狂騒スイーツに愛を込めて−4−


 疲労から回復してむにゃむにゃと目を覚ましたハロルドは、自分も腕の中の人もベッドも、どろどろになっている惨状に、一瞬言葉を失った。
「うっは・・・すげぇ・・・」
 薬効や酒精は綺麗に抜けているが、体の表面はチョコレートに加え、生クリームやシロップがベタベタカピカピになっている。
「う・・・」
「サカキさん?」
 かなり無茶苦茶にしてしまった記憶があり、ハロルドは心配になる。
 ところどころこげ茶色に固まった緑色の癖毛の下から、琥珀色の目が苦笑まじりに見上げてくる。
「・・・っ、腹ン中が・・・いてぇ・・・」
「え・・・」
 外側もこれだけひどいのだから、色々混ざった中は、もっとひどいに違いない。そういえば、ボンボンをそのまま突っ込んだような・・・。
「すすすすみませんっ!!すぐに、お風呂の用意しますからっ!!」
「あー・・・そのまま、俺の部屋の、風呂場に放り込んでくれればいい・・・。適当に、後で迎えに来てくれ。自分で這い出せる自信がねぇ」
「わ、わかり・・・ました・・・」
 ハロルドは簡単に体を拭ってとりあえず服を着て、重ねられたシーツの中でも、比較的綺麗な下の方の一枚にサカキをくるみ、抱え上げた。
「・・・そろそろ、一緒に住むか」
「え?なんですか?」
 外に人気がないことを確認して、素早くドアの鍵を開ける事に集中していたハロルドには、よく聞こえなかった。しかし、サカキはなんでもないと呟いて、ハロルドの腕の中で大人しかった。

 こびりついたチョコレートを洗い流しながら、ハロルドは剃毛に納得した。髪の毛についたチョコが固まって、引っ張ると痛いし、なかなか落ちない。
 すぐに洗えばよかったのだろうが、最初から薬を使う気だったサカキは、こうなることを見越していたのだろう。
「・・・でも、生えかけは・・・ちくちくするんだろうなぁ」
 その間はやらせてもらえないかもしれない・・・そう思うと、ちょっとはやまった感がしなくもない。子供のようにつるりとした股間に、ハロルドはちょっとだけ、涙が出そうな気分になった。
 盛大に汚れたシーツを洗濯桶に浸し、ハロルドはサカキを迎えに行った。
「サカキさん、大丈夫ですか?」
 水音のする扉の外から声をかけ、そっと中を覗く。浴槽の縁にもたれたまま、ぴくりともしない腕や頭が見えた。
「サカキさん!」
 そっと揺すり動かすと、気絶していたのか寝ていたのか、とろんとした眼差しが返ってきた。
「大丈夫ですか?洗えました?」
「ん・・・らい・・・じょうぶ・・・。なか、掻き出してたら・・・なんか、また、よくなってきて・・・」
 まだ薬が効いていて、自分でヌいたらしい。隠されていない芯が、まだ緩く起ち上がっている。
 とりあえず浴槽から引き上げ、冷えないようにバスタオルにくるむと、ハロルドはサカキを扱いた。
「ふあっ!あぁっ!・・・や、あぁ・・・っ!」
「一人でするなんて、ずるいです」
「やあっ・・・はろ、も・・・ぉ、で、ないぃ・・・ぃッ!!あっ・・・ひあアァッ!!」
 かすれた声で抗議されるが、がくがくと震える体をしっかりと抱きしめて、赤く色づいた先端を擦ると、透明に近くなったミルクが、とろりとハロルドの手に溢れ出した。
「はーっ・・・はぁー・・・っ・・・」
「サカキさん、可愛い・・・」
「この・・・ばかが・・・」
 キスをしたまま気絶してしまったサカキを抱えなおし、下肢に湯を掛けて綺麗にして、ハロルドは大事に恋人をベッドに運んだ。


 サカキから完全に薬が抜けて目が覚めたのは、もう夜だった。
「おはようございます」
「ん・・・、だめだ・・・動けん」
「いいですよ、そのままで。痛いところ揉みますか?それとも、先にお茶飲みます?」
「喉渇いた」
「はい」
 嬉々としてサカキの世話を焼くハロルドの後姿を、サカキは自分のベッドの中でもそもそと寝返りを打ちながら見送った。猛烈に、足腰がだるい。
「うぅ・・・やりすぎた・・・」
 もう若くないと、それでなくとも前衛型のハロルドの体力には敵わないと、わかってはいるのだが・・・。ハロルドのことが好きで、自分の体が求めてしまうのだから、仕方がない。
 ・・・とりあえず、下から薬入りボンボンを入れられるのは、ちょっときつすぎることが判明した。次からは、何か対策を考えなくてはならないだろう。
(まぁ、ハロのやりたかったチョコフォンデュはできたから、いいか)
 惚れた恋人には、とことん甘い男だという自覚はある。
 ハロルドが淹れてくれた、いつものハチ蜜入り紅茶で喉を潤し、サカキは再びベッドに沈んだ。
「んん〜、まだサカキさんからいい匂いがします。美味しそう〜」
「こら」
「ぁいて」
 サカキの体から、まだチョコレートや生クリームやウィスキーの匂いがするのだろう。もふもふと抱きついてきたハロルドの頭をはたき、サカキは己のカートに積まれたチョコを仕分けるよう命じた。
「サカキさーん、この白い箱は、誰からですか?」
 サカキのカートを引張ってきて、自分宛のチョコを抜き終わったハロルドの手に、ケーキを入れる紙箱が乗っている。
「あぁ・・・それはクロムからだ。ケーキ作ったんだと。俺たち二人宛だから、食っていいぞ」
「あー、俺も友チョコ渡すんだった。へぇ、クロムさんもお菓子作るんだ。料理するのユーインさんだけかと思ってた・・・」
 がさごそと箱を開けたハロルドが、感嘆のため息を漏らした。
「すごい・・・」
「?」
 サカキは首を伸ばして、納得した。たしかに、菓子店で売られているような、見事なチョコレートケーキだ。
「美味そうだな」
「うぅ、俺もこんな風に作ってみたい・・・」
「ハロルドのセンスも、十分可愛いぞ」
「そうですか・・・!」
 とたんに笑顔になったハロルドは、さっそくキッチンにケーキを持っていき、一人分ずつに切り分けて戻ってきた。
「いただきま・・・ぁれ、ユーインさんだ」
 フォーク片手に止まったハロルドは、ユーインとwisをしているらしい。
 サカキは大きな塊をフォークに突き刺し、ぱっくりと口に放り込んだ。
「あっ・・・!」
 ハロルドが怪訝な顔で、そして言いかけた事が、わかった。強烈な痺れが脳天を突き抜け、体がヨロリと傾いた。視界が白っぽく染まり、どこか見覚えのある空中神殿が見える。
「わああああ!!サカキさん、しっかりして!!は・・・吐き出していいって、ユーインさん言ってるからっ!」
 ハロルドの叫び声に引き戻され、とんでもない味のするケーキをハンドタオルに吐き出して、滲んだ涙を拭う。
 植物の青臭さ的な苦さとか、発酵食品的なつんとする酸っぱさとか、生ものを漬けられそうな塩辛さとか、そこはかとなくする出汁の旨みとか・・・それが、チョコレートの味と混ざっている。見た目は完璧にチョコレートケーキなのだが、いわゆる不味いという一言では表現しきれない味だった。あまりの衝撃に、口に入れた半分ほどはすでに飲み込んでしまい、吐気というか胸焼けというか、とにかく鳥肌どころか頭の毛が全部逆立って、首が胴からもげそうだ。
「うげぇっ・・・ヴァ、ヴァルキリーが見えた・・・。うぅ・・・水、水くれ・・・!」
「昇天寸前ですかッ!?」
 ハロルドからグラスを受け取り、一気に水をあおる。それでもまだ、口の中が異様な味に満ちている。今までに経験のない強烈な味にびっくりして、腰のだるさとか吹き飛んでしまいそうだ。
「なんなんだ、これは。神仙丹が入っているのか?それともあいつは、ジュノーの某パティシエに料理を習ったのか・・・!?」
「・・・ユーインさんが言うには、元々みたいです。クロムさんは、ユーインさんとかが作る普通の料理も、自分で作るこの味も、美味しいと感じるそうで・・・」
「・・・・・・」
 サカキは二十通りほどの文句と、いくつかの矯正法を考え、諦めた。とりあえず、今自分が食べてしまった物の、成分分析の必要だけはありそうだ。
「ハロ」
「はい」
「・・・口直しよこせ」
「はい!」
 カットフルーツをハロルドの唇で運ばせ、サカキは心の中で、盛大にため息をついた。
(しばらくチョコレートは、いらねぇな・・・)
 抱き寄せたハロルドからチョコレートのにおいがして、サカキは殊更、快楽の記憶を追いかけた。
「ハロ、チョコレートの俺は、美味かったか?」
「えへへ。はい、とっても!」
 指輪のあるハロルドの指がサカキの指に絡まり、指輪のあるサカキの指が、ハロルドの指に絡まった。
 恋人と食べる、甘くて苦い、チョコレート。