ささやかな復讐劇−5−


 意識が浮上したハロルドは、馴染みのない腹痛と腰痛、喉の違和感、何よりも、ヒリヒリしてたまらない尻のアソコに眉をひそめた。思わず息を詰めてしまうほど痛くて、寝返りを打ちたいし、できれば少し水を飲みたい。
(・・・ん?)
 目を開くと、サカキの寝室の天井が見え、自分の脇には、いつもどおりサカキがしがみつくようにして寝ている。いつもと違うのは、だるくて仕方がない自分の体調だけだ。
(なにが・・・?)
 考え込むほどでもなく、激しいオシオキが思い出され、余計に頭を抱えた。
(あー・・・)
 不本意な抱かれ方だったのは、強姦だったといえるのかなぁと考える。
(まぁ、俺が悪かったんだけど・・・)
 不本意というならば、互いが納得の上で、苦痛なく、共に快感を得るセックスを至上とするサカキだって、不本意だったに違いない。サカキは自分よりガタイのいい男を組み敷くのが好きだが、無理やりするのは流儀ではないことぐらい、ハロルドは知っている。
 自由になる方の腕で確かめると、首輪は外され、体も綺麗に拭われている。恥ずかしながら、腹の中もほとんど掻き出されているようだ。
「サカキさん・・・」
「ん・・・」
 サカキは眠そうに目を擦ったが、ハロルドが起きたとわかると、ぱっと目を開け、ばつの悪そうに体を摺り寄せてきた。
「・・・すまん、痛いだろ」
 ぼそぼそという謝罪の声に、ハロルドは思わず苦笑いを零した。いつものサカキだ。
「えぇ・・・ちょっと」
「・・・反省する」
「別に。俺だって、サカキさんが他人の前で服脱いだら、機嫌悪くなりますよ」
「・・・・・・あんまり俺を付け上がらせるな。ハロルドを傷つけたり壊したりしたいわけじゃない」
 壊されるのはちょっとなぁと思うが、ハロルドにはサカキがそんなことをできるとは思えない。普段は最高のベッドマナーと優しいプレイで幸せに浸らせてくれる人が、スイッチが入ると上級プレイに歯止めが効かない上に、浮名を流していた頃を彷彿とさせるタチっぷりが、斜め上方向に凶悪になるという、いい経験にはなったが。
 きゅううっと腕に力を込めて抱きついてくる、サカキの不器用な態度が、言葉以上にハロルドを欲しがっていることの表れなのだ。それがハロルドには、わかっていはいたかもしれないが、今まではそれを、信じることを拒否していたように思える。
(ああ、そうか)
 サカキは時々、困ったようにハロルドに言う。「そんなにたいそうな人間じゃない」「俺に理想を見るな」と。ハロルドはサカキを尊敬しすぎて、彼のもっと人間らしい、言ってしまえば子供っぽい欲望だって持っていることを、無意識に視界から遠ざけていたのかもしれない。
 その子供っぽい欲望が、ハロルドを他人に見せたくないほど独占したいということだったなら、こんなに嬉しくて、彼をこんなに可愛いと思わないことはない。
「サカキさん、もう一回しませんか?」
「え・・・」
「最後までしなくてもいいんですよぅ。もっと、イチャイチャしていたいんです」
 思わず固まったサカキに、ハロルドはぴしぱきと痛む腰を労わりつつも、覆いかぶさるように抱きしめた。
「えへへ。サカキさんがヤキモチしてくれたなんて、嬉しいなぁ」
「っ・・・次やったら、もっと酷いおしぉ・・・」
「はいっ!オシオキしてください!」
「・・・・・・」
 腕の中のサカキが、なぜか真っ赤になって、なにか言いたそうに唇が動いている。ハロルドは、そんなに照れなくたっていいじゃないかと思う。
「あ、でも、俺もサカキさんを悲しませないように、ちゃんと防御しますからね。安心してください」
「・・・ぜひ、そうしてくれ」
 まだ頬を赤くしているサカキは、結局、それだけを言った。
「サカキさん大好き!」
「そうか」
 じゃれながらキスをしていたら、サカキに腰を撫でられて、ひゃうんとか変な声が出たが、ハロルドはおおむね元気で、またひとつサカキの心に近づけことが、とても嬉しかった。



 数日後。
 プロンテラ中央大通り。

 数日かけて、やっと体の中からこわばりが取れたハロルドは、一人で露店を出していた。サカキは用事で出かけているが、ハロルドの頭の上にはたれたサカキが睨みをきかせている。
「ひっさしぶりー」
「いらっしゃーい」
 過日の野球拳で連行されて以来のユーインは、いつもどおりのにこやかな雰囲気で、ハロルドのところへやってきた。すこぶる機嫌もいいし、肌もツヤツヤしているので、昨夜もお楽しみだったのだろう。
 ハロルドは動けないせいで家事をサカキに任せてしまい、この数日いたたまれなかったというのに。
「なぁなぁ、サカキさんにあの薬効かなかったって言っといてくれよ」
「はぁ?」
 ユーインがいやに嬉しそうで、ハロルドは首をかしげる。ユーインがサカキから買う薬など、効いてもらわないと困る物ばかりだろうに・・・。
「精力減退剤飲んでも、ちゃんとクロムに反応する俺の体ってすげー!」
 キラキラと目を輝かせるユーインに、ハロルドはしばらく開いたままだった口から、やっとため息を搾り出した。
「・・・はぁ。サカキさんの薬が効かないわけないじゃん」
 ハロルドの思考がサカキ至上主義なのもやや問題だが、薬の効き目に関しては大体事実なのだからいいだろう。そういえば、ユーインに新薬の臨床試験してもらうと言っていた様な気がするが・・・だが、やはりサカキが作った薬が、何も効果がないというのはおかしい。
 自分を絶賛するポーズのまま固まっているユーインに、ハロルドは肩をすくめて見せた。
「最初から効かない薬飲まされたんじゃないの?」
「・・・まじで?」
 ぎぎぎぎ・・・と首をこちらに向けるユーインに、ハロルドは苦笑いを返した。
「サカキさんなら、本当に効き目があるやつだって作れるだろうし・・・。もう、悪戯は程々にしておいてよね」
「ちぇーっ」
 せっかくサカキの薬にも打ち勝てる精力だと思っていたのが白紙になり、ユーインは少し恥かしそうに強がっている。余程自分が不能になるのではないかと、ビクビクしたのだろう。
 ハロルドは、自分がオシオキされたことは、黙っていることにした。ベッドから自力で起き出すのも難儀するほど、サカキに激しく抱かれたことを告白する気にはなれない。だいたい、抱かれたことが嫌だったわけでもない。
(そんなことしゃべっちゃうの、もったいないよね)
 サカキの愛情も独占欲も、ぜんぶハロルドだけに向けられているのだ。その中でも数少ない発露を他人に漏らすなど、もったいなくてハロルドにはできなかった。
「なぁ、どっか遊びに行かない?」
「悪いけど、頼まれていた品を売らなきゃいけないんだ」
「そっか。じゃ、またな〜」
 ただ、お尻が痛いのは、今後もごめんこうむりたいと思う次第だ。サカキが処方してくれた軟膏はよく効いたが、狩りに出るのは、来週まで止めておきたいと、ハロルドはユーインに手を振りながら思っていた。