・・・アルフォレアは地雷を踏んだらしいと頬をかいた。
「あの・・・アルさんのギルドは?」
「うーん、僕のところ生産者ギルドだから・・・。それに、対人ギルドの傘下だから、イシュア君の好みとは合わないと思うよ。朱に交われば赤くなるって言うし、もっとまっとうなギルドは、いくらでもあると思うよ」
「・・・・・・」
 しょんぼりとうなだれるイシュアに、アルフォレアは何かいい考えはないかと頭をひねった。製薬は得意でも、師匠ほど経験が豊富だとか、頭の回転がよいとかいうわけではないのだ。
「じゃあ、自分で作っちゃえば?」
「え・・・」
 一次職相手に強引かとも思ったが、びっくりしたように目を見張るイシュアに、意外といい考えだったかとアルフォレアは微笑んだ。
「誰かのために、って言うのは立派だけど、それって依存しているよね?マーチャントだった頃の僕とは違って、イシュア君にはせっかく志があるんだから、一度独立したものを持ってみるのもいいんじゃないかな」
「・・・はぁ・・・」
 アルフォレアの考えがとっぴ過ぎて、少年剣士は大きな青い目をぱちくりとしばたいている。たしかに、アルフォレアはイシュアのことを何も知らないし、先走りすぎたかと少し後悔した。
 だが、順応性が高いのか、影響されやすいのか、イシュアは少し首をかしげて、アルフォレアを見上げてきた。
「一人のギルド、ですか・・・?」
「一人のままでもいいし、誰かを誘ってもいいし・・・。ああ、そうだ。僕の師匠がプロンテラでよく露店しているから、うろついてみるといいよ。あの人見た目も態度も怖いから、お客に癖のある人やソロの人が多いんだよね。一緒にいるハロさんは優しい人だから、困ったら相談してみるといいよ。はい、これが僕の師匠作ホワイトスリムポーション」
「はぁ」
 なぜかお守りとしてご利益があると、知り合い内で密かに人気があるサカキのポーションだ。WSPは一次職には過ぎた代物だが、ひ弱そうな剣士のお守りにはいいかもしれない。
「せっかくこうしてお話できたのに、僕とはたぶん、気軽に会えなくなっちゃうだろうし・・・」
「え、どうして・・・」
 そこでふと、アルフォレアは木々のむこうに、獣とは違う影が動くのを感じた。さっそくお守りの効果がアルフォレアから失われたらしい。
「んー・・・イシュア君、最近この狩場には、上位職がよく来るのかな?」
「え?いえ・・・見かけるのは、アカデミー生ばかりですけど」
 そりゃそうだろう。MVPモンスターも出ない場所だ。
「うんうん。じゃあ、その辺に人が見えたら、だれかれかまわず、とりあえず顔やギルドエンブレムが見えるように、写真撮ってくれないかな?」
「え?」
 アルフォレアはエサのセルーをバニルミルトに放り、倒木から腰を上げた。
「鬼が出るか蛇が出るか・・・」
 ばっと木々の間から飛び出して来たのは、輝ける炎の巨鳥、カーサ。それに続いて、オウルデュークやハイオーク・・・運の悪いことに、カトリーヌ=ケイロンまでが出てきた。どれもこのウルフ森にはいない強力なモンスターだ。
「アルさんっ!!」
「そこにいて!きゅーたんがんばって!」
 剣を持って前に立とうとするイシュアを、アルフォレアは押しとどめた。「きゅーたん」ことバニルミルトが、魔法を撃ちながら頑丈な体で耐えている。
「ぅおらああああああっ!!フロストミスティ!!ジャックフロストォッ!!!」
 穏やかな春の陽気が、叫び声と共に一瞬にして凍りつき、魔力の暴威が氷柱となってそそりたち、瞬く間にモンスターたちを殲滅していった。
「ナイスタイミング〜」
 ぱちぱちと手を叩くアルフォレアの前に、日に焼けて脱色した黒髪の小柄な青年が、細い鎖を揺らしながらしなやかに立った。ウォーロックの職服の襟元に、二振りの剣が交差した意匠のエンブレムをつけている。
「相手はどこのどいつだ・・・って、誰それッ!?」
 オーバーアクションにも程がある変なポーズで、真澄はアルフォレアのそばにいたイシュアを指差した。
「通りすがりのアカデミー生だよぅ。巻き込んじゃった」
「あァン?俺のアルに手ぇ出してないだろうな?」
「え・・・ぁ、う・・・」
「こらこら。真澄くん、ガラ悪すぎ」
 大魔法を撃ったウォーロックに凄まれて青ざめるイシュアを、アルフォレアは大丈夫だよと励ました。
「あの・・・アルさん、これでいいですか?」
「おお、ばっちりですよ!GJ、GJ!」
「なんだ?」
 イシュアが差し出した写真には、ジャックフロストの槍のような氷柱にたじろぐ人物が、くっきりと写っていた。
「あーっ!こいつ見たことあるぜ。アルが一人だからってストーキングしてたのか」
「みたいだねぇ」
 Bladerをよく思わない人間や組織はいくらでもいる。今回は、その中のひとつが当たったようだ。
「ありがとう、イシュア君。怖かったでしょ、ごめんね」
「大丈夫です。・・・あの、悪い人たちに負けないでくださいね!えっと、こういうのは騎士団に訴えた方がいいんですよね?」
 イシュアの一面まっとうな意見に、真澄はぽかんと口が開いたままになり、アルフォレアは笑いながら、なんと言って説明すればいいのか困った。
「あはははっ。うーん、騎士団はちょーっと難しいかなぁ。色々事情があるんだよ」
「そう・・・なんですか」
「うん。もしも今後、イシュア君がこの写真に写っている人たちに嫌がらせを受けたら、騎士団に訴えればいいよ」
 その正義感からか、イシュアはやや承服しかねない面持ちだったが、「大人の事情」だとアルフォレアが口止めすると、素直に頷いた。
「さぁ、今日はもう、この狩場は危ないだろうから、アカデミーかプロンテラに戻った方がいいよ。まだ場違いなモンスターが、その辺をうろついているかもしれないからね」
「はい。アルさん、ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀する可愛らしいソードマンに、アルフォレアと真澄は、もしかしたらBladerのマスターにもこんな時期があったのだろうかと思ったが、まったくもって想像できなくて投げ出した。狂犬は幼い頃から狂犬だったに違いない。
「お弁当ご馳走様でした!とってもおいしかったです!!」
「なッ!てめーが俺の弁当を・・・ッ!!!!」
「あー、はいはい、どうどう」
 手を振ってアカデミーの職員に転送してもらうイシュアの姿に、アルフォレアも笑顔で手を振り返した。
「さてと・・・」
「どーする?マスターに言ってギルドごと潰すか?」
「そこは真澄くんに任せるよ。とりあえず僕は、この実行犯を再起不能に出来れば、不満はないよ」
 助けに来てくれた恋人に、アルフォレアは童顔をにこっと緩ませたが、ふと表情を変えた。
「僕もBladerの人間なんだなぁ・・・」
「なんだよ、プロメテウスにいるの嫌か?」
「とんでもない!そうじゃないよ。そういう意味じゃないんだ」
 頬を膨らませ唇を尖らせた真澄に、アルフォレアはぶんぶんと手を振って否定し、うっすらと唇に微笑をたたえた。
「朱に交われば、赤くなるってことだよ」
「はぁん?」
 真澄は眉を寄せたが、アルフォレアにきゅっと腕を絡めとられると、すぐに機嫌の良い顔になった。
「とりあえず、腹ごしらえかな?」
「あーっ!そうだった!腹減ったぁ〜」
 モンスターよりも危険な男たちがぶらぶらと歩く森に、さわさわと暖かな風が吹き抜けて行った。