【宵闇の逢瀬】 −ばれる秘密とナイショのこと−



そのポスターを見上げて、ハロルドは悔しがった。
だから、何とか口実を作ろうと機会を狙っていたのだが・・・。

「人多い。蚊に刺される。面倒くせぇ」
「えぇ〜」

無下に却下されて、がっかりすることになった。

「見たかったのに・・・」
「花火大会ぐらい、友達と行ってくればいいだろう」
「サカキさんと行きたかった・・・」

絶好のチャンスだと思ったのに、その当てが外れた。
こっそり浴衣を新調して、
8月号の「メンズROD」で予習もしていたのに・・・。

ハロルドは首都の通りを歩いていて、
衣料品店のショウウィンドウの前で足を止めた。
ディスプレイには、花火を背景に浴衣が飾られている。

「はぁ・・・見たかったなぁ・・・」

だからその夜、やっぱり一緒に行ってもいいと言われて、本当に嬉しかった。


フェイヨン。
黄昏から夜闇が、刻一刻と広がっていく。

まだ花火は上がっていないが、街はすでに人と熱気が溢れている。

場所取りにゴザやシートを持って走る大人たち、
シュバルツバルド産おやつをつつきあうカップル、
ポリンの形をした水ヨーヨーを振り回す子供・・・

黒地に大胆な柄の入った浴衣を着て、ハロルドは上機嫌だった。
隣を歩くサカキは、煤竹色すすたけいろで無地の、涼しげな楊柳ようりゅう生地の浴衣だ。
デビルチ形の携帯蚊遣かやりが、ぶらぶら揺れている。

「そんなに浮かれていると転ぶぞ」
「だって・・・ぇ、おっと!」

履き慣れない下駄で、木の根を踏んでよろめいた。

「大丈夫か」
「えへへ。大丈夫です〜」

『夏祭り浴衣セット』は大人気らしく、
地元民に混じって、浴衣姿の冒険者も多く見かけた。

いい匂いに誘われて屋台を覘けば、
串バーベキューや焼きとうもろこしが売られている。
思わず財布の紐を緩めていると、
串焼き屋の店主がサカキをまじまじと見つめた。

「あれ・・・あんた、ポスターの兄ちゃんじゃねぇか?」
「え・・・?」
「ほら。あれ、アンタだろ?」

屋台の店主が指差した居酒屋の壁には、ビールのCMポスターがあり・・・
浴衣姿のサカキが、お洒落なビアカップ片手に、三毛猫と戯れている。

「はぁ・・・そうです」
「あのビール美味いんだってな。酒屋の親父が良く売れるってよ」
「どうも」

居酒屋の前に出された露台にも、ビール瓶やケースが積み上がっている。
あのルティエ産「プレミアムビール」の売れ行きは上々らしい。

ハロルドはなんだかムカムカして、
代金を払うと、サカキの手を引っ張って歩いた。

「おい、待て。ハロ・・・!」

見物客でごった返す川縁とは反対に、
中央宮の周辺や弓手村への街道は閑散としている。

「ハロルド、どうした?」

ハロルドはむくれていたが、どーんぱらぱらぱら・・・という音に振り向いた。

次々と打ち上げられる花火が、夜空にきらきらと散っていく。
その光が、透き通るように白い肌を照らし、琥珀色の目の中で瞬いている。

「ハロルド?」
「・・・花火大会なんて、来なければよかった」

驚いたように、心配するように、サカキの眉がひそめられる。

「ハロ・・・」
「でも、やっぱりきてよかった」

綺麗なサカキを見せびらかしたいけれど、やっぱり勿体無い。
こうして花火を背景に、浴衣姿を見られるのは、自分だけで十分だ。

ぎゅっと抱きしめると、目の前に浴衣の襟に包まれた、細い首筋が見える。

「サカキさん、大好きです。もう、いますぐしたいです」
「・・・ここでするのか?」
「大丈夫ですよ、人来ないし。
 それに・・・色っぽいサカキさんを前にして、我慢できません」

ハロルドは真剣に言ったつもりだったのに、 サカキはくすりと口元だけで微笑んだ。

「まだ誘ってもいないのに、盛るな」
「へ・・・?」

サカキはするりとハロルドの腕の中から出て、 暗がりを作る松のそばに立つと、
少しだけ襟元を緩め、浴衣の裾をゆっくり持ち上げた。

花火にちらちらと白く浮き上がる、くるぶし、足首、ふくらはぎ・・・
きちんと襦袢を着込んでいるくせに、膝が出た時点で大胆に腿まで捲り上げた。

「さ・・・誘ったのはサカキさんですからね」
「先に外でしたいって盛ったのはハロだ」

ハロルドはサカキの内腿に口付け、その奥にあるはずの布を探ったが・・・

「え・・・!?」
「だから、誘ってるって言っているだろう」

なかった。
あったのは、熱を持ち始めたサカキ自身だけ。

ハロルドはくらくらしながら、裏筋を舐め上げ、括れを擦るように咥えた。
あらわになった腿を撫で、濡らした指先で奥の窄まりを探る。

「ふ・・・ぁっ、はっ・・・ハロ・・・んっ・・・」
「ちゅ・・・ん、もうこんなに・・・。サカキさん、外だと興奮しちゃいます?」
「ひとのこと・・・いえるか・・・っ」

幹に手をついて後ろ向きにさせると、通りの方が見える。
ハロルドは裾を手繰って、サカキの後ろに遠慮なく興奮を埋めた。

「ふっ・・・ぁぐ、ぅんっ!・・・んんっ!ふっ・・・んうっ・・・!」
「他の人がいるのに、はかずに歩いてるなんて・・・。誰か通るかなぁ・・・」
「ぅっ・・・!ふぅっ・・・ん!」

浴衣の袖を噛んで声を殺すサカキは、いつも以上に艶っぽい。
誰かに見られるかもしれないスリルに締め付ける狭い中を擦り、
いいところ突き上げるたびに、もっと欲しいと腰が揺れる。

「サカキさんのえっち」

樹にすがって立つサカキに囁くと、気持ちよさそうに蠢き、
開いた脚の中心で反り返った雄を扱くと、背がしなった。

「ひうぅっ!」
「はっ・・・ん、すごい・・・ぁ、も・・・止まんない・・・!」
「んんっ!・・・ぅう、っふぁ・・・っひ!・・・く、ぅううッ!!」
「く・・・んっ!」

ぎゅうと中が締まって、手の中にサカキの迸りを感じると、
ハロルドはサカキの奥に叩きつけるように、熱を吐き出した。

二人分の荒い呼吸と、抱き合って唇を合わせる水音の向こうで、
遠い喧騒と、大きな花火の音が聞こえた。


ハロルドはサカキに、なぜ嫌がっていた花火大会に行く気になったのか、
どうして用意よく「誘った」りしたのか、聞いた。

「ゲイ雑誌で予習していたの知っていたし、飾ってある浴衣見てしょげてたし」
「ばれてるぅ!?」

がーんとショックエモを出すハロルドに、サカキはくすりと口元だけで微笑んだ。

「それに、俺も、浴衣を着たハロが見たかった」

きゅ〜んとした胸を抱え、ハロルドは満面の笑みでサカキに抱きついた。