スパイシーロリポップ


 まだ死んではいないが、うんともすんとも反応がなくなった細い裸体を見下ろして、イーヴァルはうんざりと義弟のアドレスにアクセスした。
「焔」
『なんだ』
 きびきびとした口調から、まだ仕事をしているらしいとわかったが、そんな忙しさに気を使ってやるほどできた人間ではない。
「おい、壊れたぞ。もろすぎる」
『はぁ?昨夜渡してやったばっかりじゃないか』
「そんなこと言ったって、もう動かなくなったもん」
『もん、とか言うな。気色悪い』
 イーヴァルを暴走させないために、この出来た義弟が玩具の世話をしてくれているのだが、最近のこういう結果には大いに不満だ。
「焔ぁ、次の玩具は?」
『俺は今忙しいんだ!一週間ぐらい禁欲しろ、愚兄!!』
「えー」
 確かに月末週で、会社全体の数字に睨みを利かせている焔は忙しい。だからこそ、イーヴァルには先に玩具があてがわれていたのだが、予想以上にもろかったようだ。
「じゃあ、自分で見つけてくる」
『アホウ!それでこの前未成年連れてきて、危うく事件になるところだったじゃないか!』
「だって、生意気で美味しそうだったからぁ・・・・・・」
 イーヴァルの顔やスタイルの良さはもとより、にじみ出る現金の匂いに釣られてくる人間もいる。イーヴァルとしては、それなりに観賞に耐える顔であれば、後ろ暗い者でも構わないというほど、とにかく釣れればいいのだが、その後の始末が面倒なので、最初から割り切った人間を焔が手配することが多かった。
 そもそも、イーヴァルの嗜好が激しく一般向けではないので、正直に話して相手を探すのはとても大変なのだ。だからといってだまして連れてきて、ばれない、お咎めがないなどというほど、この世界は甘くも広くもない。
「ったく、もっと頑丈なのはないのか」
『アークスじゃあるまいし。売りをやるような人間が、そう都合よく頑丈揃いなわけあるか』
 苛立ちでなげやりになった焔の言葉に、イーヴァルは衝撃を受けたように目を開いた。
「・・・・・・アークス!」
『おい・・・・・・』
 なにやら呆れたようなため息が聞こえてきたが、イーヴァルは天啓を得たように、珍しく気分の高揚を味わった。
「そうだ、アークスがいるじゃないか。なあ、焔?あいつらなら頑丈そうだな」
『嬉しそうに言うな、イーヴァ。アークスには、イーヴァの趣味に付き合ってやる義務も義理もないんだぞ』
「付き合ってくれる奴を探せばいるだろう。えっと・・・アークスの依頼サイトは・・・・・・」
『ちょっと待てッ!そんなことを堂々と依頼に出すな、馬鹿イーヴァ!!だいたい、彼らは地上の戦闘屋であって、シップの風俗屋じゃない!!恥をさらすなッ!!!』
 自分で相手を探してみようと検索しかけたが、焔の怒鳴り声がどんどん大きくなってきたので、イーヴァルは手を止めて笑った。
「わかったよ、待っていればいいんだろ。焔の仕事が増えるから、俺が自分でやろうと思ったのに・・・・・・」
『・・・・・・イーヴァが何かとんでもないことをやらかして、取り返しがつかなくなるよりはマシだ』
 ビジフォンが切れる直前に聞こえてきた、呪詛のような義弟の唸り声を、イーヴァルはオルゴールの音色のように感じた。
「ああ、楽しみだな」
 可愛い玩具、良く鳴く玩具、壊れにくい頑丈な玩具・・・・・・。
 傷だらけでベッドに放置された青年には、もう一瞥もくれず、イーヴァルは弾むような気分で部屋を出た。


「と、いうわけなんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 胃痛と頭痛が同時に来そうな苦悩を、わずかに眉間ににじませただけの表情で言う焔に、オフィスの応接ソファに差し向かいで座ったオーランも、綺麗な額に手を当てて絶句している。
 焔は黒髪であることを除いて、あまりイーヴァルとは似ていない。整った顔立ちや立派な体形であることは確かだが、タイプがまったく違った。一番違うのは、その性格だと思われるが。
「こんなことを頼む筋ではないと思うし、何よりあの子はまだ十六、七の子供だろう。しかし、こんなこと、うちと取引のあるアークスに漏らすわけにもいかなくてな」
「・・・・・・言いたいことはわかる、焔」
 華麗にて残酷なイーヴァルと、慎重で物堅い焔のコンビだからこそ、新しいメンズファッションのブランドをここまで急成長させられたのだ。それを戦友とも言うべき近さで見てきたオーランは、公には言えないいろいろなことも知っていた。イーヴァルの趣味に関することもそうだ。
 激しい痛みに叫びあがる悲鳴、涙を止められない泣き顔、快楽と屈辱にきしむ精神、そういうものを見ることで性的興奮を覚えるイーヴァルは、面倒くさいことに従順なマゾが好みではない。苦痛と恥辱に打ちひしがれても、まだ抵抗を続ける根性と向こうっ気のある人間でないと、満足できないのだ。
「社員や取引先周辺なんて言語道断、デリヘルには勘弁してくれと拒否される、その辺の素人では簡単に壊される・・・・・・だからって、アークスか」
 フォトンを操り、危険な惑星上で激しい戦いに身を置くアークスならば、確かに心身頑健だろう。だが、それとこれとは別だ。彼らとて、好きで命を危険にさらしているわけではないし、まして好き好んで傷めつけられたいなどとは思うまい。
「失言だった」
「仕方が無いさ。俺でもうっかり言うだろうよ」
 逞しい肩を落とす焔に、オーランは同情する。
「わかった、ちょっと連絡を取ってみる」
「すまない」
「イーヴァのお守も大変だな」
「・・・・・・なに、あれはあれで、自分の欲求が満たされているうちは、きちんと仕事をやってくれるから、まだ救いがある」
 ため息を混ぜながらもほろ苦く微笑む焔に、オーランは焔と同じく気は進まないものの、なんとか力になれないかと、親戚筋に当たるアークスの少年にメールを送った。


 エキゾチックな美少年顔を思いっきり渋く歪めたラダファムに、イグナーツはソファでくつろぎながら首を傾げた。
「どったの?」
「んー・・・・・・」
 広げたメールとイグナーツの顔を交互に見比べながら、またいっそう渋い顔になるラダファムは、どうにも歯切れが悪い。
 今日の仕事を終えてアークスシップに戻ってきた二人は、ラダファムの部屋で一服していたのだが、プライベートアドレスに届いていたメールやビジフォンでのやり取りで、ラダファムの表情がどんどん険しくなっていくのは、イグナーツとしても心配だ。
「なんかあった?」
「いや、なんていうか・・・・・・。なんで俺にこの話がきたのか、わかるようなわかりたくないような・・・・・・」
 イグナーツはラダファムが見せてくれた手元を覗き込み、メールの文面に視線を走らせた。
「・・・・・・は?」
「な?」
 ラダファムの表情が渋くなるのもうなずける。
「要は、セフレの斡旋ってこと?」
「報酬ありってことは、援交でもいいってことだろう?買春相手を未成年に聞くってどうなんだ」
 ぶうとラダファムは頬を膨らませるが、メールの相手もそれは重々承知しているらしく、とにかく低姿勢で頼んできている。
「このオーランって、ファムたんの親戚の?あの『レイヴン』のモデルだよな?」
「そう。ノエルの事務所の社長」
 メールの差出人は分別ある社会人のはずだが、なぜこのようなことになっているのかが謎だ。
「健康で心身頑健な成人男性。男を相手に性交渉でき、多少の苦痛を我慢できる人。ただし苦痛を快楽と思える人を除く。報酬応相談・・・・・・えー、相手サドってこと?痛みでよがらせるとか、支配欲を満たしたいって言うんじゃなくて、痛がってるのを見て喜ぶ真性ドSってことだろ?」
「これ見る限りじゃ、そういうことなんだろうな。ナッツの知り合いで、そんなん相手できる人いる?」
「普通に痛いのが嫌だけど我慢してやれるヤツなんて、聞いたことねーわ」
「だよなー」
 ありえねーありえねーと首を振るイグナーツに、ラダファムも困惑したままメールを見下ろす。
「でも、すごく困ってるみたいだ」
「そらそうだろ、そんな奇特な人間が都合よくいるかよ。・・・・・・そうだな、俺が試しに行ってみるか」
「へ!?」
 思わず声が裏返ったラダファムが見上げると、イグナーツはにんまりと唇を歪めていた。
「報酬もくれるっていうし、どの程度か俺が行って基準がわかれば、他のやつを紹介しやすいじゃん?」
「いや、そうかもしんないけど・・・・・・ナッツ、痛いの我慢できる?」
「大嫌いだ。戦って痛いのは、多少我慢できるけどな」
「だよね・・・・・・」
 胸を張って言うイグナーツに、ラダファムもため息をつく。
「でもたしかに、程度がわからないのに、俺たちが相手を探すなんてできないよね」
「だろ?お試しってことで、俺を推薦しといてくれ」
「・・・・・・ナッツって、チャレンジャーだよな」
「なんでもやってみるもんさ。ま、任務に支障が出ないように、っていうのは絶対条件で付けてくれよ」
「ああ、それなら・・・・・・」
 その条件を付ければ、専門医療が必要になったり、後遺症が残ったりするような、ひどいことにはならないだろう。なにより、ラダファムやオーランを通しているのだから、最悪なことにはならないよう、むこうも気を使うはずだ。
 ラダファムがイグナーツを推薦するメールを返して、コーヒーを一杯飲んでいるうちにメールが届いた。
「はっや。あ、お礼メールだ。丁寧な人なんだなぁ」
「おお、俺のところにも来てるぞ。ふふん・・・・・・」
 ラダファムのところへは、オーランを通じて謝礼の文面が並んでおり、イグナーツのところは、依頼人直々からの依頼文が届いたらしい。機嫌よく日時の調整を始めるイグナーツに、ラダファムはほとんど尊敬するような気持ちになった。
「ナッツって、タフだな」
「それはこの依頼が終わって、俺が帰ってきたら、賞賛の言葉として言ってくれ。呆れたように言ってくれるな」
「いや、今でも十分褒めてるよ?」
「一晩で20万メセタも稼げたら、俺もなかなかってことだな!」
「・・・・・・・・・・・・」
 がんばるぞーとやる気になっているイグナーツを眺め、ラダファムは自分の語彙を調整する必要を感じた。あれは『タフ』っていうんじゃなくて、『たくましい』っていうんだな、と。あるいは『馬鹿』とか『能天気』とかいう人もいるかもしれないが、ラダファムは困っている人を助けてあげられるこの状況では、言うべきではないと思った。


 長い会議中も嫌いな相手との商談中も、大変機嫌の良いイーヴァルに、周りはかえって恐怖を感じていた。いつもと違う兆候があるということは、たいていろくなことにならない。さわらぬ神にたたりなし。
 当人はそんな周囲を気にかけることなく、焔から渡された玩具のプロフィールを眺めてはほくそ笑んでいた。
 クラスはハンター、頑健な前衛だ。歳は二十歳、十分に若い。戦う体にしては、身長に比して体重が少し軽いようだ。筋肉が引き締まった、すらりとした細身なのだろう。添付された画像では、ニューマンの青年の顔は、長い前髪とサイバーグラスでよく見えなかったが、悪い造作ではなさそうだ。
 絶対条件として、アークスの任務に支障が出るような負傷をさせないこと。反故された場合は賠償金を支払うこと。これは仕方が無い。昨今アークスシップまでダーカーに襲われることもあるのだ。自分の首を絞めるようなことになってはいけない。それともう一つ、医療的な事情でサイバーグラスを外さないか、裸眼をさらさないこと・・・・・・これはよくわからないが、まあ、目隠しでもさせればいいということだろう。それはそれで楽しみだ。
「クククッ・・・・・・」
 一番の注目点は、アピールポイントとして添えられた一言だ。
(『優しい年上が好みで、痛いのは嫌い。龍族と経験あり』・・・・・・面白いアークスだな)
 実にいたぶりがいがありそうだ。イーヴァルは予定されている日を待ち遠しく思った。
(早く会いたいな、イグナーツ)
 イーヴァルは長い指先で、ホログラムで出来た青年の頬をひと撫でし、さらに形の良い唇の両端を持ち上げた。