Sugar Days−5−



―・・・心配な事がある
―行為と目的が、逆転する可能性か
―わかっているのか
―もちろん

―ゼロとは言わないが、極めて低いと判断している
―理由は?
―最初の相手が、サカキだったからだ


―マルコは、快楽を得る為の凶行には走らない
   そんなことをしても、満足できないと理解できている
     わかっているよ。本能に近いところで

―マルコが自分の体質を嫌悪するのは、子供のときに受けたショックのせいだ
   価値観が反転することは、十分ありうる

―俺があばずれな爛れた遊び人だって、マルコにも一応言ってあるんだろう?
―自分であばずれ言うか
―事実だ
―そのわりには生真面目な常識人だから、私はマルコの相手を頼んだんだ

―本当に、このままでいいのか・・・?
―成長した体にあわせて
   すぐに精神が成長するわけでも、発情体質が劇的に改善されるわけでもない

―あせっても、どうにもならん
   それに、初めの頃に比べたら、だいぶよくなっている

―サカキは、マルコが自分を真似して
   相手を漁るんじゃないかって、心配なんだろう?

―それも、血を流してもかまわない、後腐れのない相手を
   できれば、死んでもかまわないような・・・

―もしやったとして、一方的、あるいは自慰では満足できないだろう
   自分を愛してくれる誰か・・・あるいは、少なくとも労わりながらできる相手がいないと

―・・・おかしなのに唆されないといいがな
―心配性だな、サカキは。マルコはそんなに頭の悪い子じゃないぞ?
―落ちるときは、・・・落ちるもんだ
―それは、経験談か?
―ほっとけ


―マルコにいい嫁さんか、ちゃんとした恋人ができるまで、おちおちヴァルハラにも行けん
―私以上に親らしくジジ臭いことを言うな。・・・私より若いくせに
―体はサンダルフォンの方が若い

―サカキ・・・本当に転生するのか?もっと年取ってからでもよかろう
   ・・・私は、サカキに長生きしてもらいたい
―敬老の日みたいな言い方をするな
   ・・・やらなきゃいけない事がある・・・
―アルケミストじゃだめなのか?

―・・・クリエイターで・・・
  ・・・・・・もう聞くな


―サカキ、私は感謝しているんだ
―何のことだ・・・?

―サカキがいてくれて、よかった

―サカキやクラスター・・・それに、ジョッシュやレアンたちがいなかったら
   私は死んでいたか、“災い”になっていた

―こうして、マルコを助けることもできなかった
―偶然だ
―なら、その偶然にも感謝することにしよう

―だからというほどでもないが
  情報屋が入用な時は、気兼ねなくな
   格安にサービスするぞ

―・・・・・・そうだな



 空腹に目を覚ますと、ガウンを纏った自分の両隣で、いい大人が二人そろって寝息を立てていた。
 高位聖職者の法衣が似合う、さらさらの豪奢な金髪が、彫りの深い端正な顔を飾っている。
(法衣・・・しわになっちゃう・・・)
 湿気を含んで渦を巻いた緑色の髪と白いガウンの隙間から、日に焼けていないうなじが見えている。
(寝癖、付いちゃう・・・)
 マルコは、しばし、ぼうっとしていたが、腰周りの鈍い痛みと全身のだるさに、もう一度二人の間にもぐりこんだ。
(あったかい・・・)
 自分はきちんと守られている。自分には、安心して甘えられる場所がある。
 マルコには、大好きな人たちがいる。だから、彼らの役に立ちたいと思うし、誇ってもらえるような人間になりたいと思う・・・。
 彼らを悲しませるようなことは、絶対にしたくない。それぐらいが、今の自分にできる、せいいっぱい・・・。
(大好き・・・)
 もっと大人になれば、この気持ちを表す言葉が、他にも見つけられるだろうか。




 未熟なプリーストであるマルコは、オーラを噴いても変わらない緑色のボサボサ頭をセージキャッスルへ見送り、アルベルタへのワープポータルを開いた。
 ヴァルキリーの御前まで見送りに行ったサンダルフォンやクラスターたちより先に、アルベルタへ行かなくてはならない。

 暖かな潮風を頬に受けながら、マルコは港町の人込みに目を凝らした。無駄にたむろしたり、神聖な場所で騒いだりするのを嫌うサカキだから、そろそろ転送されてきてもいい頃なのだが。
 陽光を受けて白く映える家々、遠く耳に染み入る潮騒、活気に溢れた街路・・・。
(・・・!?)
 色とりどりの花が咲く、花壇のそばに設えられたベンチ。そこに、ぶらぶらと揺れる細い足が見えた。
「サ・・・」
 転生者の証である、黒いノービスの制服を着ていたのは、まだ十歳にもならないかと思えるほど幼い少年だった。彼が冒険者の道に入ったのは、かなり早い時期だったようだ。
 子供特有の細く柔らかな髪の毛が、相変わらず渦を巻きながらふわふわと風に揺れている。その色は、若葉のような緑。
 険のない琥珀色の目は、まだ自分がどうしてここにいるのか思い出せていない様子で、ぼんやりとマルコを見上げている。
「サカキさん・・・?」
 その正面に膝をついて、柔らかい白桃のような頬に手を伸ばす。指先に、ぷよんと可愛らしい感触が触れた。
「・・・マルコ?」
 声変わりをしていないボーイソプラノは聞き慣れないが、たしかにサカキの声だ。
 マルコは思わず笑みを溢した。あのサカキが、こんなに可愛らしくなるとは思っていなかった。
「サカキさん、おかえりなさい」
 小さな細い身体は、マルコの腕の中にすっぽりと納まってしまった。マルコの法衣をつかんだ手の、なんと小さく頼りないことか。
「・・・ただいま」
 ぼんやりしていた記憶がはっきりと戻ったらしく、一瞬で気難しい口調に戻ってしまったが、その方がマルコには馴染み深い。抱き上げた顔を覗くと、すでに眉間にしわがよっていて、ますますマルコの笑みを深くさせた。
「可愛いですよ」
「・・・あいつらにいじられる前に、さっさとマーチャントに転職してくる」
「ちょっともったいない・・・」
 子供の顔でもじろりと睨まれてしまったうえに、人込みの向こうに、背の高いサンダルフォンたちの影が見えたこともあり、マルコは仕方なく、サカキを抱き上げたまま、街外れに向かって歩き出した。
 マルコには、サカキが大きくなるまで、サンダルフォンの悪戯から守ってあげるという大任があるのだから。