初夢も貴方と


 新春でもアマツの城下は桜が咲き誇り、身を切るような寒さはないが・・・。
「寒そうだな」
「そのうち慣れますよ」
 素肌に短い上着を羽織っただけのホワイトスミスの職服は、かなり寒そうに見える。左の二の腕には、榊の枝葉をモチーフにしたタトゥーが、緩やかな螺旋をえがきながら淡く濃く施され、その下の傷跡をそっと隠している。
 ハロルドの腹筋や腰の上が丸見えな職服は、サカキには大変眼福モノなのだが、さすがに寒そうだ。
「サカキさんのノースリーブも、寒そうに見えますけど」
「ケープがあるし、もう慣れたな」
「そうですか・・・あ、お雑煮食べましょう!あったかそうですよ」
「そうだな」
 二人はおばちゃんから雑煮を買い、並べられている席のひとつを占めた。餅が三つ入った雑煮は、ほかほかと湯気を上げ、吹きさらしの露台でも温まれそうだ。
「んふふー!おいしーっ!!」
「よく伸びる餅だな」
 みにょーんと伸びる餅に悪戦苦闘しつつも、出汁のきいた熱々の雑煮に舌鼓を打つ。
「はふはふ・・・ん?あれ?」
「どうした?」
 ハロルドが首をかしげながら見ているのは、艶やかな青い髪のプロフェッサーと、こちらも黒に近いほど濃いが青い髪のスナイパーの二人連れだ。
「あっ、ハロさん!・・・と、サカキさん、あけましておめでとうございますっ!」
 こちらに気付き、一息の中で複雑に温度差のあるしゃべり方をしたのは、紅梅色の髪だったはずのコラーゼだ。一緒にいたのは、ユーインたちのギルド「エルドラド」に所属するレヴィーのようだ。
「あけおめです、サカキさん、ハロさん」
「あけおめ・・・って、お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」
「えっ・・・と、臨時で一緒になって・・・。それから、ちょくちょく」
 くりっとしたレヴィーの釣り目が、やや緊張気味に揺れた。サカキの前では、たいてい誰でも緊張する。
「あけましておめでとうございます。コラーゼさん、髪染めたんですね」
「はぁ」
 なにやら微妙に笑顔を変化させつつ、コラーゼは指先で髪をすいた。
「似合わないかな?」
「そんなことないですよ、綺麗な色だし・・・。赤い髪も良かったけど、その色もクールでかっこよく見えますよ」
「そうですかぁ〜!・・・いてっ」
「?」
 コラーゼは自分の足を擦りながら視線を泳がせたので、ハロルドには何がおこったのかわからなかった。だが、レヴィーのむくれ顔を見ていたサカキは、やや意地悪そうに微笑んだ。
「そうか、お揃いにしたのか。仲が良くてけっこうなことだ」
「えっ・・・あのっ、そ、そういぅ・・・」
「あ、そうなんですか!素敵ですね!」
 とたんにレヴィーの顔が真っ赤になって両腕をばたつかせ、ハロルドに褒められたコラーゼは複雑な気分なのか額に手を当てている。ハロルドを狙う男が少なくなったことは、サカキにとって新年早々朗報で、ますます口元に意地悪な笑みが張り付いた。
 いつも元気というか、勝気そうなレヴィーのうろたえる姿も珍しかったが、その手に持っている白い紙切れがサカキの目に留まった。
「何を持っているんだ?」
「え、あ・・・おみくじです」
 レヴィーが紙切れを差し出しながら、悲しげに顔をゆがませたのには理由があった。
「凶・・・運が悪かったな」
「うぅ、どうすればいいですか?」
「おみくじを引いたのと反対側の手で、木に結びつけると福に転じるとか・・・そんなことしか知らないが」
「そうなんですか!やってきます!!」
「あ、待て、レヴィー!・・・すみません、また今度っ!」
 だーっと走っていくレヴィーを追いかけ、会釈もそこそこにコラーゼも走っていった。
「この寒いのに元気だな・・・」
「サカキさん、ほんとですか?おみくじ」
「ああ・・・別に、良い結果でも枝に結んで、成功を祈願していいし、悪い結果でも自分で持っていて戒めに読み返してもいいんだ。要は、気分の問題だな」
「なぁんだ。・・・夢の中のおみくじどうしたのかなって、ちょっと気にしちゃいましたよ」
「夢の中?」
 食べかけの雑煮に戻りながら、サカキは恥かしげに笑うハロルドを見返した。
「初夢です。俺、サカキさんと一緒に神社に行って、大吉のおみくじを引いたんです」
「ほう。じゃあ、これから正夢になるのか?」
 しかし、ハロルドは首をかしげ、思い出すように眉根を寄せた。
「うーん、どうでしょう?俺たち二人とも、見たことない服で、見たことない神社でしたよ」
「夢の中なんて、そんなもんだな」
 ずずーっと雑煮の椀を傾けるサカキに、ハロルドはクスクスと微笑んだ。
「そうですね。でも、夢の中でもイチャイチャできて、俺は嬉しかったですよ」
「ぶっ・・・げほっげほっ」
「大丈夫ですか!?」
 餅が喉に詰まったら大変とハロルドは慌てたが、サカキは雑煮にむせながらも、大丈夫だと手を上げて制した。
「いきなり恥ずかしいことを言うな」
「そうですか?すみません・・・」
 どの辺がサカキにとって恥ずかしかったのか、ハロルドにはいまいちわからなかったようだ。
「サカキさんの初夢は、どんなのでした?」
「・・・・・・まだ」
「なんですか、その間と、視線の漂い先は」
 サカキにしてはわざとらしい誤魔化し方が、ハロルドにはぴーんときたようだ。
「ここでは言えない様な・・・ユーインみたいな初夢だったんですね!」
「なんでここでユーインが出てくる!俺をあれと一緒にするな!!」
 下半身と脳が直結しているようなハイウィザードを持ち出すハロルドもハロルドだが、実に心外だと怒るサカキも否定しない。
「サカキさんも十分若いですよね」
「だからって十代の体力で盛るな」
「ええぇ〜いいじゃないですかぁ〜」
 一番性欲が無駄にみなぎっている年齢の体を摺り寄せ、ハロルドはにこにこと機嫌がいい。
「俺の体が壊れる!ほら、おみくじ引きに行くぞ」
「はぁ〜い」
 サカキが辰神様のいる神社で引いたおみくじは、『小吉 無理は禁物です。休息は適度に取りましょう』。ハロルドが引いたのは『中吉 躍進の時です。思い切った行動が、幸運を呼び込むでしょう』。

 翌日、ハロルドが肌をツヤテカさせて、正月早々寝込んでいるサカキの世話をしていたとか・・・。
「ちゃんと初夢を正夢に出来ましたか?ゆっくり休んでいてくださいね」
「ハロルド・・・思い切りすぎだ」
 今年も二人は、変わらず元気に過ごせそうだ。