ツンデレ
手に手をとって会場を抜け出していく二人の姿を、金褐色の目が羨ましそうに追いかけていた。
「あぁあぁ、幸せそうだこと」 彫りの深い、男らしい美貌が、低く溜息をついた。筋骨たくましい長身を、今日は紫紺の礼服に包んだ雷の王だった。 微睡みの君主のような社交嫌いではないため、雷の王の周りには、幅広い年齢層の魔族たちが取り巻いていた。ところが、不意にその輪が割れた。 「退屈そうだな、雷の王。俺がお相手しようか?」 豪奢な金髪を一房弄ばれ、雷の王は首筋に鳥肌が立った。 「お前以外だったら、相手になってもらう。髪触んな」 馴れ馴れしい手をはたいて、雷の王は相手を睨んだ。 体格のいい雷の王より、さらに一回りも大きな身体の男だ。よく日に焼けて赤銅色になった肌に、強い黒髪を一括りにしている。鼻筋も頬もがっしりとして、厚めの唇が笑うと、陽気な大男といったイメージだ。しかし、濃い眉の下では、酷薄そうな蒼い目が鋭い光を放っている。 「微睡みの君主か。いつも見つけられないんだが・・・小さすぎると思わないか?」 「黙れ、特大型精子製造機。微睡みちゃんは、あれでいいの。・・・微睡みちゃんと本には、ちょっかい出すなよ」 「いやに奴の肩を持つな。妬ける」 「気色悪いことを言うな。それと、気安くべたべた触るんじゃねぇ」 雷の王はうんざりした気分で、腕やら脚やらを撫で回してくる手を叩き落とした。 「久しぶりに会うというのに・・・。一晩ぐらい付き合ってもいいだろう」 「私の可愛い尻を壊す気か」 「女でも構わん」 「もっと嫌だ」 破壊王の子供を身篭るなど、雷の王としては御免こうむりたいところだ。 眉間や鼻梁にしわを寄せる雷の王に、破壊王は実に心外そうに、筋肉の盛り上がった肩をすくめた。 「ずいぶん嫌うではないか」 「うっさい、絶倫魔人。お前なんか大嫌いだ」 かなり奔放な微睡みの君主にスケベ呼ばわりされている雷の王でさえ、破壊王の精力に根負けした苦い過去があった。それはそれで、破壊王のほうが一枚上手だと認めてはいるのだが、以来、妙に懐かれて、ずるずると関係を引きずっている。 清算したいとは思いながらも、暴君のようなこの男にどこか魅かれていることも事実で、雷の王は自分の優柔不断さに唾を吐きたかった。 特定の恋人がいたら・・・と思わなくもなかったが、そんな他人任せの考えは逃げだと首を振る。恋人を破壊王に殺され、自殺行為を覚悟で寵愛に対して刃を向け、結局自分も殺された破壊王の部下の話を思い出し、暗澹たる気分に陥った。 溜息をつく雷の王は、背後からがっちりと抱きしめられて、あちこちまさぐってくるごつい手を振り払うのも、面倒くさくなってきた。 「気分が悪い。帰る」 「そうか」 そうか、と言うわりには、破壊王に雷の王を放す気配はない。 「放せ」 「嫌だ」 ぎゅうっと抱きついてくる力は、ほとんど巨大熊に近い。無理やりはがそうとすれば、ちょっとした格闘技戦になりかねない。 「破壊王よ、我儘もその辺に。優しい雷の王が困っているではないか」 足元からの声に視線を下ろすと、鳶色の髪をした愛らしい少年が、オレンジジュースのグラスを両手で持って、ニコニコと見上げていた。 「 紺のブレザーに白い薔薇を挿した少年は、半ズボンから細い生脚をさらして、ちゅごごごとストローをすすった。角氷の上に、さくらんぼが残っている。 「破壊王が雷の王を好きな気持ちもわかるが、そのように強引では、嫌われる一方ではないか?」 声変わりもしていない高い声が、いやに老成した口調で指摘した。 「老梟、私はこいつが強引でなくても嫌いです」 「くくく。そうは言っても、本気で拒んではいないではないか」 それは面倒だったり、場所柄立ち回るわけにも行かないと思ったり、結局悪意があって破壊王がまとわりついてくるわけではないと知っていたりで・・・。 「はぁ・・・」 今日何度目かの溜息をつくと、その力が抜けた分、さらに太い腕が締め付けてくる。雷の王の腕がきしみ、肺が押しつぶされる。 「い、いい加減にしろ、馬鹿力。・・・苦しい」 「放したら、帰ってしまうだろう」 「当たり前だ馬鹿。脳が睾丸になって死ね」 いよいよ本気で振り払おうかと思ったところで、固い音と共に、破壊王の腕からがくっと力が抜けた。 「人の話を聞きたまえ、破壊王よ」 素早く破壊王の腕から抜け出すと、痛そうに右足の脛をさすっている老梟がいた。 どうやら、破壊王の膝裏を蹴り飛ばしたらしい。 破壊王の蒼い目が、すうと細まる。 「老梟、どういうつもりだ」 「どうもこうも、わしはお二方が本気でいがみ合ってもらっては困ると思っている。そのためにしたことだ」 グラスに残ったさくらんぼをつまみ上げ、老梟はぱくりと口に含んだ。 「雷の王よ、気分が優れぬのであろう?休んできたまえ」 方頬を膨らませて微笑む老梟に一礼すると、雷の王はその場を離れた。破壊王の視線を感じたが、あえて無視した。 破壊王がなぜ自分に執着するのか、雷の王にはわからない。老梟が言ったように、たしかに雷の王を好いてはいるのだろう。だが、それを額面どおり本気で受け取るわけにはいかない。 (ハーレムの破壊王か・・・) 脳みそ金玉、と最初に評したのは微睡みの君主だったか。たしかに超絶の絶倫で、雷の王ですら「いい勝負」になる程度で負ける好色家だったが、残忍さと何を考えているかわからない底知れなさは、用心に値する。 SEXの最中でさえ変わらない、あの冷たい蒼い眼差しを思い出し、雷の王は首をすくめた。 パーティー会場のある棟を抜け、雷の王はぶらぶらとパンデモニウムの中を徘徊した。年に一度か二度しか来ないが、それでも数百回は来ているので、だだっ広い宮殿の中でも、だいたいの場所はわかる。 外周回廊からテラスへ出ると、冷え切った真冬の風が、服越しに皮膚に刺さる。外套も持ってこなかったことを、少し後悔した。 満天の星と月が見えるはずだったが、新年のお祭り騒ぎで地上が明るすぎて、見上げても白っぽい夜空が広がっているだけだった。 冷たい手すりにもたれて、すっかり酒の抜けた息を吐く。白い息は、すぐに消えた。 見下ろした先が真っ暗で、雷の王は少し驚いた。 (ああ、庭園か) 得体の知れない生き物が繁殖していると言う庭園は、上から見ると、ほぼジャングルだった。夜風に、ざわざわと木の葉が揺れている。 ぼんやりと、雷の王は微睡みの君主たちを思った。今頃は暖かいベッドでよろしくやっていることだろう。 「いいなー。私も優しい恋人が欲しいなー」 微睡みの君主と本が、複雑な事情で愛人という関係を保っていることは知っている。多くの犠牲を払ってでも一緒に生きていたいと願った、そこがぎりぎりの妥協点だったと。 雷の王には、そうやって一生を共にしたいと思える相手を得ようという考えはない。そんな人間らしいものなど、とうに失ってしまった。ただ、一夜限りだとしても、心許せる自分だけの人が欲しかった。 (無理だろうけどねっ) 創世より生き続け、街を支配し、魔王という誇りをもって責務を果たしてきた。しかし、孤高の存在というのは、なかなか疲れる。 「・・・転生しちゃおっかなぁ」 その呟きが聞こえたのではあるまいに、自分を覆ってきた影に、雷の王は注意を払わなかった。パンデモニウムの庭園は広い。しかし、冬眠できずに空腹を抱えたものもいるだろう。 目をつぶった雷の王は、目ではなく耳を覆えばよかったと後悔した。金属的な悲鳴を上げてテラスの向こう側へ沈んでいく怪物に、雷の王は小さく手を振った。 「あーらら」 「何をしていた」 振り向いた先で低い声を発した破壊王が、つかつかと歩み寄って雷の王の胸倉を掴んだ。 「こんなところで何をしていた?」 「散歩だ・・・つ、いちいち苦しいというに。この馬鹿力」 開放された拍子によろめいて、手すりに腰をぶつけた。 「痛っ・・・ったく、もう少し年寄りをいたわれ!」 「・・・死にたければ、俺が殺す」 「は?」 自分を抱きすくめた厚い胸が、妙に温かくて・・・。 よかった・・・そう聞こえた首筋辺りからのつぶやきに、雷の王は力が抜けた。 あてがわれた客室にいなかった自分を探して走り回ったであろう男の肩に、雷の王は頬を乗せた。 (ま、いっか) たとえ一夜限りだとしても。今夜だけは・・・。 |