道 −7−
ハイマンの公邸には、そこそこの私兵が詰めていたようだが、すべてクラスターと仲間達の足元に屈した。急報を受けて駆けつけたハイマンの目の前で、クラスターは装備を破壊され血まみれで動かなくなった白髪の騎士を、ペコペコで踏みつけてやった。
「きっ・・・貴様っ!」 「人のモノに手を出した報いだ。ついでにお前も死んでおくか、ハイマン?」 「私を敵にして、ただで済むと思うな!」 「そうか、今すぐ死にたいか。その方が、俺も楽でいい」 ニタリと笑みを浮かべたクラスターだったが、ふと表情を消した。 「ハイマン殿、ずいぶん賑やかですね」 二人の騎士を従えた若い男が、ペコペコの上でゆったりと微笑んでいる。 「パトリック卿!」 ハイマンは喜色満面で、飛び跳ねるように若い騎手に駆け寄った。 「どうか、お力添えを!あの無法者どもに、正義の鉄槌を・・・!」 すいと動いて前に出た、両脇の騎士が槍を構えたが、その矛先はクラスターたちではなかった。 綺麗に交差するように、ハイマンの肩の下から胸に、二振りの槍が突き抜けた。 「がっ・・・な、ぜ・・・」 「私は、スマートな物が好きなのです。言い換えれば・・・面倒ごとは、お断りでして」 すらりと引き抜かれた白刃が、身動きの出来ない男の首を跳ね飛ばした。続いて血を吹き上がらせる体から槍が引き抜かれ、どさりと地面に転がる。 鼻白む「Blader」の面々に向かって、若い貴族はにっこりと微笑んで見せた。 「使う者がいなくては、存在する意味がないのではありませんか?」 血脂を振り落として剣をかざした若い貴族に、面白くもなさそうに、クラスターは謎めいた問いかけに答えた。 「使う者がいないのではない。使える者がいないと言うことだ」 「くくっ。たまには私とも遊んでください、クラスター殿」 パトリックと呼ばれた貴族は手綱を引くと、供の騎士たちを引き連れ、あっという間に夏の宵闇に姿を消してしまった。 素早く視線が交わされる中、不機嫌そうにクラスターはペコペコの手綱を引いた。 「・・・ふん、帰るぞ」 一言の無駄口もせず、「Blader」のメンバーはクラスターに続いて行った。 『あの紋章、良く似ていましたけど』 溶接マスクをしたハロルドの囁きに、蝶の仮面を外してサカキは頷いた。みつきの首輪にあったクラスターの紋章と、先ほどのパトリックと言う貴族の紋章が、非常に良く似ていたのだ。そして、黒髪を含めた、その容姿や声も。 『部外者がとやかく言うことじゃないだろう。俺達も帰るぞ』 『はい』 万が一にも、後をつけられてはたまらないので、二人は蝶の羽を握り締め、アパートに一番近いカプラサービスまで飛んだ。 カーテン越しの陽光に瞼を撫でられ、シャノアは清潔なベッドの上で目を覚ました。 体には痛みもだるさもなく、軽く体を起こすことが出来た。 「どこ・・・?」 女子寮の自分の部屋でないことは確かだ。シングルでも天蓋付きのベッドで、備え付けられている調度品もシックだ。 まだあの悪夢のような屋敷にいるのかと青ざめたが、ドアを開けて入ってきた男女には、別の意味で驚かされた。 「あら、お目覚めね。おなかは空いてないかしら?」 「具合はどうですか?」 女ハンターの方は知らない。だが、水差しが載った盆を持っているプリーストは・・・ 「マルコさん・・・ここは?」 「はい。ここは、先日シャノアさんたちが来ていた我が家です。どうぞ、ご安心を。こちらは、シリウス殿の奥様で、サクラさんとおっしゃいます」 「よろしくね、シャノアさん。まぁ・・・運び込まれてきた時には、どうなることかと思ったけど。顔色もよくなってきて、よかったわ」 活発なイメージのサクラの左手には、確かに結婚指輪が光っている。 同時に、わが身に降りかかった災難のすべてを思い出して、胸が詰まった。 「わたし・・・わたしは・・・」 どうやってか助け出されたらしく、もう安全なのだと思ったとたん、ぼろぼろと涙が溢れてきた。全身の力が抜けて、涙を止めることも、声を殺すこともできない。 サクラに抱き寄せられ、あたたかい胸の中で、シャノアは傷付いた心を洗い流すように泣きじゃくった。 極秘に招待した要人相手に、サンダルフォンは事の顛末を話して聞かせた。 「・・・とまぁ、だいたいそういうことなのです」 サンダルフォンは渇いた喉を紅茶で潤すと、だまって聞いていた壮年の騎士を見やった。 「・・・にわかには信じがたいが、たしかに事実なのだろう。そこまで大きな家が関わっていたならば、何もなかったようにすることもできよう」 「それで、ご相談なのですが」 「なにかな」 「彼女の処遇です。今回、一番の被害者である彼女が何を望むか、それはまだ私にもわかりません。ですが、プロンテラ騎士団から門扉を閉ざすようなことはなさらないで欲しいのです」 「もちろんだ。だが・・・」 「ええ。彼女が望めば、の話ですが」 正直、その可能性が低いことは、サンダルフォンも、サンダルフォンの目の前にいる騎士もわかっている。それでも、サンダルフォンはねちねちと言っておきたかったのだ。 「あのクラスターが目をかけた娘です。プロンテラ騎士団としては、無条件で確保しておくべき人材だと思われませんか?」 人当たりよく微笑むサンダルフォンが、王国騎士団から密かに『白い法衣を着た悪魔』と揶揄されているのを、本人はちゃんと知っていて、正しくそのあだ名が与える畏怖を振りまいた。 そして、サンダルフォンがそういう存在になったきっかけを知る騎士には、サンダルフォンが本当に言いたいことが、骨の髄まで突き刺さるように理解できた。 「・・・わかった。誓って、彼女の身辺と待遇に責任を持つことを約束しよう」 数日後、同じ応接室に、二人の騎士が訪れていた。 「やっぱりお前の差し金か!」 ティーカップを持ったまま苦々しく吐き捨てたクラスターと、あんぐりと口をあけているシリウスに、サンダルフォンは声を上げて笑っている。 「なに、私の家を荒そうとする悪漢を、わが身の危険を顧みずに止めた勇敢さに、私からのささやかな謝礼と見舞いのつもりだ」 「騎士団長を脅しておいて、よく言う」 つまりサンダルフォンは暗に、シャノアに土下座して謝罪の上、図々しくも虫のいい話で申し訳ないが、騎士団に戻ってくれと自分たちで言え、とプロンテラ騎士団団長へルマン=フォン=エペソスに言ったのだ。 対応のまずさから、新たにサンダルフォンやクラスターのような問題児を生み出したくはなかろうと、ほとんど脅しというか、ゆすりに近いものだ。 「グレーのじいさんのところか。出世街道じゃないが、シャノアにはいい環境だろうな」 「ふむ、『狂犬』殿のお墨付きならば、私も安心だ」 「嫌味か、それは」 クラスターに睨みつけられても、サンダルフォンはそ知らぬふりでカップを傾けている。 「しかし・・・よく彼女は戻りましたね。てっきり、冒険者になる道を選ぶと思っていましたが」 シリウスの言うとおりだ。サンダルフォンも、騎士団にシャノア獲得をけしかけた当人とはいえ、本当にシャノアが復職するとは思っていなかった。 「そこが、自分のいるべき場所なんだとさ。本人が言ってたぞ。まったく、またカタブツが増えて、やりにくくなる」 そう言う割には、クラスターは嬉しそうだ。 「喧嘩相手が増えて喜ぶのは、「Blader」の人間ぐらいだな」 「お手柔らかに頼みたい・・・」 シリウスの苦労はまだまだ続きそうだと、サンダルフォンは苦笑いを浮かべた。 先日ナイトの転職試験の時に会ったばかりの騎士団長に頭を下げられて、シャノアは正直困った。サクラには当然のことよと言われたが、フォン=エペソス卿に乱暴されたわけではないし、さすがに処女は戻ってこないが、サンダルフォンのおかげで体は元気になっていた。 プロンテラ騎士団に戻ってくれないかと言われた時、シャノアに代わってサクラが、事件の解決はどうなった、復職したらシャノアの身辺はどうなると、こと細かく質問攻めにしていた。 「いいこと、世の中には旨い話なんてないと思ったほうがいいのよ。自分の身は自分で守らなきゃいけないの。それには、自分と自分の前にあるものを、よく知る必要があるのよ」 さすが熟練の冒険者と言うべきか、サクラの言にはいちいち頷くことがあった。 ヘルマン騎士団長に、ハイマン隊長とその一党は騎士団から追放されたと聞いたが、シャノアにはそれがすべてではないとも知っている。 「ハイマン隊長は、大きなグループの一部でしかありませんでした。でも、それを知っている私が騎士団に戻れるというのは、その大きなグループにとって、私が取るに足りない、どうでもいいものだから・・・そうですよね?」 さすがに表情は変えなかったが、ヘルマン騎士団長が一瞬返答に困ったのはわかった。 なぜクラスターがあんな話をシャノアにしたのか、なんとなくわかってきた。組織の中では、より大きな組織の支配から逃れることは出来ない。そのなかでどうあがこうと、どうにもならない。例えて言うなら、クラスターは船の甲板を逆方向に走るより、海に飛び出して船体を蹴っ飛ばすほうを選んだのだ。 いまだにじくじくと痛む心を抱えたまま、シャノアは一晩考え、そして、自分の足で騎士団の詰め所に出向いた。 ものは考えようだ。外側で暴れるクラスターたちに目がいっているあいだに、シャノアのような小物が動き回れるのではないか。いざとなったら、内外で呼応することもできるではないか。もしもまた、自分の身におこった様な事が、他の誰かに降りかかりそうなとき、助けることができるかもしれない。 瞼の裏に伯母を思い描いて、シャノアは胸を張ってプロンテラ騎士団に戻った。ここが、自分のいるべき場所だと。これが、自分が進むべき道だと。 |