おにはー、そと!


 節分は、アマツの祝い事のひとつである。
 暦が違うルーンミッドガッツ王国ではあまり有名ではないが、季節の変わり目に邪気を払うために豆をまくというのは、なんだか不思議だし楽しそうだと、ノエルはオーランに微笑んだ。
「どうして炒ったお豆なの?」
「いくつか説があるよ。投げやすかったからとか、不幸が来ないようにまいて捨てたのに芽が出ては困るからとか、ね」
「ふ〜ん」
 ノエルの前には、炒り豆が入った、四角い木の入れ物がある。アマツのお酒を飲む器のひとつで、マスというらしい。
「古い季節の邪気に見立てた鬼を追い払って、次の日に新しい季節を迎えるのが、節分なんだよ。正式には一年に四回あるけど、冬から春に変わるこの日を、特別に祝うようになったそうだ」
「お花が咲いているのに鬼がきたら困るもんね」
 ノエルは春に綺麗な色彩であふれる花壇を荒らす悪いやつを想像したのだが、オーランはなにやらツボにはまったようで、顔を覆ってクスクスと笑いをこらえている。
「そうだな。金棒を持って暴れている鬼がいたら、ノエルが豆を投げてやっつけてくれ」
「うん!」
 ノエルが気合十分にマスを抱え込むと、玄関のドアが開き、どやどやと人が入ってくる気配がした。誰かと思ってダイニングから顔を出すと、オーランの家に侵入してきた集団の先頭に、怖いパンダのお面をしたブラックスミスがいて、ノエルはあんぐりと口を開けた。
「がおーっ!!」
「鬼だぞー!!」
「人間を困らせてやるぞー!」
 シャープヘッドギアとフルングニルの魔眼を装備したチェイサーや、同じくシャープとサイクロプスアイを装備したプロフェッサーも怖いが、悪鬼の仮面を装備してとげとげのクラブを振り上げるプリーストもなかなかだ。
「悪い子はいねぇがぁあああ!?」
「ウラさん、それ行事が違うから」
 カブキマスクのハイプリーストが、インキュバスの角とモザイクを装備したハイウィザードに突っ込まれている。
 みんな聞いたことのある声で、ノエルはくすくす笑い出した。オーランのギルドの人たちだ。
「おやおや、家の中に鬼が入ってきてしまった。ノエル、豆をまいて追い払ってくれ」
「はーい!」
 オーランにそっと背を押され、ノエルは豆をぎゅっと握り、鬼たちめがけてばらばらと投げつけた。
「おにはー、そと!ふくはー、うち!」
「ぎゃああ、まめだぁ!」
「いたいよぉ!逃げろ〜!」
 鬼に扮した「レゾナンス」のメンバーは、豆を投げつけられながらノエルに追いかけ回され、リビングの一角に集まって、へこへこと縮こまってしまった。
「ひぃいい、おたすけ〜」
「悪いことしないから許して〜」
「悪い鬼は、オーランの家に入ってきちゃダメなんだからね!!」
「「「「「「へへ〜っ!」」」」」」
 ひれ伏した鬼たちを前に、ノエルは鼻息荒く勝利宣言をしようとしたが、オーランの悲鳴にぱっと振り向いた。
「ぎゃああっ!なんつー格好しているんですかっ!!」
「ふはははははっ!真打登場ッ!!」
 鍛え上げられたムッキムキの体、浅黒い肌、金色の髪、真っ赤な鬼神の仮面、虎皮模様のパンツ、クラブよりもとげとげの多いスパイクを振り上げた・・・ラダファム以外の何者でもない。しかしながら、この季節にパンツ一丁は寒くないのだろうか。
「てめぇら、だらしねぇぞ!」
「「「「「「お、おかしら〜っ!」」」」」」
 どうやらラダファムが、この鬼たちの親玉という設定らしい。ブラックスミスとハイウィザードが、軟弱な鬼らしく、よよよとその足元に駆け寄った。
「だって、ノエルたんが可愛いんだもん!」
「俺たちの天使に凄むなんてできません!」
「こらぁっ!鬼の本分は怖がらせることだろうがッ!!」
 鬼神の仮面をかぶったラダファムが、ぶんぶんとスパイクを振り回すたびに、綺麗についた全身の筋肉がモリモリと動く。
「つか、鬼の格好似合いすぎだよね、ファムたん」
 プリーストの冷静な感想に、思わずノエルも、みんなと一緒にうなずいてしまった。しかし、いくら中(パンツ一丁だが)の人がラダファムでも、オーランを困らせる悪い鬼は退治しなくてはいけない。
 ノエルはマスを抱え直し、ぐっと豆を握って、投げつけた。
「おにはー、そと!ふくはー、うち!」
「むぅ?ふははははっ、そんな攻撃じゃ俺は負けないぞ〜!」
「ぇ、ええぇーっ・・・」
 たしかにノエルの投げた威力では、豆はラダファムの鎧のような筋肉にはじかれてしまい、あんまり痛そうではない。しかも、マスの中を探った指先には、もう豆がほとんどなかった。
「今度はこっちから行くぞ!うおおおっ!」
「ふぇっ!?わぁあああっ!」
 どしんどしんと足を踏み鳴らし、スパイクをぶぅんぶぅんと振り回しながら、ラダファム鬼はノエルを追いかけてくる。ノエルはマスを抱えたまま逃げるが、投げる豆がないのでは困ってしまう。
「オーラーン・・・!」
「よし、豆を追加してあげよう」
 半泣きになったノエルに、オーランはマスに追加の豆を入れ、さらに、丸くない大粒の豆も入れてくれた。
「この大きいのは?」
「カカオの豆だよ。『チョコにしてあげない』って言ってごらん。きっと効果あると思うよ」
「うん」
 補給を終え、再出撃をしたノエルの前に、相変わらず立ちふさがるラダファム鬼。
「ふははははっ、何度来ようと同じ事!」
 オーランに豆を追加してもらう間、待ってくれていたラダファム鬼だが、ノエルが新兵器「カカオ豆」を装填したことは知らないようだ。ノエルは炒り豆と一緒に、一粒がやっと手のひらに収まる大きなカカオ豆も投げつけた。
「おにはー、そと!チョコにしてあげないよ!」
「ぅお、いてっ。なんだ、なんだ?」
 なにやらエッジのある大きな物が飛んできて、さすがにラダファム鬼も驚いたようだ。
「おにはー、そと!ふくはー、うち!チョコにしてあげないよ!!」
「んな・・・カカオ豆か!?ちょ、待て。チョコは欲しい!チョコをくれーっ!」
「え、あれ?あれっ!?」
 豆を投げれば鬼は退散するはずなのだが、どうしたことか、ラダファム鬼は突進してくるではないか。
「チョコをくれーっ!」
「いやーっ!おにはー、そと!!おにはー、そとっ!!」
 ノエルは必死で豆を投げつけるが、ラダファム鬼の突進は止まらない。しかし、床に転がった炒り豆が、ラダファム鬼の素足の下で転がった。
「うおっ!?」
 ずったーんとすごい音を立てて、ラダファム鬼は仰向けにすっ転んだ。
「わぁ、ファムた・・・じゃない、おかしら、大丈夫ですか?」
「なんかすごい音がしたぞ。頭打ったか?」
「いや、普通に筋肉の重さだろう・・・」
 プロフェッサーやプリーストの鬼たちが、心配そうに近寄ってきた。ノエルもラダファムが怪我をしていないかと心配になったが、赤い顔のラダファム鬼は、すぐにむくっと起き上がった。
「おぅ、びっくりした。いてて・・・ノエル、チョコーっ!!」
「うひゃあ!?」
 今までと変わらない勢いでラダファム鬼は立ち上がったが、ビリビリッという嫌な音も聞こえた。
「ぁ・・・」
「あ?あれ?」
 するりんぱたりと床に落ちたのは、虎皮模様のパンツ・・・だった物。どうやら、起き上がるときに、何かに引っ掛かったらしい。
「わおっ!生!素ででけぇ!」
 嬉しそうな声を上げたのはチェイサー鬼だったが、顔を赤くしたノエルからマスを取り上げたオーランの方が、よほど怖い顔になっていた。
「鬼はー、外!!鬼はー、外っ!!」
「うわ、いてぇ、いてえっ!やめろ、高Dex!!」
 逃げ回る逞しい背中に、オーランは思いっきりすべての豆をヒットさせて追いかけた。
「公序良俗に反するものを大公開する鬼はー、外っ!!」
「まてまてまてっ!この格好で外に出たら、間違いなく捕まるわ!!」
 どたばたと股間を隠しながら逃げ回る鬼と、その鬼に豆を投げつけるオーランを眺めながら、ノエルはサイクロプスアイのプロフェッサー鬼の振袖をひっぱった。
「ねぇねぇ、『ふくはー、うち』っていうけど、服は着るものだよね?」
「え・・・あー、うん。そうだね・・・」
 苦笑いを浮かべて指先で頬をかくプロフェッサー鬼に、ふくはふくでも、着る服ではなく、良いことを表す福だと教えてもらい、ノエルはやっと『ふくはー、うち』に納得した。
 そして、「おに〜のパンツは、いいパンツ〜♪」という歌もハイプリースト鬼から教えてもらい、しばらく気に入って歌っていたが、どうしていいパンツなはずの、ラダファム鬼のパンツは破けてしまったのだろうかと、またノエルの素朴な疑問は増えてしまった。
「ねぇ、オーラン」
「なんだい?」
 そんなノエルの疑問を聞かされ、今日もオーランは額に手を当てていた。

 綺麗な花がたくさん咲く暖かい春は、もうすぐそこまで来ているようだ。