遠足に行こう! −4−


 冷たい空気に顔を撫でられて起こされたノエルは、自分を抱きしめるように同じ布団に包まっているラダファムの寝顔を眺めていていたが、すぐに青い目が開いて、眠そうに微笑んだ。
「ヒール。まだ痛いところあるか?」
「ううん。おはよう、ファムたん」
「おはお」
 昨夜、激しく抱いてもらったあと、丁寧に綺麗にしてもらってヒールされたノエルの体はどこも痛くなかったが、起き上がったラダファムは、少し腰を叩いていた。
「イテテ。歳かなぁ・・・」
「そうだよ、ファムたん。いくら筋肉モリモリでも、大人じゃないんだから無理しちゃダメだよ」
「・・・・・・そうか、そうだよな!」
 一瞬考え込んだ様子のラダファムだったが、ノエルの言いたいことがちゃんと伝わったのか、笑顔でノエルの頭を抱きしめて撫でてくれた。
「そうだとも、俺は永遠の十六歳だ。毎年誕生日ケーキには、ろうそくが十六本だ。そして次の日には十五歳だ」
「?」
 ノエルには当たり前のことを呟くラダファムに首を傾げたが、元気になったようなのでいいのだろうと思う。
 今日はルティエの町を観光しつつノエルの手袋を買うんだと宣言するラダファムは、自分にヒールをしてから、いつものようにノエルの手を引いてくれた。

「わぁ、ソリだ!」
 雪がちらつく街中を歩いていて、なにやら大きな荷物が載ったままのソリを見つけ、ノエルははしゃいで乗り込んだ。ルティエの町にあるものは、おもちゃのようにイミテーションが多い。このソリは本物だが、動かないようになっているようだ。
「どうして先が途切れているの?」
 ノエルが見上げた先には、滑走路のような物が灰色の空に向かって上がり、途切れている。
「ここは発着場だな。サンタさんは、このソリにトナカイを繋いで空を飛んで、世界中の良い子にプレゼントを配るんだ」
「空飛べるの!?」
「そうらしいな。俺は見たことないけど」
 ラダファムでも見たことがないということは、サンタさんがソリで空を飛んでいるところは、とってもレアななのだろう。ノエルはひたすら感心しながら、雪が積もったソリをしげしげと見詰めた。
「ノエルのところにも、サンタさんくるかな?」
「もちろんだ。ノエルが一年いい子にしていたら、プレゼントをくれるさ」
「そっかぁ」
 いい子というのは、具体的にどういうことかなとノエルは首を傾げたが、オーランやラダファムには、日常的に「いい子」と言われているような気がするので、きっと今までどおりでいいのだろうと理解する。
「オーランやファムたんに心配かけないように、お勉強して、嫌いなお魚も残さず食べればいいんだね」
 お刺身はどうしてもダメだが、ソードフィッシュのお吸い物や、マルスのフライなら、がんばれそうな気もする。
「おねだりなら、いくらでもいいぞ」
 ニヤニヤ笑うラダファムに、ノエルは恥かしくて顔を赤くした。気持ちいいのは好きだけど、自分であそこがいい、こうして欲しいと細かく言うのは、ノエルだってちょっとは恥かしいのだ。
「ファムたんの意地悪っ」
「お?そんなこと言うと、これあげないぞ〜」
 ラダファムがひょいと取り出したのは、緑色の包装紙で綺麗にラッピングされたプレゼントボックス。
「ノエルに?くれるの?」
「そうだとも。メリークリスマス」
 ぽんと手渡され、ノエルはラダファムと彼の名前が入ったプレボを、忙しく交互に見詰めた。
「ありがとう!でも、ファムたんにあげる分が・・・」
「いいのいいの。今年のクリスマスにでも、ノエルが作ってプレゼントしてくれれば」
 ノエルは頷くと、プレゼントボックスのリボンを解いた。
「わぁっ、なんだろう?」
 ぱかりと開けた箱からは、もふもふしたオレンジ色の塊が出てきた。
「お、バフォ人形か」
「かっこいいっ!」
 きらんと大鎌を構えたMVPボスのぬいぐるみが、ノエルはとても気にいった。これは絶対自分の部屋に飾るのだと決意する。
「ファムたん、ありがとう!」
「どういたしまして。さ、そろそろ帰るか」
「うん」
 帽子や服に薄く積もった雪を払い落としながら、ノエルはラダファムと手を繋ぎ、ワープポータルへと踏み込んだ。

 帰り着いたゲフェンは夏の暑さで、ノエルは慌ててマフラーや買ってもらった毛糸の手袋を脱いだ。
「ファムたん、これありがとう」
「おう」
 借りっぱなしだったマフラーを返し、ノエルはいつ冒険者になれるかなと、頭の隅で考えた。
 冒険者になって自分でお金を稼げるようになったら、ラダファムのようにたくさんの装備を揃えられるだろう。もしかしたら、オーランと一緒にレベルの高いダンジョンにも行けるようになるかもしれない。
 しかし今はまだ、オーランからこの世界の事を学び、ラダファムとの遊びのような狩りに連れて行ってもらうことが精一杯だ。
「ただいまー!」
「おかえり、ノエル」
 出迎えたオーランはやや目が赤いままでも、すっかり宴会の後片付けを終わらせたのか、酒の匂いも無くノエルを抱きとめた。
「ファムさん、ありがとうございました」
「いいってことよ。俺も楽しかったしな!」
「・・・で、この肉球クラブは?」
「可愛い子には可愛い武器を!当然だよね?」
 ノエルが背負っている鈍器を目敏く見つけたオーランに、ラダファムはきゅるんと目を輝かせて誤魔化した。ノエルにさよならのキスをして、ラダファムは手を振る。
「またな、ノエル!」
「ありがとう、ファムたん!また遊んでね!」
 まかせとけ〜と最高エモを出しながら駆け去っていくラダファムに手を振ると、ノエルはオーランに向き直った。
「はい、オーランにお土産!」
 ノエルがオーランの手に乗せたのは、キラキラと輝く小さな宝石だった。
「ダイヤモンド2カラット・・・。よく出したなぁ」
「えへへ。ファムたんにもおめって言われたよ」
 アクアマリンや真珠も出たが、一番価値のある物をオーランにあげたかった。
「ありがとう」
「うん。それからね、ファムたんに肉球クラブとプレボをもらったの!カードは倉庫の・・・こやし?だったから、オーランは怒らないよって。あと、この手袋も買ってもらったんだよ!」
 オーランがお茶を淹れている間に、ノエルはルティエで手に入れたものを、ひとつずつテーブルに並べた。たくさんのお菓子、ハーブ、スクロール・・・。それから「料理王オルレアン1巻」。これはあとでオーランと一緒に読もうと思う。
「ファムたんにもらったプレボから、バフォさんが出てきたの!かっこいいでしょ!」
「よかったな、ノエル」
「うん!また行きたいなぁ」
 はしゃぐノエルは、ティーカップを置くから片付けなさいと言われ、慌ててテーブルの上を片付けた。そして、おもちゃ工場で手に入れたお菓子を食べながら、オーランにマスターリングと戦った事を話して聞かせるのだった。

 ノエルがオーランにあげたダイヤモンドが、ミスティックローズとなってノエルの髪を飾るのは、まだしばらく先。ノエルが冒険者に登録する日のことになる。
 そしてその手には、ノービスにちょうどいい、猫の手型の武器があることだろう。