夏の腹を満たせ!!


 ところどころに岩場があるものの、なだらかに続く浜辺に、そっと夕闇が降りてくる。
 昼間と深夜の干潮に潮干狩りをする人影はあるものの、ちょうど潮が満ちてくるこの時間は、多くの冒険者がキャンプに引き上げていく。
 その人波とは反対に、なにやら大荷物を持った人間たちが、殺風景になった浜辺に集まり始めた。波に洗われる砂浜を避け、しっかりした地面を選んでは、石を積み上げ始める。
「ねぇー、かまどの向きこっちでいいの〜?」
「大丈夫ですよ。もう少し厚みを作って詰んでください」
「ここ、材料置き場ね!つまみ食いすんじゃないわよ!」
「薪はまだかー?」
「薪ここー!ジュースもとうちゃーく!!」
「飲み物はそっちの樽で冷やしてください。出来れば、アルコールとそうでないものを分けるように」
 どうやらバーベキューを始めるようだ。ぞくぞくと集まる荷物を捌き、てきぱきと人手を振り分けているのは、金髪を額が出るほど短く刈ったソーサラーの男、ヴェルサス。
 鉄板や網を乗せたかまどが、五つも六つも作られ、次々とファイヤーボルトで火が付けられていく。
「こんばんはー」
 すでに三十名以上が集まっているバーベキュー会場に、さらに別の一団が加わった。赤毛のハイウィザードを先頭にした彼らは、全員「ElDorado」のエンブレムをつけている。
「ばんわーっす!」
「荷物こっちへどうぞ〜!」
 迎える人間たちは、「Blader」やら「プロメテウス」などのエンブレムをつけている。
「お招きいただきありがとうございます。これどうぞ」
「これはこれは・・・そんなに気を使わないでください。どうぞ、楽しんでいって下さいね。マスターもそのうち着ますから」
 苦労性なサブマスのクロムがヴェルサスに差し出したのは、メンバーたちで運んできた酒やら肉やらスイカやらで、歓声が上がる。
「あ、帰って来た!」
「おかえり〜!」
 大勢の人間が手を振るなか、「ElDorado」のメンバーの多くが、急いで自分たちのギルマスとサブマスの背に隠れようとした。
「よう、待たせたな」
 遅れて浜辺にやってきたのは、「Blader」のマスターであるクラスターと、以下数名。
「こんばんは・・・なに持ってるんだ?」
 メンバーは恐れても、マスターのユーインは彼を恐れない。ユーインが首をかしげて見たのは、クラスターが騎竜に頑丈そうな網をくくりつけ、引き摺っている物だ。
「ダンジョンの地下に生えているのを取ってきた」
「蛸足かよ!!」
 「ElDorado」のメンバーたちが、ひぃっと縮み上がったのも無理はない。切り取られた巨大な蛸足は、網の中でぐねぐねびちびちと、大変活きが良い。
「それ、勝手に獲ってきていいのか?」
「食神もすぐに生えるようなこと言ってたし、いいんじゃねぇか?」
 マラソンしている人たちが、蛸足の切り株を見て仰天している様子が想像できたが、ユーインは黙っておいた。
「他にも獲ってきたんだぜ〜!」
 ウォーロックの青年が元気に振り回す網の中には、巨大なサザエやハマグリが入っているようだが、ダンジョンにはそれに似た姿のモンスターがいたような気がする。
 アークビショップとギロチンクロスが、赤い物が入った網の両端を持って引き摺っているが、彼らはその中身を「ロブスター」だと言って譲らない。しかし、人間より大きなロブスターがいたかどうかは・・・。
「はぁ〜、よっこいしょっと。誰か捌いて〜」
 もっと気色悪いのは、レンジャーのウォーグや修羅が担いできた、明らかにマルスじゃないイカっぽい形のなにか。
「それ食べられるのか!?」
「スベスベマンジュウガニは入っていないから安心しろ。俺だって毒入り鉄砲汁事件なんて見出しで新聞に載りたかねぇ」
「そういう問題かよ・・・」
 毒さえ入っていなければ、生きている姿がどうであれ、料理さえすれば何でも食べられるらしいルーンナイトに、ユーインは呆れてそれ以上言葉が出てこなかった。
 鉄板で肉が、網の上では魚貝が焼かれ、美味そうな匂いが立ちはじめる。酒やジュースの入ったコップが行き渡り、濃紺の空には星が輝き始めた。
 パンパンッと手が叩かれる音に、それまで賑やかだった戦闘狂たちが、一瞬で静まり返る。驚いてユーインたちも口をつぐめば、手を叩いたらしいヴェルサスがコップを持ち、その隣で仁王立ちになったクラスターが、ニヤニヤと笑いながら缶ビールを掲げた。
「納涼会を始める!今年は「ElDorado」も来てくれたことだし、各自交友を広めるなり、Pvの約束を取り付けるなり、勝手にしろ!乾杯!!」
「カンパーイ!!」
 朗々たるマスターの音頭にあわせ、紙コップや缶ビールの林が突き上がった。
 潮を含んだ夜風が時折煙を巻き上げたが、意外とつぼ焼きもイカ焼きもたこ焼きも好評で、普通の食材はもとより、奇妙な食材も、焼き上がると次々なくなっていく。
 よく冷えたスイカを割り、アイス片手に花火を振り回し、サイトやルアフで明かりを灯しながら、波打ち際で海水を蹴り上げる。
 「Blader」の人間は、ひとたび武器を手にすれば、それがモンスターはもとより、人間にも向く危険な連中であったが、そうでない限りは普通の冒険者だ。ごく普通の冒険者の集まりである「ElDorado」のメンバーも、徐々に馴染んでいるように見受けられる。
 クラスターに飲まされすぎて地べたに転がったユーインのそばに座り、クロムは美味そうにマステラ酒を喉に滑らせた。ワクなクロムは、すでにユーインの倍ほどの量を飲んでいる。
「大丈夫か、ユーイン?」
「うぅ〜、クラスターの奴ぅ〜・・・」
 氷で顔や体を冷やしているが、ユーインはかはぁっと酒臭い息を吐いた。
 「Blader」とはGvがきっかけで知り合い、同じく勝算の低い「アルカ」との戦いにも力を借りた。対等というには、あまりにも力量に差がある。それでも同盟や敵対など関係なく、こうして遊べるのは不思議なことだ。
「はいはーい、たこ焼きラストですわよ〜。一皿いかがかしら?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
 見事な肢体をコモドバカンスセットに包んだ彼女は、たしかロイヤルガードだったはずだ。
「ユーイン、喰えるか?」
「うえぇ・・・無理ぃ・・・」
「なんだよ、だらしない」
 動けないユーインとたこ焼きを頬張るクロムの遣り取りをクスクス笑いながら、ビキニ姿の聖騎士は次の集団に皿を届けに行った。
 彼女が歩いて行った、端から二番目のかまどの辺りでは、後衛職限定腕相撲大会の決勝戦をやっており、その向こうでは、ミンストレルの演奏にあわせて、ワンダラーやジプシーが素晴らしいダンスを披露している。
「ユーイン、ありがと」
「ん?」
「ユーインが言い出さなきゃ、俺はGvと無縁だったし、こんなに楽しいことも経験できなかったと思う。Gvは、レースだけで十分だけど」
 氷嚢をずらして見上げてきた水色の目を、クロムはちらりと見下ろしたが、照れくさくて、白い波が光る暗い海へ視線を投げた。
「俺はユーインと・・・え?」
 たこ焼きを口に放り込んだクロムから、飛沫のような光が一瞬溢れた。

 JOB LV UP !!

「まさか・・・」
 ダンジョン最下層に生えていた、蛸足の効力に他ならないだろう。切り刻まれてたこ焼きになっても、まだそのエネルギーは失われていないようだ。
「なにー!?俺も食べればよかった・・・!!」
 悔しがるユーインに、クロムはラスト一個を爪楊枝で刺し、その口の前へ差し出した。
「ほれ」
「あーん」
 ユーインはたこ焼きよりも、食べさせてもらった幸せに顔を緩めた。
「おい、ユーイン!食材を捕獲しに行くぞ!」
「はぁっ!?」
 完璧に酔って気分が最高なクラスターが、うきうきとユーインを誘いに来た。
「食い物が切れそうだ。ダンジョンに行くぞ。ロブスターがけっこう美味かったな」
「それピーコックマンティ・・・あだだっ!引っ張るな!!」
 万力のような力で腕をつかまれ、仕方なくよろよろと歩き出したユーインに、クロムからの支援が飛ぶ。
「まだ食べるんですか?」
「腹が減っては戦が出来ねぇからな!」
 やや呆れたように訊ねるクロムに、狂犬とあだ名されるルーンナイトは、豪快に言い放った。
 次の日曜も、「Blader」の名がよく聞かれることだろう。