春の嵐


 臨時へ行っていたコラーゼは、清算もそこそこに、首都の石畳を、自分が所属するギルドの溜まり場へと足を急がせていた。
「あ、コラーゼみっけ」
 びっくりして立ち止まれば、見知った顔のウォーロックとチェイサーがいた。
「オーラン・・・。シュアも、買い物?」
 あまりにも前しか見ておらず、ギルドマーカーが動いていることに気がつかなかった。
 コラーゼのギルドマスターであるオーランは、長い銀髪を結い上げ、エメラルド色の目がかもし出す神秘的な雰囲気に似合わず、けらけらと軽薄な笑い声を上げた。
「どーしたの、そんな全身で『遺憾の意』を表しているなんて。めっずらしー」
「え、コラさん機嫌悪ぃの?」
「・・・・・・」
 シュアが目を丸くして、コラーゼとオーランを交互に見たので、彼にはわからなかったようだ。
 オーランとはマジシャン時代からの長い付き合いなので、コラーゼがいくら平静を装っても、その心情はほとんど見抜かれてしまう。
「上納、貯まった?」
「お?・・・おお!すげー!まじサンキュサンキュ」
 ギルド証を片手に喜ぶオーランを見て、コラーゼは少しだけ気分が和らいだ。
「お役に立てたようで」
「うんうん。それで、機嫌悪いのは何でなんだぜ?」
 せっかく注意をそらせたのに、話を戻されてしまった。コラーゼは観念して、狐の襟巻の中へ小さくため息をついた。
「臨で変なのに絡まれたんだよ。そんだけ」
「ほう?」
 オーランの目つきが変わったのは、親友としての憤りと、マスターとしての心配からだ。
 コラーゼはオーランとシェアと一緒に歩きながら、その不快な事件を簡単に報告した。黙っていれば、余計に心配させるだろう。
「なるほど。変なのにつかまったなぁ」
「なにそいつ、まじでわけわかんねぇの。コラさんかわいそー。俺が慰めてやる。あ、ケツ貸す方がいい?」
「セックスする気分じゃないから、飲みに行く方がいい」
「起たなくなるほどヤな奴だったのか」
「勝手に不能にするな」
 よしよしとシュアが頭を撫でてくれるが、力が強い上に撫でるというか頭ごと振られる感じで、若干首が痛く、苦笑いが出た。
「臨に行けば、たまにはあることだろ」
 ムカついたことを吐き出して、コラーゼの中ではだいぶ落ち着いてきたが、オーランは首をかしげた。
「しかし、一番絡まれなさそうなコラーゼがなぁ・・・」
「運が悪かったんだよ。それに、たしかに俺は、あんまり支援に慣れていないしさ」
 コラーゼは、いわゆるFCAS型という前衛だが、ギルド狩りのために、少しだけ他のステータスにも振り分けていた。だからといって、知らない人間が寄り集まったPTで、完璧な支援がすぐにできるというわけでもない。
「んー。まぁ、臨にはしばらく行かないほうがいいんじゃないか?おかげさんで、上納の目標は達成したし。ああ、つきまとわれるようだったら、ギルチャしろよ。助けに行くかんな」
「・・・ありがと」
 やはり心配そうにするオーランに、コラーゼは微笑んだ。自分を気にかけてくれる人がいることが、とてもありがたい。
「よっしゃー!飲み行くかー!」
「まだはえぇよ。飲み屋開いてねぇって」
 張り切るシュアと、それをのんびり追いかけるオーランと並んで歩き、コラーゼは少し泣きたい気分だった。


 そして、しばらくあとのこと。
 別の意味で泣きたい気分になっているコラーゼがいた。
(どうしてこうなった、俺・・・)
 ベッドでぐっすり眠っているのは、臨で難癖をつけてきたスナイパーで、名をレヴィと言うそうだ。
 短いながらも結っていた黒髪が首まわりにかかり、同じ色の濃い眉は穏やかに緩められている。いまは閉じられている緑色の目は、少しつり気味で、ぱっちりと大きいが、年齢に比べて幼く見える。・・・子供っぽく見えるのは、その態度のせいかもしれないが。
 言うまでもないかもしれないが、寝ているレヴィは裸だ。ついでに、起きてベッドに座っているコラーゼも。
(なんだかなぁ・・・)
 こうなるまでの経緯はそれなりにあったが、自分を納得させるために、いちいち思い返して考えるのも気がめいる。
 コラーゼから見てレヴィはまったく好みではないし、レヴィから見てもコラーゼは好みのタイプではないらしい。だが、どういうわけだか夜の宿で同衾しているのだ。
(しょうがない)
 レヴィの押しが強いとか、コラーゼが流されやすいとかも差し引いても、だいぶ妙な状況ではあるのだが、自分が体を許した理由を探そうとすると死にたい気分になるのでやめた。できれば、自分の貞操観念が恐ろしく低いのだとは思いたくない。それに、誰かの代わりというのは、わかっていても、自分が相手を好きでなくても、なんとなく嫌なものだ。
 なんでこいつと・・・、という気持ちはあるのだが、そんなに悪い奴じゃなさそうだし・・・と思うのは、ほだされているからなのだろうか。
 そこまでで、コラーゼは首を振った。その先は曖昧すぎて、いまだに混乱した自分では答えが出ない。
 コラーゼはベッドを抜け出し、ベージュのボトムと赤いノースリーブを身につけた。シャワーも浴びたし、尻が痛くて十分とはいえないが、普通に歩けるほどには休んだ。
 襟巻や振袖などの装身具をつけ終わり、最後に愛用しているウサギの耳当てをかぶった。鏡の中には、紅梅色の髪と、グレーの目をした、ごくごく平凡な顔立ちのプロフェッサーの青年がいる。完璧に、いつものコラーゼだ。
 起きる気配のないレヴィを一瞥し、コラーゼはそっと部屋を抜け出した。宿代は折半で前払いしているし、あとくされはないはずだ。次に会う約束なんてしていないし、こちらから会おうとも思わない。
 ただ、同じ叶わない恋をした者同士の哀れみなら、わからなくもない。
(明日、ハロさんに癒されてこよう)
 問題はハロルドの隣に居座る恋人が、コラーゼにとってはデータルザウルスみたいに怖いことだ。
(余り者同士かぁ・・・)
 そう考えると、なんだか笑えてくるから不思議だ。
(あんなやつ好きじゃない)
 見上げた夜空に向かって心の中で呟くと、なんとなく自分らしさがもどってきたような気がした。強引なレヴィに引っ掻き回された自分だったが、ようやく立ち直れそうだ。人生には、一時のハプニングや理に合わないことがある。そう思えば気が楽になった。
 コラーゼは大きく深呼吸して、深夜の宿屋街を足早に歩き出した。
 数日後には、再びレヴィの脳天に+8大百科事典をお見舞いすることになるのだが、この時のコラーゼは、まったく予想していなかった。