相棒2


 サカキがまた特別な製薬の依頼をされたらしく、二、三日自宅にこもっていた。
 ハロルドが何を作っているのか聞いても、難しい顔をするばかりで、明確な答えが返ってこない。どうやら、知り合いの錬金術師から依頼されたらしく、いつもの大人専用の、夜のお薬やおかしな道具ではなさそうだ。
『ハロルド』
『はい?』
 自室で愛用の鈍器類を磨いていたハロルドは、サカキに呼ばれて、隣の恋人宅へ向かった。
「なんですか〜?」
 サカキの部屋に入ると、話し声がした。依頼人だろうか。
 リビングのソファに座ったサカキの向かいには、依頼人らしき女性のアルケミストが座っていた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは・・・」
 彼女の長いさらさらの赤毛が、微笑んだ小さな顔を飾っていて、ハロルドはドキドキしながら会釈した。
「ハロ、これがなにに見える?」
「は?」
 ウサギの魔術帽を脇に置いた彼女のとなりでは、何かがシーツをかぶって、モコモコと動いていた。それが、くりんっとハロルドのほうを向いた。
「え・・・男の子・・・?」
 大きな青い目が、少し眠そうに伏せられているが、鼻筋が高く通って、ほっそりとした面立ちをしていた。白い髪はくるくると渦を巻いているが、額や両耳を覆って、大人しく頬の下でまで垂れている。
 ソファの上に乗り上がって座っているが、年は十二、三ぐらいだろうか。
「ご挨拶しなさい。こんにちは」
 頭を撫でられて、白い巻き毛の少年は、ちょっと首をかしげながら、赤毛の女性を見上げ、それからハロルドを凝視した。
「こ・・・ん、に・・・ちは・・・」
 薄いピンク色をした、繊細な形の唇が動き、ぎこちなく言葉が零れた。
「ほう。驚いた」
「いい子ね、リー」
 意外そうに呟くサカキの向かいで、アルケミストは少年をぎゅうっと抱きしめている。
「あの・・・」
「あれが人間に見えるか?」
「は・・・はい。すごく、可愛い男の子だと思います」
「ふむ。ユイラさん、立たせられるか?」
 ユイラ女史に促されて、リー少年はソファに手をついて、こちらに背を向けたまま立った。そのとき、シーツが滑り落ちた。
「えぇ!?尻尾!?」
 両手をソファから離して、ヨロヨロとバランスを取る少年のお尻から、先っぽがポンポンになった尻尾が生え、腕と同じくバランスを取ろうと揺れている。
「アミストルだ」
「ぇ・・・ええええええ!?羊ですか!?」
 人間に見えるのだが、どうやら羊型ホムンクルスのアミストルらしい。
「角もあるのよ」
 少年の脇からシーツを巻き付けながら、ユイラ女史は嬉しそうだ。
 人間になった体をちゃんと隠してもらうと、リー少年はよたよたと危なっかしい足取りで、ハロルドのところまで歩いてきた。そして、すんすんと匂いをかぐような仕草をすると、ハロルドのシャツをぎゅっとつかんで、つぶらな青い目で見上げた。
「こ、んに・・・ちは。・・・おと、も・・・だち」
「え・・・あの・・・」
 絵に描いたような美少年に迫られ、ハロルドはわたわたしながらも、ヨロつく少年の肩を支えた。
「こんにちは。・・・えっと、よろしく」
 すると、リー少年はにっこりと、嬉しそうにえくぼを作って微笑んだ。ふわりと緩んだ唇から、可愛らしい八重歯が覗いている。
 ハロルドは顔が熱くてしょうがない。
「ホムに好かれる奴だな」
「優しそうな彼ですね」
 視線を泳がせたサカキが、ユイラの視線を避けるように顔を覆う。
「じゃあ、元に戻るかやってみるか」
「はい。安息!!」
 ハロルドの手から小さな肩の感触が消え、床にシーツが蟠った。かわりに、ユイラの手にエンブリオが入った試験管が現れる。
「コールホムンクルス!!」
 エンブリオが消え、力強くフローリングに蹄を踏ん張らせたのは、進化済みのアミストルだった。ポンポンの尻尾を揺らし、ユイラの足元にじゃれ付く。
 サカキが重々しく頷いた。
「成功だ」
「ありがとうございます!」
 人間化薬と思われる試験管の束と、金が交換される。
「人間の状態じゃ、スキルに制限がかかるだろう。周りの目もあることだし・・・できれば、やるのは家の中だけにしておけよ。あと、おかしな変化があったら、すぐに連絡をくれ」
「わかりました」
「・・・長く待たせて、すまなかった」
 申し訳なさそうなサカキに、ユイラは輝くような笑顔で首を振り、大きなアミストルを連れて、少女のような足取りでサカキの部屋を出て行った。
「すごいの作りましたね・・・」
「あれはオーダーメイドだ。依頼を受けてから、長いこと研究を続けていたんだが、最近やっと組み上がってな」
 他のホムンクルスには効果がないと、サカキは言う。
「じゃあ・・・」
「ああ、うちのバニルじゃやらんぞ。飯が食えなくなりそうだ」
 たしかに、ひどく崩れた人間ができそうで、ハロルドは苦笑を浮かべた。
「ハロ・・・」
「はい?」
 一仕事終えた自分ご褒美を、上目遣いに無言で要求するサカキに、ハロルドはオアズケされていた分を上乗せしてじゃれ付いた。


 背中がちょっとスースーして、蹄が無くなって、二本足では速く走れないけれど、アミストルのリーは、ご主人様がいつも以上に可愛がってくれるので、とても嬉しかった。
 お風呂から出て、ご主人様の裾の長いシャツを着せてもらい、いつものラグの上に寝そべろうとしたら、ソファの上に乗ってもいいと呼ばれた。二本足のときは、ルームシューズを脱げばソファに乗っていいらしい。
 ソファはふかふかして気持ちがいいので、ソファに乗っていいなら、二本足も悪くない。もふもふと丸まっていると、ご主人様がブラシを持ってきた。
「ブラッシングするよ〜」
 ご主人様のすべすべな太腿に頭を乗せると、もつれた毛を丁寧に解きながら、ブラシの歯が通っていくのを感じる。とっても気持ちがいい。
「ぁっ・・・」
 角に触られて、くすぐったかった。リーの角は大きくて立派なのに、二本脚になると小さくなって、頭の毛の中に埋もれてしまう。
 この姿では、後ろ足で掻くわけにもいかず、手でくしくしと擦ると、ご主人様の細くて綺麗な指が、リーの首や肩を撫で始めた。いつものマッサージのはずなのに、なんだかくすぐったい。
「ふ・・・ぁ・・・ぁっ・・・ん!」
 くすくすと笑う気配がして、ご主人さまは絶対に面白がっていると、リーは目を潤ませたまま、少し頬を膨らませて見上げた。
「可愛い〜!ねぇ、もっとこっちにおいで」
 でも、とても嬉しそうなご主人様に逆らうことはせず、リーはご主人様の足をまたぐように、向かい合わせで座らされた。腿の内側がご主人様の腿と擦れて、なんだか恥ずかしいような気がする。
 きゅうっと抱きしめられると、ご主人様からいい匂いがした。・・・胸に埋もれて、ちょっと苦しいのだが。
 開襟シャツがさらにくつろげられて、鎖骨や肩まであらわになると、ご主人様の指が、また丁寧に撫でていく。額や頬にキスされると嬉しいが、首は・・・。
「はっ・・・はっ・・・ぁあっ、ごしゅじんさまぁ・・・っ」
 体がゾクゾクして、頭をふるふると横に振る。髪に隠れた角に吐息がかると、腰が抜けてしまいそうになった。リーはご主人様の肩にしっかりと捕まって、きゅんきゅんする気持ちよさに耐えた。
 ご主人様の手が、リーのシャツの裾をまくり上げ、つるつるになった背中をゆっくりと撫でていく。肩甲骨の形をなぞって、脇から胸を支えながら、背骨のラインを撫でおろす。
「あぁっ・・・だめ・・・ごじゅじんさま・・・ぁ!だ、めぇぇ・・・っ!」
 気持ちよくて、頭がどうにかなってしまいそうなのに、もっと角や胸をいじってもらいたいし、腿の内側を擦りつける腰の動きが止まらない。
「だめぇ・・・はっあぁっ!あぁっ!さわ、って・・・!もっと・・・もっとぉ・・・!」
 はむはむと耳を甘噛みしていた唇が、温かな吐息と一緒に少しはなれ、小さな硬い角をぺろりと舐める。
「ひっ・・・ぁっ!あんっ!」
 背を撫でていたご主人様の指が、とても敏感な場所を、優しくなぞった。
「ご、しゅじんさ・・・まっ・・・ぁっ、ああああっ!!」
 体の奥がきゅっと締まって、そこから痺れるような感じがして、体ががくがくと震える。リーは、なにかとても気持ちいいものが、体中を駆け巡って頭の天辺から抜けていく感覚に酔いしれた。

 角も弱かったが、尻尾の付け根も弱かった。慣れない快感に目を回して、自分の胸にもたれかかっている少年を撫でながら、ユイラはご機嫌だ。
「うーん、毛がなくなると、本当に敏感になるのね。サカキさんの言ったとおりだわ。・・・可愛いっ!!」
 ホムンクルスは、アルケミストにとって、頼れて可愛い相棒である。マッサージは有用なコミュニケーション手段であると、アルケミギルドから推奨されている。