薬屋の品格 −2−


 騎士団の詰め所などには縁が無いサカキは、示された椅子に座ったまま、物珍しげにあたりを眺めた。
 サカキのパンダカートは、そばに停めてある。中を調べられてもかまわないのだが、それにはいまのところ手をつけられていなかった。
(・・・疑われてはいるんだよな)
 まったくもって疑いは事実だったりするのだが、それが露見すると困る連中がけっこういたりするので、サカキは安心しながらも、うかつなことを言わないよう気を引き締めた。
 机を挟んでサカキの正面に座るのは、壮年の厳めしい風貌の立派な騎士だが、態度はあくまで、路上でトラブルに巻き込まれた人間に対する、公平なものだ。
「ふむ、では、全く心当たりがないと?」
「ない。・・・ただ、高齢なご老人や、出産前後のご婦人に、栄養剤を作って売ったことはある。それか・・・遠方で激務をこなす友人にも、送った事がある。もしかしたら、それが誤解されて伝わったのかもしれないな」
「ふむ」
 しかし、サカキと話す騎士のそばにいる、路上で一緒だった若いナイトは、やや納得がいかないような表情をしている。
 それをちらと見た騎士は、ひとつ咳払いをして、穏やかにきり出した。
「それを、いま見せてもらえるかね?」
「かまいません」
 サカキはカートの中から、掌に納まる小瓶を取り出した。
「ひとつ10k」
「金を取るのか!?しかも高っ!」
 金髪のナイトが思わず声を上げたが、サカキは平然と見返した。
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
「そういう問題じゃ・・・」
「ナイトと違って、製薬クリエイターが材料を集めるには、多大な労力が必要なんでな」
 サカキは事実を言ったのだが、あしらわれたと思ったナイトの顔が赤くなる。
「よさんか、セヴェル」
「ですが・・・」
「飲んでもかまわんかな?」
「ブルクハルト様!」
「代金を払ってもらえれば」
 ブルクハルトと呼ばれた騎士は一万ゼニー支払って、サカキが差し出した小瓶をあおった。
「おぉっ・・・これは、なかなか」
「毎度あり」
「何が入っているのかね?」
「ヘビとかサソリとかクマとかコウモリとか・・・」
「作り方は?」
「企業秘密」
「ふむ」
 ブルクハルトはニヤリと微笑み、手元の調書に何事か書き込むと、そのままファイルにしまった。
「いや、お時間を取らせて申し訳なかった。ご協力感謝する」
「どうも」
 二人が立ち上がると、金髪のナイト−セヴェルが、慌てて割って入った。
「ちょ、ちょっと!ブルクハルト様、まだ彼を帰すわけには・・・」
「なにか問題か?彼は大通りで露店中に、ローグたちに難癖を付けられて、営業妨害された。それだけではないか」
「彼が違法なさ・・・催淫剤を、売買しているという疑いが・・・」
「どこに証拠がある?正式な捜査令状もないのに、善良な商人のカートを探ろうとでも?」
「ぅぐ・・・」
 実直な若いセヴェルが、顔を赤くして言葉を詰まらせるのに、ブルクハルトは苦笑いを浮かべた。
「催淫剤など、もっと危険な代物だって、闇市に行けば普通に売買されている。真昼間にローグギルドが彼に接触を持ったのは、周囲から彼を目立たせて、逃げられないようにするためだ。・・・それとな、セヴェルよ。お前達はもう少し、相手が誰かを確認してから、詰め所につれてこい。余計な厄介ごとを呼び込むところだぞ」
「は・・・?」
 きょとんとしているセヴェルから、ブルクハルトはサカキに視線を移した。
「『真理の弾劾者』に、またお目にかかれるとはな。メグ=チェスター事件の最後で、神をも恐れぬ完璧な弁護演説をぶち上げて、あの情報屋サンダルフォンに無罪を勝ち取らせた人物だ」
 厳めしい顔をほころばせるブルクハルトに、サカキは頬に朱を浮かべて複雑な表情を見せた。
「ずいぶん昔のことを・・・」
「ほんの数年前の出来事じゃないか。良く憶えているよ。『現実以上の真理は無い。それがわからないのは、自分の意思で自分の目を覆っているからだ』。実にアルケミストらしい言い方だ。あの参考人弁論には痺れた」
「・・・・・・忘れてくれ」
 意外なところで、転生前の若気で熱血したことを思い出させられて、サカキはいよいよ早く家に帰りたくなった。
 そのとき、ドアがノックされ、「失礼します」と女騎士が入ってきた。
 見覚えのある黄色いお団子頭に、サカキが小さく声を漏らすと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「こんにちは、サカキさん。シャノアです」
「あの、Bladerやら士官やらに誘拐された・・・?」
「はい。その節はお世話になりました」
 直接言葉を交わしたのはこれが最初だが、シャノアの窮地を救うのに、サカキが一役買った事がある。
「ブルクハルト様、サカキさんの釈放を求める方々がお見えです」
「うっ・・・早いな。わざわざ出張ってきたか」
「いえ、名代の方たちです」
 くすくすと笑うシャノアからセヴェルに視線を移し、ブルクハルトは苦々しく言った。
「だから、相手をよく確認してから連れてこいと言ったのだ。白い法衣を着た悪魔と狂犬をいっぺんに相手にするなんぞ、私は絶対にお断りだ」
 うそ寒げに首をすくめたブルクハルトに促されて、サカキはやっと取調室を出ることができた。

 奥から出てきたサカキを見つけて、ハロルドは思わず駆け寄った。
「サカキさん!」
「ハロ・・・家で待ってろって・・・」
「あのっ・・・すみません。それが・・・」
「ローグギルドに連れて行かれそうになっちゃったのよねぇ」
 すまなそうなゆうづきに片手で拝まれ、サカキは自分の判断力に果てしなく幻滅した。
「怪我は?」
「大丈夫です。皆さんに助けてもらったんで・・・」
 ゆうづきのそばにはみつきが、そしてソラスティアとマルコが揃っていた。
「ありがとう。世話をかけた」
「いいんですのよ。サカキさんも無事に解放されて、ようございましたわ」
「ソラスティアさんのおっしゃるとおりです」
 二人は微笑んで頷く。彼らが名代としてここにいると言うことは、つまりそのバックにいるクラスターとサンダルフォンが、無言の圧力をかけているということだ。ブルクハルトの予想は正しかった。
 サカキは感謝しながらも、金輪際こんな借りは作りたくないと、心の中で大きくため息をついた。


『ほう。では、ローグギルドはサカキを諦めたのか』
 鍛え上げられた刀身のような狂犬の声に頷きながら、サンダルフォンはひと段落着いた書類の山を見上げた。
『そのようだ。やはり私たちを相手にするのは得策ではないと言うことと・・・ハロルドに買い手の条件を明言されたらしくてな』
『ふん。あいつは頑固だからな』
『そこがサカキのいいところだ。私たちと違って、まっとうに生きている、善良な一般市民だからな』
『さりげなく俺を含めるな』
 サンダルフォンはクラスターとのwisが切れると、グラスを傾けて良く冷やされた水を飲んだ。
(なんだこれは・・・?)
 無色透明なので、水かそれに近い清涼飲料かと思ったのだが、そうではなかった。喉が渇いていたので全部飲んでしまったが、結局何なのかわからない。
 香りはフルーツのように甘いが、味はそれほど甘くない。不味くはないが、ハーブティーで割った酒のような癖がある。
 そのとき、ちょうどこのグラスを用意したマルコが、執務室に入ってきた。
「ああ、マルコ。これはなん・・・っ!?」
 体にじわりと染込んだ物が、突然ぐわっと炎と化して立ったような感覚に、サンダルフォンは自分が何を飲んだのか瞬時に悟った。しかし、これを用意したのはマルコで、まさかありえないと否定したいのだが、一度点いた熱は、急速に収斂と凝固と爆発を繰り返し、ねじれるように四肢の隅々まで広がっていく。
「大丈夫ですか?」
 急に様子がおかしくなったサンダルフォンに駆けつけたマルコは、本気で心配そうな表情をしている。
「これ・・・まさか・・・っ」
「あの・・・この前サカキさんから頂いたんです。戦闘に巻き込んで悪かったと・・・」
「それで・・・?」
 やや躊躇いながらも、マルコは申し訳なさそうに続けた。
「時間のあるときに、何も言わずにサンダルフォンに飲ませてみろって・・・」
「・・・っ、前言撤回だ。あいつが善良な一般市民だと!?」
 サンダルフォンはデスクに拳を叩きつけるが、すでに肩を震わせた上半身が、半分ほど突っ伏しているので、あんまり勢いがない。
「サンダルフォン・・・?」
 マルコに背中を触られて、思わず体を硬直させたサンダルフォンは、思い切り奥歯を噛んだ。
(ああ、マルコを行かせるんじゃなかったか・・・)
 サカキは昔からマルコに親切で、ハロルドを抜かせば特に可愛がっている人間だ。マルコを流血の可能性がある現場に行かせた事を怒っているに違いない。後悔先に立たず。
(いい加減に過保護だろ!)
 しかも、マルコに薬を渡すのは、サカキの薬を売るポリシーにあまり反していない。それがまた悔しかったりするのだが、いまはとりあえず、この疼きをどうにかしないことには話にならない。
「マルコ・・・ちょっと付き合いなさい」
「はい」
 サンダルフォンはよろよろと執務室を出ながら、あとでマルコに、いくらサカキに貰った物だからと言って、正体不明なものを無断で飲ませるなと言い聞かせようと、固く誓うのだった。