『複雑な愛情表現』
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ここまで直接的に邪魔をされると、軍機卿もその美貌を歪めざるを得ない。 彼女には多くの優秀な部下がいたが、そのうちの数十名が個別に襲撃され、囚われの身となったのだ。普段ならば自力で脱出してくるのを待つか、必要があれば救出、もしくは始末する為に出向くのだが、今回は少々事情が違った。 誘拐犯からの犯行声明は、実に簡潔かつ、明瞭で、どこまでも大雑把だった。 『お前ムカツク。全部気に喰わないから、イジメるよ!』 大事な作戦を控えた部下も巻き込まれていたので、わざわざ指定された荒野まで出で向いたのだ。しかし、その救出対象を目の前でいたぶられて、いよいよ気分が悪かった。 「キャハハハハ!生きたまま返すなんて言ってないよ!?」 豪勢にカールしたツインテールの少女が、折り重なった死体の上で大笑いしている。 フリルの黒いミニスカートからは真っ白な太腿が見え、ガーターベルトに繋がれたタイツに包まれた、細い脚が続いている。厚底のブーツが、ぐにぐにと軍機卿の部下だった死体を踏みつけた。 「気がすんだか、 マスクの中から、女性のくぐもった声がはき捨てた。 真っ黒な軍服に見えるのは、拘束衣だ。両腕はしっかりと上半身に巻きつき、きつく締められた固定ベルトのバックルが、鈍く光っている。長いストレートの黒髪を埃っぽい風になびかせ、そこだけはあらわになっている緑色の目が、燃えるように鋭く輝いている。 「卿のところにも軍令が出ているはずだが?」 「きてるよ?それがどうした」 大きな青い瞳を見下すように歪ませて、平和の御使いはふんと可愛らしい鼻を鳴らした。 「天使族なんて、どいつもこいつも同じじゃない。飽きるんだよねぇ」 「ほう。卿が質に口を出すとは・・・長く生きてみるものだな」 「程度の問題だよ。地平を埋め尽くす、圧倒的な大軍を蹴散らし、分断し、踏み付け、喰らい尽くす!ああ、大好きさ!いつこちらが飲み込まれるか、気が気じゃない。いつこちらの手足をもがれるか、いつこちらの弾が尽きるか、恐ろしい!だけど、それがいい!!それがいいからこそ、不満なんだよぉっ!!!!」 小柄で折れそうなほどに華奢な少女が、キンキンした声で腹の底から咆哮する。 それを見て、うんざりしたように軍機卿は溜息をついた。 「だからと言って、私に当たることないだろう」 「つーまーんーなーいーっ!!んだよっ!!!」 癇癪玉のようなゴスロリ娘は、こうして度々他人にちょっかいを出しては、怒った相手と戦争ごっこをやっているのだ。 いいかげん付き合うだけ無駄に疲れるのはわかっているので、最近はスルーされることが多いらしい。そのせいか、今回はやり方がより過激になっている。 「閣下、次の部隊が到着いたしました」 片目を眼帯で覆った、真っ白なドレスの少女が、死体ピラミッドの頂点にいる平和の御使いに呼びかけた。 小さな雨雲のように近づいてきた一団が、鎖で獲物を吊り下げたまま舞い降りる。 「第7部隊、ただいま到着いたしました。閣下」 「ご苦労様!」 視線を軍機卿に向けたまま、平和の御使いはにぃっと口の端を持ち上げた。軍機卿の知的な緑色の目が、怒りに引きつっているのが見えたのだ。 粒ぞろいの強兵であっても、一人でいるときに大勢に強襲されてはたまらない。ぼろきれの様にされた軍機卿の部下たちは、鎖に繋がれてうめいている。すでに、動かなくなった者もいるようだ。 「貴様ぁ・・・っ」 「うふふふっ。さぁ、誰からアタシのお人形に・・・」 可愛らしい顔で舌なめずりをした平和の御使いの眼前を、何か光るものが横切っていった。 眉間や喉を、錐のような物で正確に突き通され、鎖を持っている兵士たちは断末魔をあげるまもなく倒れていく。 青銀色の頭髪に囲まれた口が鋼鉄の鎖を食いちぎる姿は、いっそ神々しくさえあった。 「大丈夫かい、ライドウ?」 にっこりと微笑んだ青年に、鎖を断ち切ってもらった傷だらけの士官は、潰されて片方だけになってしまった目を丸くした。 「ど・・・して、ここに?」 「カインに頼まれたんだ。大丈夫、カインは生きているよ」 血と埃にまみれた顔が情けなく歪み、透明な雫がどっと溢れ出す。肩を震わせて嗚咽を堪える優しい飼い主に、二対の目を持つ青年は手を差し伸べた。 「さぁ、帰ろうか」 しかし、その後ろに踊りかかるのは、レエスとリボンでデコレートされた狂気の少女。 「本ぅうううう!!!」 半分以上嬉しそうな声を上げて振り上げたのは、昔懐かしい釘バットだ。 本の髪がその凶器ごと可憐な体を捕らえる前に、横殴りの黒い疾風が重い音を立てて蹴り飛ばしていた。 「助勢感謝する」 しなやかな黒影が、姿勢正しく本に礼を言った。 「なに、俺が頼まれたのは、ライドウの救出だけだ。あとは二人で解決してくれ」 軍機卿が寡黙にうなずく。その緑色の目は、普段の冷静さを取り戻していた。 「忙しいかもしれないが、たまには遊んでやれよ。平和の御使いも寂しいんだろう」 戸惑った様子を見せた軍機卿をよそに、平和の御使いは蹴り飛ばされた先からうきうきと駆け戻ってきた。 「本っ、本っ!本も一緒に遊んでくれるの!?」 「悪いな。これから微睡みのご機嫌伺いに行かなきゃならないんだ」 「ええーっ!」 「デートの邪魔はするなよ。微睡みにお仕置きされたくはないだろう?」 あの微睡みの君主と一戦できるかもと目を輝かせるが、それによるリスクの大きさを考えると、平和の御使いも二の足を踏む。 「ううぅ」 「もうちょっと素直にならないと、誰も遊んでくれなくなっちゃうぞ。ねぇ、軍機卿?」 「・・・ああ」 意味ありげな本の視線に、軍機卿は居心地悪そうに応えた。 「じゃ、俺はこれで。平和の御使い、痴話喧嘩はもうちょっと可愛らしくするものだよ。あんまりやりすぎると、軍機卿だって怒るからな」 「・・・っ!?」 「うん、わかったよ。ゴメンね、軍機卿」 「え、あ・・・ああ」 欲求不満が一時的に消えたらしい平和の御使いに部下を解放させながら、軍機卿は満身創痍の青年士官に肩を貸しつつ去っていく本を見送った。 どこまで知っているんだ、と内心毒づきながら・・・。 ≪もどる |