都合のいい関係 3
まだ体の中心には、
二人合わせて何回分か数えるのも面倒くさい量の精液をかぶった体は、ひどい有様でありながら、いつもどおり美しく、たまらなく淫らだ。 ぞろりと頭をもたげる欲望と、物理的に立とうとするものを、軽く頭を振って鎮める。破壊王には、やるべきことが残っている。 失われていったものに対する罪悪感と、自分だけが取り残されたような寂寥と不安。そして、埋めがたい虚しさ。 「全部忘れればいい。・・・人間だったことも、俺のことも」 振り下ろした手が目標から外れ、何もないシーツの上についたのを、金褐色の目が驚いたように見上げている。 熱い痛みが、破壊王の左胸の下から突き刺さっていた。 「俺としたことが、効果の持続時間を計り損ねたか」 「な・・・んで・・・」 かすれた声に、混乱が滲んでいる。 短剣のような雷の王の手が引き抜かれた傷口から血液があふれ出たが、すぐに治まり、痛みも消えた。赤い汚れはあっても、破壊王の体には、傷跡はどこにもない。 「それはこちらの台詞だ。なぜ途中で止めた」 「なんで・・・なんで避けなかった?」 破壊王の血に汚れた自分の右手を、左手で包むように握り締め、雷の王は相変わらず混乱したように、自分の上に覆いかぶさっている男を見上げている。 「避けられなかっただけだ。まだ薬が効いていてな」 雷の王が破壊王を攻撃したのは、破壊王の殺気に対する反射だ。薬の効いた酩酊状態だったらなかっただろうが、ちょうど切れて感覚がクリアになった瞬間だったのだろう。突然明瞭になった世界で、ついさっきまで肌を合わせていた相手を殺しかけた。その状況を受け入れるのに、少々手間取っているらしい。 (なんと脆弱な・・・) こんなところで繊細さを見せつけられると、やはりまだ人間としての部分が残っているのだと痛感する。破壊王には、もうなくなったものだ。 破壊王は、男としてきちんと筋肉のついた、引き締まってしなやかな体を抱き上げた。 「おい・・・!?」 「腰が抜けて動けない老人は、大人しくしていろ」 「誰が腰が抜け・・・」 言いかけて、実際力が入らない自身に沈黙した雷の王を、破壊王は壊れ物でも扱うように、細心の注意を払ってシャワールームに運んだ。 どろどろのべとべとになった体を洗い流し、温かい湯をあふれ出させる広い湯船に体を沈める。 破壊王に後ろから抱えられるように収まったまま、雷の王の金髪頭が、こつんと反り返った。 「悪かったな。痛かっただろ」 「中に突っ込まれる感覚を、疑似体験した」 「さよか」 あのまま心臓と周辺の内臓を焼かれ、同時に神経を破壊されたら、いくら破壊王でも回復が間に合わずに死んだかもしれない。 「・・・破壊王、なぜ私にかまう?」 「こうしていたいからだが?」 雷の王の胸や太ももを、破壊王の厚く大きな手が撫でていく。 「真面目に答えろ。・・・お前の行動は、矛盾が多すぎる」 雷の王が無事であるのを喜びながら転生をほのめかし、多くの軽蔑と憎悪を受ける覚悟で殺害を試みながら、間の抜けた失敗をして、こうして一緒にいたいと言う。 「答えを知りたいのか?認めたくないだけで、あんたは知っていると思っていたが」 「・・・・・・」 「それとも、言わせたいのか?聞いて、それを信じるか?」 「お前は私を・・・!」 首をねじるようにして振り仰いできた顎をとらえ、そのまま唇を奪う。 「野暮なことを言うな。俺の答えはひとつだ。だが、このままの関係の方が、都合が良くていいと思わないか?」 覗きこんだ金褐色の目に、いくつもの感情が揺らいでいる。そのかすかに残った人間らしさが、時に煩わしく、時に愛しい。 「打算でかまわない。俺を利用しろ」 「お、まえは・・・っ、一人で・・・そうやって・・・」 「魔族なんか信用できないだろう?それでいい」 これ以上の問答は邪魔だとばかりに、まだ何か言いたげな唇を塞ぎ、こめかみから頬を撫でる。その指先が、髪が張り付いた首筋から鎖骨を伝って、滑らかな胸まで降りると、肩をゆするように雷の王が破壊王の口付けから逃れる。ぱしゃりと湯が跳ねる。 「私は・・・私は、お前なんか大ッ嫌いだ。自分勝手で、セックスばっか考えてる絶倫で、私の・・・っ、私の・・・なんか・・・」 「 「どっこも褒めてねぇっ!っていうか、私の言うことを聞け!」 わめく雷の王を抱きしめると、指を絡ませるように手を重ね、破壊王はくすくす笑いながら、紅潮した頬に口付けた。 「そんなに怒るな。怒った顔も、悪くないが。・・・それと、それ以上言うと、自分で言っている事に矛盾しはじめるぞ?」 その事実に気がついて悔しげにそっぽを向いた雷の王の肩に、破壊王は頬を寄せた。 「俺が纏わりつかなくたって、あんたは十分にやっていける。だが、たまに俺がいた方が、馬鹿な大声を出して、ちょっと気が晴れる。どうだ?」 「・・・それで、お前に何の得がある?」 「あんたの体」 「・・・それだけでいいのか」 「もっと何かくれるのか?」 戸惑った視線が破壊王を見上げる。そして、雷の王は、静かに元の位置に体を収めて力を抜いた。 「なるほど。都合のいい・・・ねぇ。気が変わるまで、それでいいことにしてやる」 呆れたような、それでいて少し軽くなった声音が苦笑っている。自身の中で折り合いがついたのか、雷の王は破壊王の提案を飲むことにしたようだ。 「ありがたき幸せ」 破壊王は雷の王の髪に口付けると、膝を使って雷の王の脚を内側から開かせ、その中心にある雄を握りこんだ。 「ま、待て!何をする!?もう無理だっ!」 「残念ながら、俺の方が、まだ薬が切れぬ」 「だー!わかった、わかったからっ!」 あまり力の入らない脚でもがき、破壊王に向き合うように体をずらすと、雷の王は自ら破壊王に口付け、硬く反り返ったものに指を絡ませた。 オートキープが働いてシーツが取り替えられたベッドの上で、雷の王は不思議そうに破壊王に尋ねてきた。 「あの香油はなんだ?お前の趣味じゃないだろう。それ以前に、ローションやら潤滑剤やらを使う頭がお前にあったことにびっくりだ」 「ああ・・・あれは・・・その、色々あって」 破壊王らしくもなく、歯切れ悪く視線を泳がせる様子に、雷の王の目が面白がるように据わる。 「かなりの高級品と見たが・・・プレゼントでもされたか」 「いや。・・・使った感じはどうだった?」 「悪くないぞ。私ならもっと華やかな香りの方が好みだが・・・そうだな、微睡みちゃんあたりが喜びそうだな」 「そうか」 明らかにほっとした様子の破壊王に、雷の王の目が丸くなる。 「まさか、微睡みが・・・!?」 「いや、違う。・・・その、頼まれたのは、本だ」 「ブッ・・・あぁ?どういうことだ?」 破壊王以上に二人と交流の深い雷の王に対して、破壊王は仕方なく重く口を開いた。 「・・・この間、今日俺たちが飲んだ薬を、皇帝がこっそり本に飲ませて、大変なことになった」 一瞬ぽかんとした雷の王が、腹を抱えて笑いだした。 「あははは。いや、笑ったらいかん。だめだ、それはまずいだろう。こんな物に耐性のない本に飲ませちゃ・・・」 「丸二日寝込ませたうえ、そのあと本調子に戻るのに三日かかった。後遺症が出ないか・・・あの時は本当に生きた心地がしなかった」 本に万が一のことがあったら、破壊王は問答無用で微睡みの君主にくびり殺されていただろう。それで済めばいいが、おそらくは魔族社会が半壊するような、大破壊が起こったに違いない。 「そうしたら、元気になった本からオーダーメイドを依頼されてな。その薬を混ぜるのに使った」 「はぁん。微睡みちゃん専用なわけか」 「そんなところだ」 頬杖をついてニヤニヤと笑う雷の王に、破壊王は小さく苦笑いをこぼした。 「微睡みちゃんは知ってんの?」 「言えるか、こんなこと。本がしゃべらなければ、たぶん、今も知らないはずだ」 今頃はその香油を使って、二人揃って気持ちよくなっているはずだ。 「たしかにお前が作ったものはよく効くよ。薬も、ふざけたトークも」 口の悪さは相変わらずだが、かなり角の取れた柔らかな微笑に、破壊王も軽く頷いた。 「それは光栄だ。次からは雷の好みの香りを用意しておこう」 「いい心がけだ」 重だるい疲労に目を閉じた雷の王の頬に、破壊王はそっと口付け、静かにベッドを下りた。雷の王に、必要な時だけ破壊王が恋人になることを許させた。今夜はそれだけで十分だ。 気位の高い男が破壊王を優しい恋人でいさせてくれるのは、いまはまだ夜明け前までだ。 |