また、旅人なり
いつもの場所で露店を開いているハロルドの隣には、最近よく姿を見せるようになった、短い赤毛にバニルミルトの帽子を載せたアルケミストの青年がいる。イルシアという名で、戦闘向きのなかなかしっかりした体つきだが、寡黙というより口下手なのか、商売はそれほど得意ではなさそうだ。
もっとも、その彼よりももっと客商売に向いていなさそうなのが、反対側の隣にいるので、強面や無愛想さには慣れているつもりだ。挨拶をかわし、イベントや相場の情報など、当たり障りのない会話で、少しずつ距離を縮めていた。 「矢筒?確かフェイヨンで作れるけど・・・」 「普通の矢と、鉄矢、銀矢と・・・あと、火矢と、水晶の矢しか、売っていなくて・・・」 イルシアには弓手の知り合いがいるのか、ハロルドは矢筒の種類を揃える方法を聞かれた。だが、弓手以外の職が、きちんとした矢を作ることは出来ない。矢その物のドロップ頼みになるが、それでは気の遠くなる時間を狩りに費やすことになる。 「そうだね。それなら、属性原石を揃えてあげるといいんじゃないかな。属性石そのままよりも、砕いた原石の方が矢を作りやすかったと思うよ。あとは、矢の材料になる収集品かな」 イルシアの表情はあまり動かないが、真剣な眼差しでしきりに頷きながら、メモを取っていく。その彼がふと顔をあげ、固まった。 「・・・・・・」 「どうしたの?」 「いや・・・」 怪訝そうな視線を辿ると、サカキの前に、一匹のデビルチがたたずんでいた。サカキは読みかけの単行本にしおりを挟み、普通に会話をしている。 「浮気しないようにお目付け役だって。こんなに惚れている俺が、浮気するわけないじゃーん?あの人、見かけによらず粘着質だよね?」 「いまごろ気付いたのか」 「やだサカキくん、あっさり返しすぎ」 野生ではなくペットなのだろうが、デビルチのしゃべり方にしては変だ。しかも、この滑らかに寂びた低い声は、どこかで聞き覚えがある。 (んん〜?) よくよく見ると、デビルチの片耳にピアスがあり、銀色のネームプレートが光っている。 【さんだるふぉん】 「ああ、ジョッシュさんだったのか」 「おうよ、素敵にかっこいいジョッシュさんですよ」 サンダルフォン邸の姿無き家政夫だ。それならペットだけが見えていてもおかしくない。 「もう、この歳でレス狩りとか涙目だよぅ。あの人ナチュラルにサドいよね。そんなわけで、若芽見つけたら買っといてくれない?一次職にショックエモだされる羞恥プレイには、あんまり耐えたくない」 「どうせジョッシュの姿は見えないだろうが・・・。まぁいい、買い付け単価平均プラス二十ゼニーでどうだ?」 「おっけー。よろしく〜」 ばいばいーいと手を振られた気がして、ハロルドもあわてて、よちよちと歩き出したデビルチの方に向かって手を振った。 「・・・ハイディング?」 「そうそう。ジョッシュさんAXだけど、俺も姿見たことないんだよね」 ハロルドの説明に、イルシアは納得したと頷いた。 「俺もペット飼っているけど・・・面白いことできるんだな」 「なに飼っているの?」 「えっ!?・・・ぁ、ぅ・・・・・・」 なにをそんなに驚くのか、イルシアはもごもごと口篭り、真っ赤になりながらタマゴを取り出した。 「わお、子デザだ!可愛いよねぇ」 「ぁ、ああ・・・」 ハロルド自身が、よく子デザのようだと言われるのだが、ホワイトスミスになったいまは、あんなにちまくはないと自分では思っている。だからって、親デザートウルフのように凶暴ではないはずだが・・・。 「ちぇっ、あぶり出し失敗か」 光の精霊を出しながら速度増加で走ってきたが、ハロルドたちの前でききぃっと急停止したのは、青い法衣の少年。 「やめとけ、ラダファム。あれはジョッシュだ」 「おぉ、それは危ないところだった。それとな、サカキ、久しぶりだから忘れているかもしれんが、そんなごつい名前で呼んでくれるな。ファムたんと呼べ」 ふんっ、と胸を張ったのは、ふんわりと風になびく金髪がキラキラとまぶしい美少年。ただ、肌の色がやや褐色で、濃い青色の目とあいまって、どこかエキゾチックな雰囲気を持っている容姿だ。年のころは十四か十五か・・・すらりとした長身に伸びやかな四肢がバランスよく、その上に小さめの顔が乗っている。 アコライトハイと言うことは、中身は見た目とは違ってそれなりの年齢のはずだが、初対面で自分より若い姿の人間にサカキが呼び捨てにされるのは、なんだか慣れない。 「おっ、WSPあるじゃん。50本くれ」 「まいど。・・・ファム、いい加減チャンプになったらどうだ?」 「えー、この方がかわいくて、いい男を狩りやすいんだもんよ」 ラダファムはきゅるんと可愛いポーズをするが、サカキには呆れられている。 「この前プリに絡んでたLK犯したら、ショックで引き篭もりになっちゃったんだとよ。マジウケル」 「LKヤったって・・・あんた、レベルいくつになったんだ?」 「ん?この前91になったった!」 てへっ、と星を飛ばすようにラダファムは身をくねらせるが、修羅にも転職可能な殴りアコの腕力とは、想像したくないものだ。着痩せしている法衣の下は、ハロルドよりも逞しいに違いない。 「さすがにLKは、SpPタイプぐらいしか押さえ込めないけど、罠特化の葱とか砂とかなら、三次でも喰えるぜ!いい締りしてんだよなぁ」 「あら、ボウヤが男漁りなんて、似合わないわねぇ」 「あぁん?」 ラダファムが振り向きざま見上げたのは、長い紫紺の髪を結った、妖艶な笑みを浮かべるハイウィザード。ただし、オネエ言葉をしゃべっているのは、綺麗な顔立ちだがどう見ても男。 「紫苑じゃねぇか」 「ショタマッチョなんて、だいぶレアなカテゴリじゃない?そうねぇ・・・私ならこっちの彼かなぁ」 紫苑の手が、まったく油断していたハロルドに向かって伸びてきたが、ハロルドに触れる前に、ハロルドの視界に飛び込んできたものを避けようと、素早く引っ込んだ。 「触るな。俺のだ」 地を這うようなドスの効いた声が、エルデを握った当人から発せられ、ハロルドは嬉しくてほわんと笑顔になった。 「あら、失礼・・・って、もしかして、サカキ?やだ、ここにいたの!久しぶりじゃない。雰囲気変わったわね?わからなかったわ!」 「・・・紫苑って、まさか、あの紫苑か?」 驚くサカキは、懐かしむような忌むような、複雑な表情を見せた。 「お知り合いですか?」 「・・・大昔のな」 旧交を温めるどころか、ふいと顔を反らせたところから察するに、ディアニシェーレとの付き合いか、あるいは闇市にいた頃の知り合いだろう。 紫苑もあまり突っ込みたくないのか、人当たりのよい笑みを浮かべ、それ以上のコメントは控えるようだ。 「サカキの彼氏じゃ仕方ないわね。こっちのアルケミさんはどうかしら?」 「え・・・!?」 ハロルド同様、ぼんやりしていたらしいイルシアが、ぎょっと身を引いた。 「前衛か?いい体してるな」 「うふふふ」 ショタマッチョ廃アコと妖しくも美しいオネエハイウィズに見下ろされては、イルシアも地面に尻をつけたままじりじりと後ずさりするぐらいで、露店もたためない。いつも以上にこわばった顔が、冷や汗を浮かべて青ざめている。 「そいつは知らん。勝手にしろ」 「ちょ・・・サカキさん・・・」 薄情なサカキにハロルドはあわてたが、まぁ、サカキならそう言うだろう。ここは口下手なイルシアをハロルドがかばってあげなければ・・・。 「にーちゃぁああぁんっ!!」 「!」 プロンテラの人で溢れた通りを、若葉色の髪に子犬耳をつけた、まだほんの少年のハンターが、悲鳴のような声を上げながら走ってきた。そして、そのままイルシアにダイブして、押し倒す。 「ぅおっ!?」 「にーちゃ・・・っ、げほっ、はぁーっはーっ」 「ど、どうした、ウォレス!?」 ウォレス少年は、一転顔を赤らめたイルシアの上に乗ったまま、ぜぇはぁと息を切らせながら、自分がきた方角を指差し、ぶんぶんと腕を振っている。 「はぁっ、はぁっ・・・いま、デビルチが、一人で歩いてたっ!」 「・・・・・・」 「人を攻撃しなってことは、ペットだよな?飼い主とはぐれたのかな?ボクが話しかけてわかるかな?」 優しいウォレス少年は、どうやら、迷子のペットを保護しようと思ったようだ。 「いや・・・たぶん、飼い主はそばにいる。ローグのハイディングスキルは知っているか?」 「・・・ああ、そうか!」 ぽん、と手を叩いて、ウォレスが納得すると、主人の興奮が収まったことを察知したらしいファルコンが、翼をはばたかせながら舞い降りてきた。 「うは、コブ付き」 「本物のお子様には、私もかなわないわねぇ」 囁き合う二人は、見た目はどうあれ、さすがに分別ある大人のようだ。 「ウォレス・・・そろそろ、いいか?」 「ぅえっ!?ああっ!!ごめん、にーちゃん!!」 しっかりと跨っていたウォレスが、あわててイルシアの腹の上から退く。 「にーちゃん、代売りお願いしていいかなっ」 「ああ。・・・行こう」 あれほど鉄面皮だったイルシアの表情が、ウォレスの頭を撫でた時にふわりと緩むのを、ハロルドは目撃し、そっと視線を外した。 何気なく手をつないで歩くイルシアたちも、買い物を済ませたらしいラダファムや紫苑も、軽く手を上げてハロルドたちの露店場所から遠ざかっていく。 後に残ったのは、プロンテラの雑踏と、ざわざわした大勢の音、忙しない風・・・隣にいる人の、気配。 「いいお天気ですねぇ」 「・・・そうだな」 今日もプロンテラ中央大通りの、いつもの場所に座る二人は、のどかな露店生活を満喫していた。 |