オーバーライト


 初めて上がらせてもらったサカキの部屋で、ハロルドは少し緊張した。しかしベッドに座ったら、もう目の前にいる人しか視界に入らない。
「先生・・・」
「お前な、いい加減『先生』はやめろ」
「なんでですか?」
「先生じゃ抱けない」
 たしかに、サカキのそのこだわりのせいで、ハロルドは一度振られたのだ。うーっと唸りながら、ハロルドはサカキのワイシャツがはだけられた首筋に頬を埋めた。
「じゃあ・・・サカキさん」
 名前は同じなのに、呼び方を変えただけで、なんでこんなに照れくさいのか・・・赤くなっている顔を見られたくない。
 それなのに、ハロルドの頭を撫でていたサカキの空気が、機嫌良さそうに柔らかくなる。
「そのほうがいい」
 耳元で低い声に囁かれ、背中をゆっくり撫で下ろされて、ハロルドは喉をそらせて甘い吐息を漏らした。
「は・・・サカキさぁ・・・」
「なんだ、これだけで感じるのか」
「だって・・・」
 こうしてサカキと抱き合っているだけで、ハロルドはぞくぞくと体の奥が疼く気がする。もう駄目だと諦めていた人に触れてもらえるだけで、ハロルドの全身はそのすべてを感じ取ろうと、過敏になっていく。
 これが夢や幻ではないと、ハロルドはサカキの体にしがみついた。
「サカキさん・・・サカキさん、もっと・・・」
 合わせてもらった唇に夢中で吸い付き、上手に絡み付いてくる舌に、性急なハロルドはなだめられる。
「はっ・・・ぁ、あっ・・・」
「可愛いな・・・」
 ふとサカキの表情が曇り、ハロルドはぎゅっと抱きしめられた。
「サカキさん・・・?」
「・・・ちょっと、待て。乱暴にしそうだ」
 ここまできて理性を働かせないで欲しいと、ハロルドは焦れた。すぐにでも服を脱ぎたいのに・・・。
「うぅ、なんでですかぁ」
「・・・他の奴にも、そんな顔をして見せたのかと思ったから。・・・すまん」
 それっていわゆる嫉妬ですか、とは賢明なハロルドは口にしなかった。この人は自分が振ったせいで、ハロルドが自棄になって体を売ってしまったことを、泣いて後悔したのだから。
「あの・・・自分で言うのもなんですが、そんな顔って、多分いまだけじゃないかと思います」
 こんなにサカキが好きなハロルドが、サカキ以外の男にサカキに向けるのと同じ顔をするわけがないではないか。だが、ハロルドがサカキ以外の人間に脚を開いたのもまた事実で・・・。
「俺、サカキさんに謝らないと・・・。ずっと、店にいるとき、この人がサカキさんだったらなって思いながら・・・シてたから・・・」
 店の客にもよく勘違いされたが、ハロルドは入れられないとイけないのではなく、サカキだと思い込まないと起たなかっただけだ。
「ごめんなさい」
「シてる時、俺のことを、考えて・・・?」
「はい・・・」
 恥かしくて申し訳なくて、サカキの背に回した腕に力をこめると、反対にベッドに押し倒された。
「サカキさん・・・」
「まがい物の俺を、全部書き換えてやる」
 前髪を撫で上げられてあらわになった額に、サカキの唇が触れた。
「奥まで、全部だ。いいな?」
「はい・・・」
 大好きな低いかすれ声にうっとりとしながら、ハロルドはTシャツが捲り上げられ、サカキの手が触れるのを感じた。唇や頬に触れていた柔らかな感触が、耳に触れたとたんに、温かく濡れた音を立てた。
「ぁ・・・アッ・・・!」
 髪に吐息がかかり、耳をぴちゃぴちゃと舐めていた舌が、ずっ、と奥まで入ってきた。
「やぁあ!・・・あぁっん!はぁ・・・っ、だめぇ・・・!」
 耳の中を舌で撫でられると、快感が腰にきて力が入らない。シーツに落ちたハロルドの手を、サカキの手が指を絡ませるように握って、ベッドに押さえつけた。
「ハロ・・・」
「ひぅっ・・・!」
 そんなに甘く囁かれたら、ハロルドの全部が骨抜きにされてしまう。
「はっは・・・ぁっ、サカキさん・・・サカキさん・・・!」
 両手を押さえつけられたまま、気持ちよさに身をよじるハロルドの首筋を、サカキの舌がゆっくりと下りてきては、また耳の方へ戻っていく。
「や、あ・・・っ!じら、さない・・・で・・・!」
 ジーンズの下は、もうきつくて仕方がないのだ。脚の間にいるサカキに、ハロルドは内腿を摺り寄せてねだった。
「欲しい・・・」
「せっかちだな。もっとハロルドを味わいたいのに」
 ちゅっと唇に触れると、ベルトが外され、やっとくつろげられた安堵と期待を裏切るように、サカキの手は半端に下ろされたファスナーの上や、まだジーンズに包まれた尻や太腿を撫でている。
「んっ・・・サカキさ・・・」
「なんだ?」
「ひやぁあ!」
 ハロルドは脱げかけのシャツから腕を抜こうとしていたが、ちろちろと舐められていた胸の先端を強く吸われ、思わず腰を浮かせた。
「あぁ・・・っ、だめぇ・・・!」
「ちゅ・・・何が駄目だ。こんなに尖らせて・・・」
 軽くセルフ拘束になってもがいているハロルドを助けようとはせず、サカキは下着越しにハロルドの強張りを、指で包むように撫でた。
「あぁっ!!」
「こっちも、硬いな」
「待って、サカキさ・・・っ!」
 ハロルドがじたばたとしている隙に、サカキは少しだけずらした下着から顔を出した先端を、ぱくりと咥え込んでしまった。
「んっ、ちゅぷ・・・」
「ひぁあああっ!」
 一番敏感なところを舐められて、ハロルドはシャツを破きそうな勢いで脱出すると、サカキの癖毛に包まれた頭に手を伸ばした。
「駄目です!すぐイっちゃ・・・ぅああっ!んっ!」
「ん・・・飲ませてくれてもいいだろ」
「そんな・・・」
 ハロルドも仕事で仕方なく飲んだことはあるが、あれは飲めるようなものではないと思う。サカキが飲んで欲しいと言ったら、喜んでする自信はあるが。
 だが、あの味を知ってしまうと、なかなか他の人に飲ませようという気にはなれない。
 本気で困った顔になったハロルドに、サカキは苦笑いを浮かべて、そのふさふさの頭を撫でた。
「わかった、わかった」
 ちゃんとハロルドの服を脱がしてくれると、サカキは自分のシャツも脱いだ。
 元々警官を目指していただけあって、リタイアしてもトレーニングを続けているのだろう上半身は、引き締まっている。だが、走ることを取り上げられた脚のひきつった傷跡には、ハロルドも胸が痛んだ。
「あの・・・無理な体勢とか、言ってくださいね」
「ああ。普通にするのは問題ない」
 ハロルドは優しいな、という呟きと一緒に、頬にキスされた。
 しばらく使っていなかったアナルに、潤滑剤と一緒にサカキの指が入ってきたが、多少の経験で力の抜き方を覚えたハロルドは、恥かしさに耐えるだけで乗り切った。
「んっ・・・は・・・ぁっ!」
 だが、思ってもみなかった痺れに、変な声を出してしまった。
「ここ、気持ちよかったか?」
 くいくいとサカキの指にいじられるたびに、ハロルドは顔が赤くなるのを自覚しながら、勝手に腰が動こうとするのを必死で我慢した。めちゃくちゃ、気持ちいい。
「はっ・・・あんっ!・・・だめ、です。そこ・・・ひっ!」
「だめじゃないだろ?こんなに締め付けてくるくせに」
 三本も指を咥えたハロルドの窄まりは、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てて、本当はもっと欲しいと訴えている。
「だ、め・・・なんです!・・・っ、イっちゃう・・・!」
「イくの嫌か?」
「はっ・・・まだ、サカキさん・・・」
 恥かしくて全部言えずにしがみついたのを、サカキはちゃんとわかってくれたようだ。指が抜けて行き、ぐっと脚を開かされる。
 ハロルドが素性も知らない客を相手にしながら、ずっと望んでいた瞬間だ。
「あっ・・・あぁっ!すごいっ、すごいぃ・・・っ!」
 狭い入り口を押し開き、柔らかく濡れた内襞を擦りながら、熱い塊が、ずぶずぶとハロルドの中に入ってくる。
「ほら、これが俺だぞ」
「はっはっ・・・ぁ・・・はぁっ!ぁう・・・んっ!」
 サカキがしてくれているという嬉しさと、しっかりと性感を捉えてくれる気持ちよさに、ハロルドは全身で快感をむさぼった。
「はぁん・・・あ、あぁ・・・」
「くっ・・・そんなに、締めるな・・・っ」
「だって・・・きもちいい・・・」
「まだ、全部入っていないだろ」
「ひんっ」
 耳元で囁かれて、また気持ちいいと思っていると、押さえつけられた体の中を、太い楔が奥まで突きこまれた。
「ひあああああぁっ!!」
 広げられた奥を撫でられると、苦しさよりも恥ずかしいほどの快感に襲われる。ハロルドの尻にぴったりとくっついた、サカキの腰が小刻みに揺れるたびに、中の硬くざらついたいいところが、ずるずると擦られた。
「こ、こすっちゃらめえぇ・・・っ!ひっちゃうぅぅっ!!」
「入れたばっかりなのに・・・。ハロルドの体は、いやらしいな」
「あぁっ!あっ!も、ぉ・・・っ!」
「・・・可愛いな、ハロ。・・・イっていいぞ」
 ハロルドの反り返った雄がサカキの手に包まれ、括れから先端を優しくもまれる。中と外の、優しくとも激しい快感に、ハロルドは泣きながら白い感覚を駆け上がった。
「ふあっあぁっ!サカキさ・・・あっ!ああああぁーっ!!!」
 ハロルドの雄はびゅくびゅくと勢いよく精液を吐き出し、自分の腹や胸に加え、サカキの手まで汚した。
「はーっ・・・はーっ・・・」
「ふ・・・っ、いっぱい出たな」
 ハロルドの真っ赤になった顔に、サカキは何度もキスをして、あふれた涙を吸い取った。欲情に濡れた琥珀色の目が、ハロルドを愛しげに見つめてくる。
「ごめ、なさ・・・はぁっ・・・先に・・・」
「かまわん。でも、次は、一緒にな」
 頭を撫でられ、ついばむようにキスをしてくれるサカキの手を、ハロルドは自分の口元に導いた。
「ハロ?」
「サカキさん・・・汚れちゃった・・・んっ」
 サカキの手についた自分の精液を、ハロルドは丹念に舐め取っていった。
「っ・・・そんな、舐めなくても・・・」
「やら・・・はふ・・・ちゅぷ・・・」
 デートの前に後ろはちゃんと洗ったが、潤滑剤まじりの自分の精液は、やっぱり不味い。でも、サカキの手が汚れたままなのも嫌だ。
「俺には飲ませないくせに・・・」
「う・・・」
「今度するときは飲ませろ」
「・・・はい」
 きっちり約束させると、サカキはハロルドの膝を少し押さえ、腰を浮かせた。ハロルドの体がずり上がらないように注意しながら、一番楽に性感帯に当たる角度を探る。
「んっ・・・すご、ぃ・・・」
 一度果てたはずなのに、こりこりと中を擦られると、すぐに気持ちよさがやってきて、ハロルドは我慢できずに腰をくねらせた。
「はあぁ・・・ん、サカキさんのぉ・・・気持ちいい・・・っ!とけちゃうぅ!あぁっ!はあぁっ!!」
 ハロルドはサカキに導かれるまま脚を広げ、その中心はじゅぷじゅぷと音を立ててサカキを咥え込んでいる。再び反り返ったハロルドの雄は、自分の精液にまみれたまま、新たな快楽の雫をあふれ出させていた。
「はぁっ・・・すごい、きつくて・・・ハロルドの中は、気持ちがいいな」
「ぁ・・・は、ふ・・・ほんと・・・?」
 褒めてもらって、ハロルドの中がきゅんと締まる。それに呻いたサカキが、ハロルドの奥まで満たしたまま、少しかすれた甘い声で囁いた。
「ハロ、中に出すぞ?」
「うん・・・うんっ!欲しい・・・っ、サカキさんの、中に・・・!あっ!あぁっ!!」
 きちんとサカキの形と大きさを上書きして覚えこんだハロルドは、勝手に締め付ける内側が性感をサカキの楔に擦りつけ、ごつごつと突き上げてくる先端に、もっと欲しいと吸いついた。
「イイッ!サカキさんの・・・サカキさんの、俺のなか・・・出して!また・・・また、イっ・・・ぅあああああっ!!」
「くっ・・・」
 ハロルドは激しく擦っていくサカキの楔にすがりつきながら、もう一度視界がちらつくほどの絶頂を味わった。ぎっちりと締め付けたハロルドの腹の中に、熱いものが叩きつけられるような勢いで満たされていく。
「あ・・・あぁ・・・っ」
「はぁっ・・・ハロ、これが、わかるな?」
「サカキさんのぉ・・・」
 サカキに優しく撫でられながら微笑みかけられて、ハロルドは蕩けた笑顔で、絞り上げるように溢さないように締め付けた。
「ハロ・・・愛してる」
 優しい口付けをしてくれた客は、ピンク色の長い髪をした人だけだった。
「俺、も・・・愛してます」
 同じキスをしてくれる人に、ハロルドは体の記憶を書き換えられた。
 サカキにしがみついたハロルドの先端から、押し出されるように、白い雫が糸を引いて、腹に落ちた。