鬼の紐パン騒動記


 イベントで本人がいいと言ってはいるが、恋人が物を投げつけられる役というのは、レヴィーの口をとがらせた。
「そんな顔するなよ。優しいな、レヴィーは」
「べ、べつになんも言ってないだろ!」
 表情で丸分かりなので何も言っていなくて当たり前なのだが、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるコラーゼの腕をほどこうと、レヴィーは大きな声を上げながらじたばたと暴れた。
「鬼の役は一人だけじゃないし、豆を投げるのはノエルたんだし。なにも危なくはないけど・・・」
 ノエルというのは、コラーゼが所属しているギルドのマスター宅に住んでいる、記憶喪失の少年だ。とても純真で、まるで天使のようだと、コラーゼのギルドでみんなに可愛がられているらしい。
「でも、レヴィーが嫌なら、キャンセルす・・・」
「そんなこと言ってねぇーッ!!か、勝手にやればいいだろっ!!そっちのギルドのことにまで、なんか言うつもりねーしっ!!」
 コラーゼはにこにこ微笑んでいるのに、レヴィーは一人で顔が熱くなって、自分の部屋に逃げ込んだ。
 拗ねることなど何もないはずだが、鬼役を嫌がらずに豆をぶつけられることも、それをレヴィーがどう思うかも気にしないで了承したかのようなコラーゼに対し、なにやらもやもやとしたものが胸から頭に上ってくる。うまく言葉にならない。
 だから、レヴィーが所属するギルドでも豆まき大会をするといった時、反射的に鬼役へ立候補したのは、負けず嫌いからだと自分に言い聞かせた。

 レヴィーの部屋は、二階の東側にある。隣の南西側に寝室があり、北側の部屋は客室になっている。ちなみに、コラーゼの書斎は、書庫と並んで一階だ。蔵書が重すぎて、床板と一階の天井をぶち抜いてしまわないか、それだけが心配だったからだ。
 ギルドの溜まり場から帰ってきて、レヴィーは渡された紙袋を抱えたまま、言いようのない不快感に唇を曲げていた。勢いで鬼役を買って出たはいいが、どうしてもやりたくて立候補したわけではない。・・・まぁ、レヴィーが真っ先に手を挙げたおかげで、その後も続いて何人かが手を挙げ、あっさりと鬼役が決まり、サブマスターのクロムがホッとした表情をしていたのは、レヴィーにとって嬉しい結果だったが。
「鬼の衣装まで用意しているって、あいつ確信犯だよな」
 あいつ、とは、ギルドマスターのユーインのことだが、レヴィーが鬼役に立候補するとはユーインも予想していなかったはずで、これはほぼ言いがかりだろう。レヴィーは抱えていた紙袋に視線を落とし、ため息をついた。
「しゃーない。着てみるか」
 サイズなど不都合があったら、イベント前に調整せねばならず、鬼役はみんな、それぞれの衣装を一度持ち帰らされたのだ。
 レヴィーの部屋は、ほとんど作業場と言っていいかもしれない。家具らしい家具は、小物や予備の職服などがしまわれているクローゼットのほかに、姿見と、ファルコン用の止まり木と、弓の手入れに使う作業台と腰かけしかない。壁に数張の弓が飾られている以外は、ハンターギルドがフェイヨンからフィゲルに移転したのを記念して造られた、世界で十張しかない限定モデルコンポジットボウのポスターが一枚あるだけだ。
 作業台の上に紙袋の中身をひっくり返して、レヴィーは不審さにぎゅっと眉間にしわを寄せて、首をかしげた。
「あれ?」
 手に持ったままの紙袋の中を確認してみたが、やはり、もう何も入っていない。
「え、うそ。こんだけか!?」
 作業台に散らばったのは、シャープヘッドギアと、ジャストフィットサイズに見える虎皮模様のパンツ。以上。
「うっそだろ!?勘弁しろよ!!」
 がさがさと空の紙袋を振ってみるが、もう何も出てこない。この寒い時期にパンツ一丁で逃げ回れとは酷な話だ。しかし、暖かい室内なら・・・いやいや、だからってなぜにパンツ一丁にならねばならない。
 ユーインに文句を言ってやろうと思ったが、他のメンバーも同じ衣装で、レヴィーだけ嫌がるのも格好悪い。
「・・・とりあえず、はいてみるか」
 ユーインにバカにされるかと思うと腹立たしく、レヴィーは意を決して上着を脱いだ。虎皮模様のパンツは、コラーゼと龍之城に行ったときに拾ったが、まさか自分がはくことになるとは思ってもみなかった。毛皮はもさもさとして暖かそうだが、デザインがどうにも問題だ。腰の左右で結ぶ紐パンなのである。
「・・・・・・っ〜〜〜〜〜!!!」
 姿見に映った自分を見て、レヴィーは激しく後悔した。青い髪に白いシャープヘッドギア。冒険者らしく鍛えられた肉体は引き締まっていたが、その羞恥に染まる肌を隠す物は、スナイパーの職服ではなく、わずかな毛皮のみ。どこからどう見ても、紐パン一丁の青少年である。
 ありえない。こんな姿でギルドメンバーの前に出るなど、ありえない。
「レヴィー?帰っているのか?」
「ぎゃあああああっ!?こ、こらーぜ・・・ッ!?ま、まっまっ・・・!!」
 コンコンというノックの後を止める間もなく、レヴィーの部屋のドアが開き、コラーゼがひょっこり顔を覗かせた。
「レヴィー・・・・・・!?」
「わーああああっ!!言うな!言うな!!なんにも言うな!!説明するから、なんッも言うな!!」
 ドアを開けたままの格好で固まっていたコラーゼは、ひとつ大きく深呼吸をし、自分をレヴィーの部屋に入れてドアを閉めた。
「なんで入ってくんだよ!?」
「説明を受けていない」
「ぅ・・・」
 レヴィーは顔を赤くしたまま、どこから説明するべきなのかパニックになったが、コラーゼはスナイパーの上着をかけてくれながら、何やら笑顔で抱きしめてくる。
「で?」
「ぎ、ギルドの豆まきだよ!コラーゼんとこと同じだ!!」
「・・・うちはそこまで脱がないけど」
「文句ならユーインに言えよ!」
「そうか」
 受け答えはあっさりしているのに、レヴィーの体をしっかりと捕まえたコラーゼの腕は少しも緩まない。
「・・・放せよ」
「断る。・・・なんだ、俺のためにその格好になってくれたんじゃないのか・・・」
「はぁ!?」
 見上げれば、コラーゼは不満気な顔に、仕方なさそうな微笑を浮かべた。
「まぁいいか」
「なにがいいんだ、なにが・・・」
 コラーゼの指先にひょいと顎をとられ、レヴィーは言葉を続ける代わりに、ちゅっと唇を吸われた。
「こんな恰好した鬼を、外に出すわけにはいかないなぁ」
「試着しただけで、すぐに着替える!出てけってば!」
「い、や、だ」
 珍しくごねるコラーゼに、レヴィーはくるりと体を反転させられ、壁にかかった姿見に向き合わされた。
「ぎゃあああああっ!!」
「自分でびっくりするなよ」
「そうじゃねぇ!恥ずかしいんだよ!!」
「好都合だ」
「は?」
 コラーゼの片足がレヴィーの脚の間へ引掻けるように入り、バランスを崩したレヴィーは、慌てて姿見の左右に両手をついた。肩にかかっていた上着は床に落ち、シャープヘッドギアと虎縞の紐パン以外は肌をさらしたままのレヴィーが、鏡の中から見返してきた。
 そして、鏡の中のレヴィーの背後からは、振袖がついた腕が伸びていて、鏡の中のレヴィーの体を優しく撫でている。
「おい・・・っ!」
「まさか、本当にこの格好で豆まきの鬼をやるわけじゃないだろ?こういうことされるのに」
 耳元でしゃべられてぞくぞくしたが、レヴィーは精一杯虚勢を張った。
「こんなことすんのはコラーゼだけだっ!」
「うん、俺とだけにしてくれ」
 微妙に変換したコラーゼの唇がレヴィーの首筋に吸い付き、少し強めに舌が滑っていく。無防備にさらされた胸は両側から乳首をつままれ、悲鳴をこらえて体をこわばらせた。
「っ・・・は、なせ、よっ・・・!」
「やだね」
「んっ・・・」
 低くささやかれて耳を甘噛みされると、背中が粟立つような感じがして、レヴィーはコラーゼから顔をそむけた。
「見ろよ、レヴィー」
 こつこつと姿見をコラーゼの指先が叩き、レヴィーは背後からコラーゼに密着されている自分の姿を見た。快楽に誘われた緩やかな熱と、背中を包むぬくもりと、自分の中を刺す小さな電撃のような羞恥。それらが混ぜ合わさった肌色が、鏡の中いっぱいに映っていた。
 コラーゼの指先が、虎皮模様のパンツの紐を片方ほどき、その毛皮ごと、レヴィーのペニスが握りこまれた。
「あぁっ!」
「鬼の金棒は、ちゃんと硬くなっているみたいだな?」
「この・・・変態ッ!さわんなっ!」
 ゆるゆるとしごいていた手が止まり、鏡越しに、コラーゼの灰色の目が細められた。
「じゃあ、こっちだけでいいな?」
「ひっ・・・」
 半分あらわになった尻を撫でられ、狭い窄まりに唾液でぬれた指先が押し入ってきた。レヴィーは壁に突っ張った両腕に力を込めたが、脚の間にコラーゼがいるせいで動けず、ゆっくりと広げられる指の動きに逆らわないように息を吐いた。
「はっ・・・んっ・・・」
「可愛いな、レヴィー。ほら、見てみなよ。いつもこんな顔しているんだよ?」
「っ・・・!?」
 苦痛と快感をこらえて、いつもの鋭さのない自分の顔が情けなく見えて、レヴィーは首を振りながら鏡から視線をそむけた。
 すると、背中にあったぬくもりがふいと消え、背骨の一番下のあたりに、ぴちゃりと温かい舌が当たった。
「ひやぁああああっ!?」
 思わず体が跳ねたが、レヴィーのあそこはコラーゼの指を咥え込んでおり、その急な動きに中の硬いところが当たった。まだ柔らかく解れてはいないが、いつもの気持ちよさを求めて、レヴィーの声は甘いものになっていく。
「ひぁぅ!そ、こ・・・はっ、ぁああっ!こ、らーぜぇ・・・っ!」
 コラーゼの舌は、背骨の一番下のくぼみから、尾てい骨の先、腰骨からパンツが半端に脱げた尻を、丹念に舐めていた。レヴィーの腰回りが弱いことを知っていて、時々音を立てるように吸い付いて、熱い吐息を吐きかけながら、たっぷりと愛撫していく。唾液が尻の谷間を伝って、コラーゼの指がうごめいているレヴィーの恥ずかしい窄まりの肉襞へ吸い込まれていくのが感じられ、レヴィーは半泣きで降参した。
「あっ・・・はぁっ、たのむから・・・入れろ、よ・・・はやく・・・!あ・・・はっ、ぁあああああっ・・・!」
「はあっ・・・あったかいな、レヴィーの中・・・。きつくて・・・でも、溶けそうだ」
 ずぶずぶと入ってくる硬い肉棒の感触に、レヴィーは痛くないように腰を上げ、力が抜けそうな上半身を姿見に押し付けた。鏡はレヴィーの吐く息に白く曇ったが、上気した頬も、うるんだ目や舌を出して喘ぐ唇も、間近で見える。
(俺・・・こんな顔で・・・)
「俺以外の前でこんな格好しようとする鬼は、ちゃんとお仕置きしないとな」
「な、に・・・言っ・・・ひぁあああっ!ああっ!」
 コラーゼにしっかりとつかまれた腰の奥へ、硬いモノがリズミカルに打ち付けられる。そのたびに、レヴィーは甘い悲鳴を上げながら、感じている自分の顔を見せつけられた。
 擦られるあそこが気持ち良くて、キュンキュン締め付けて、それで感じている自分の顔を見て、また恥ずかしくてコラーゼを締め付けて・・・。
「も・・・やだぁ、はずかし・・・っ!」
「でも、気持ちいいな?ほら」
「あぁっ!」
 コラーゼに握られたそこは、かちかちになって上を向いていたが、先端に紐付きパンツをひっかけたまま、先走りをこぼしていた。コラーゼに毛皮ごと擦られるそれも、少し視線を下げれば、しっかりと鏡越しに見える。
「あっあぁっ!やだ・・・っ、でるっ・・・!はっ・・・やだっ、ぅあ、はっ・・・ぃくぅううっ!!」
 コラーゼの肉棒にごりごりと性感帯を擦られ、前を扱かれる快感に腰を振りながら、レヴィーは鏡の中の自分が気持ちよさそうな顔でイくところを眺めた。
「んっ・・・!」
「ふ、ぁあああ・・・!」
 絶頂にぎゅぅっと締め付けたレヴィーの中が、コラーゼを奥まで飲み込み、どぷどぷと熱い精液で満たされるのを感じた。
「ぁ・・・あぁ、こらー、ぜぇ・・・!」
「レヴィー・・・レヴィー、っはぁ・・・気持ちいい・・・」
 尻から硬いままのコラーゼがずるりと抜けていき、支えのひとつがなくなったレヴィーは、鏡に縋り付きながら、へなへなと座り込んでしまった。あまり時間をかけずに開かされたあそこから、中に出された物が伝い出てくるような気がして身震いする。
「はっ・・・はぁ・・・」
 頬を付けた鏡はひんやりと冷たかったが、快感と気怠さに蕩けた自分の顔を間近に見て、自分の意思とは関係なしに腰の奥が甘く痺れた。
「どうした?自分の恥ずかしい恰好で、また欲情した?」
「このっ・・・エロコラーゼッ!!」
 涙目でののしるレヴィーを、コラーゼは笑顔で抱きしめてくる。
「ちょっと寒いね。ベッドに行こう」
 たくさんの優しいキスに撃ち当てられ、レヴィーは自分の姿を鏡で見ないようにコラーゼに抱き着いて、キツネの襟巻に顔をうずめた。自分だけが裸で恥ずかしい恰好を見せつけられるより、二人ともが裸になって、ベッドで涸れるまで喘がされる方がましだと思った。


 後日、レヴィーはどっちになんて言おうかさんざん悩んだ挙句、クロムを溜まり場の隅に呼び出した。
「あの・・・悪いんですけど、さすがにこのデザインだとコラーゼが許してくれなくて・・・。何とかなりませんか?」
「え、デザイン?」
 クロムがきょとんとしたので、鬼の衣装について知らされていないのかもしれない。レヴィーは戸惑いながらも、ちゃんと洗濯した衣装を入れた紙袋の口を開いて見せた。
「・・・あれ、えぇ?なんだこれ!?みんなに配ったのは、虎縞のハーフパンと紙のお面のはずだけど?」
「シャープと・・・紐パン、でしたけど?」
 クロムのびっくりした表情が、何かを思い出したらしく、はっとあらたまった。
「ちょっと待っててくれ」
 アークビショップの法衣を翻して、クロムは溜まり場である酒場の階段を駆け上がっていき、すぐに紙袋をつかんで戻ってきた。
「こっちだ!確認して!」
「はぁ・・・」
 がさがさとレヴィーが紙袋の中を確認してみると、たしかに虎縞の大きなハーフパンツと、紙製の鬼のお面が入っていた。
「ごめんね。職服の上から来てくれればいいから」
「わかりました」
 レヴィーはほっと胸をなでおろして新しい紙袋を抱えたが、クロムはレヴィーが持ってきた方の紙袋をぐしゃりとにぎりしめ、笑顔が怖い。
「ユーインには、きつーく言っておくから」
「あ、はぁ・・・スミマセン」
「いや、こちらこそ、変なもの渡して悪かった。コラーゼさんにも、気分を悪くされただろうし、申し訳なかったと伝えてもらえるかな」
「はぁ、わかりました」
 紐パン姿のレヴィーを見て、コラーゼは気分が悪くなったのか良くなったのか、そこは微妙だと密かに赤面したが、とりあえず礼儀としてクロムにはうなずいておいた。結局、あれは手違いでレヴィーに配られたものだったようで、本番に着なくていいのは非常に安堵するところだ。
(なんであんなのが混ざってたんだ?)
 疑問には思うが、レヴィーには答えが考え付かなかった。
 豆まき大会当日、レヴィーはほかの鬼役のギルメンたちと、飛んでくる豆を避けながら走り回った。おまけと言ってはなんだが、『邪気』『煩悩』という張り紙をされ、服の上から無理やり虎縞の紐パンをつけ、さらに足枷をはめられたユーインが、主にクロムから豆をぶつけられていた。ただ、あの恥ずかしい衣装がクロム用だったとは、レヴィーをはじめ、ギルメンに知れることはなかったが。
「鬼役も結構楽しいな」
「そうだな」
 歳の数だけ炒り豆を食べながら、レヴィーはコラーゼとともに、穏やかな立春をむかえるのだった。