お菓子の城‐7‐
天井から吊るされた鎖に両手の自由を奪われ、かろうじて爪先が床につくだけの辛い体勢のままで、イグナーツは目隠しで視界を遮られ、ボールギャグを噛まされていた。これでは悲鳴は出ても、文句が言えない。
「ふっ・・・・・・んっ、ぅ・・・・・・っくう!」 さんざん傷痕を撫でられたり爪で引っかかれたりと背中を責められ、乳首をいじられながら後ろから突っ込まれて中出しされたのはいいのだが、イグナーツ自身はペニスリングや拘束具で射精をせき止められたままで、まだ一度も出していない。イーヴァルが満足した後にペニスの拘束が解かれ、イーヴァルの代わりによく動く玩具が突っ込まれはしたが、イグナーツはこんな恰好で放り出されてもイける人間ではない。 「んんーッ!」 「なにやら罵声を浴びせられている気がするのだが?」 「うぅうっ、んぅうー!」 相変わらず自分だけ先にシャワーを浴びてきたイーヴァルに、イグナーツは蹴りを入れたくて仕方が無かった。目隠しがなくてバイブのいやらしい動きで身動きもままならない状態でなかったら、ぜひそうしたかった。 「っ、はっぁ・・・・・・こ、のぉ・・・・・・っ!」 「なんだ、まだイけていないのか」 ボールギャグが外されて呼吸は楽になったが、疲れた顎と舌が上手く言葉を紡いでくれない。中途半端に起ったままのそこを凝視される羞恥もあったが、それよりも早くこの状況から解放されたくて身体を捩った。 「ぁあっ、んっ・・・・・・イ、けるか・・・・・・ッ!はっ、はや・・・・・・くっぁ!」 「手間のかかるやつだ」 「あっ、ひっ・・・・・・ぁあああ、ァ!ああっ!イーヴァ、ぁあッ!」 先走りで濡れたそこを、奥までずっぽりと咥えられて、イグナーツは泣いているような嬌声を上げた。片脚をイーヴァルの肩にかけるように広げられて、イーヴァルの精液を絡みつかせながら尻で咥えている醜悪なものを押し込まれた。 「あァうっ!はぁっ・・・・・・ああっ!イーヴァ、イーヴァぁ・・・・・・っ!イくっ、気持ち、いいっ・・・・・・はぁ、ああ!もっとぉ!」 鎖をジャラジャラと鳴らして、イグナーツは震えるように腰を振った。ぬるぬると絡みつく舌が気持ちよくて、じゅぼじゅぼと吸い付くようなスケベな音までたてて、あの綺麗な顔のイーヴァルに咥えてもらっていると思うと、余計に興奮した。それなのに、腹の中の玩具の動きまで激しくなって、犯しているのか犯されているのかわからなくなっていく。 「アアッ!イーヴァ・・・・・・なか、うごか、さっ・・・・・・!ひぁあっ!もう、イくっ!イくぅ・・・・・・ッ!!イーヴァ・・・・・・ぁあああんっ!!」 ぞろりと屹立の裏側を舐められて、イグナーツはイーヴァルの口の中に射精した。尻を犯す玩具のせいで何度も絶頂にイくような、頭がおかしくなりそうな快感を味わい尽くして、ようやくイけないままほったらかしにされていた分の満足を取り戻した。 「はぁ・・・・・・はぁっ・・・・・・はあぁ・・・・・・」 「ふん、よく出たな。体調は十分戻ったようだな」 「あー・・・・・・はぁ、ソウデスネー・・・・・・」 自分の精液を飲んでくれたイーヴァルの顔を見たかったなー、と思える自分はきっと逞しいんだと、イグナーツは心で言い聞かせた。痛いのは相変わらず嫌だが、飼いならされてきている自覚は薄々感じていた。認めたくはないのだが。 「早く体を洗ってこい。出かけるぞ」 「え、俺も?」 「そうだ」 両手の拘束を解かれると、目隠しも取っていいと、そのまま背中を押された。目隠しの隙間からちらりとうかがうと、イーヴァルはもう背中を向けて外出の支度に取りかかっていた。 広いシャワールームで、背中やわき腹のひっかき傷の沁み具合に顔をしかめながらも、どうりでいつもほどボロボロにされないはずだとイグナーツは納得した。イーヴァルに病み上がりの人間に対する労りというものが存在するなんてありえないのだ。 高いホテルで出されるような、ふっかふかのバスタオルにくるまると、家主よりもアメニティーグッズの方が自分に優しいのはどういうわけだと首を傾げたくなる。 「これ・・・・・・?」 用意された衣類は、殆んどが高級ブランド『レイヴン』のものと思われた。新品の下着が履き心地の良さを追求した別ブランドであるのはいいとして、イーヴァルが手掛ける『レイヴン』の服が自分に似合うとは思えなかった。 (いくら自分のところの服だっつってもなぁ・・・・・・) 着なれない高級服は、なんだか気恥ずかしかった。 「これでいいのか?」 「・・・・・・出来るだけカジュアルにしたつもりだったのだがな」 「悪かったな、中身が安っぽくて!」 こっちにしろ、と手渡されたのは、オシャレなデザインの色の濃いカラーグラスで、イグナーツはサイバーグラスから付け替えた。鏡を見てみると、なるほど、自分で思っていたよりは、そこそこ様になっている。裕福な医学生か、売れ始めた技師のような雰囲気だ。 (自分で言うのもなんだけど、馬子にも衣装ってやつだな・・・・・・) 「行くぞ」 「あ、うん」 いつもより早い時間に呼び出されていたので、外はまだ夕方の時間だった。いつもの運転手の車に乗って、活気のある市街区を走り出す。 「ああ、そうだ。この前の連中なんだけど、仲間割れっていうか、新参のはねっ返りだったらしいよ。それで、俺の資料を隠されて、全部みてなかったみたいだ」 重症のイグナーツを「保護」しようとおしかけてきた研究員たちの無防備さも納得できる。イグナーツの報告に、イーヴァルも頷いて、イグナーツの鎖を握る者たちの思惑を読みぬいた。 「なるほど。自分たちの手を汚さず、お前に消させたのか。不足しているデータも取れるし、お前の眼を見られれば、奴も本望だろうと」 「そういうことなんだろうなぁ。俺、そう言われると無差別殺人兵器だし」 コントロールがイマイチ利かないあたりが、未だに研究員たちにも遠巻きにされている理由だろう。 「自分で調べたのか?」 「まさか。俺は博士たちに興味ないもん。レルシュが教えてくれたんだよ」 「レルシュ・・・・・・ああ、あの活きのいいデューマンか」 イグナーツの病室にいた青年を思い出したらしいイーヴァルに、イグナーツは頷いて、子供時代からの友達だと説明した。 「あのデューマンも生意気そうで・・・・・・、ククッ、遊んだら楽しそうだな」 「・・・・・・イーヴァル、レルシュみたいなのが好みだったのか」 「活きがよくて生意気な獲物は大好きだがな、そういうのは案外と長持ちしない。若くて体力を自慢する割には、すぐに壊れる。そのくせ、寄ってきやすい部類ではあるな」 「へぇ。そんな統計でもあるのか」 「経験則だ」 「・・・・・・・・・・・・」 今までにイーヴァルの餌食になった人間がどれほどいるのか、イグナーツは出来るだけ考えないようにすることに決めた。そして、自分がその経験則の、どの辺りにいるのかも。 「話は変わるが、今度お前を、アークスとして正式にわが社と契約することに決めた」 「え、『レイヴン』で使う素材でも集めてくるの?」 「だいたいそういう仕事だ。とりあえず、最初はこの辺を集めて来い。今後の委細は焔から連絡させる」 「はーい」 送られてきた依頼メールを広げ、イグナーツは顔をしかめた。 「アギニスの羽についている綿花の種、傷のないディッグの皮、トルボンの大きな貝殻・・・・・・まぁ、できなくはないけど。このエル・アーダの尾針とか、プレディカーダの鎌とか、何に使うんだ?服を作る道具にするのか?」 「それはお前と遊ぶ用の道具だ」 「ざっけんな、馬鹿!俺を殺す気か!!」 「心外だな。こんなに大事にしているのに」 「大事に!?そうか?本当にそうか!?」 イグナーツを大事にしていると言い張るイーヴァルに連れて行かれたのは、イグナーツでも名前を知っている老舗のホテルだった。 恭しくドアマンに案内されて、いくら初めての場所とはいっても、あんまりきょろきょろするのもみっともないと思い、イグナーツはイーヴァルの広い背中から半歩後ろをてくてくと付いていった。 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、イーヴァル様」 あまり飾り気はないが、気品のある店構えのレストランにたどり着くと、客が大勢いるにもかかわらず、こちらが名乗る前に、姿が見えただけで責任者らしき男がすっ飛んで来て、丁寧にテーブルへ案内してくれた。 「わぁ・・・・・・初めて見た」 「お前たちの環境では、味気ないものばかりだろうな」 「うん、そうかな」 利便性を追求したシステム、ストレスのない通信速度、誤差を極限まで減らした精密な演算・・・・・・それらはすべてアークスの活動に必要な物だったが、感性を磨くにはいささか不向きな環境と言えるだろう。 「イーヴァルは、ここによく来るの?」 「たまにな」 「ふーん」 機械に頼らずたまに来る程度の客の顔を覚えている店員に、イグナーツは素直に感動した。予約してあったり、そもそもイーヴァルの顔が忘れにくいほどよかったり、肩書がでかかったりと、それなりに理由はあるのだろうけれど、一流の接客というのは、イグナーツにとって物珍しいものだった。 椅子に座って瀟洒でクラシックな店内を呆けたように眺めていると、イーヴァルに呼ばれた。 「え?」 「何がいいか聞いている」 「え、何って?」 「・・・・・・お前はここに何をしに来たと思っているんだ」 イーヴァルは呆れながら、ボーイと次々にやりとりをしてメニューを決めていた。 「何をしにって・・・・・・何も聞いてないけど」 「この低能。お前を太らせるために来たのだ。好きなものを食べろ」 「へ?」 たしかに食事処ですることは食事だろうが、イーヴァルに食事を奢ってもらうという状況が思いもよらなくて、イグナーツはあらためて自分の目の前に整然と並べられたカトラリーに視線を落とした。 (た、高そうだ・・・・・・) 奢ってもらうのだから気にしなくてもいいのだろうが、こういうところは初めてで、イグナーツはどうしていいものかと首を傾げた。 「最終的には、目を瞑っていてもこのぐらいの食器は扱ってみせろ。・・・・・・いつ目を潰してもいいようにな」 美しい顔に邪悪な笑みを浮かべるイーヴァルに、イグナーツは自分が完全に絡め捕られたことを感じた。 「マジかよ。冗談にしては大掛かりすぎじゃねえ?」 「冗談なものか。言っただろう、大事にしていると」 食前のシャンパンを満たしたグラスを傾け、イーヴァルは妖しくも艶やかに、微笑んでみせた。それが悪魔の微笑だとしても、温かな実を伴った誘惑であるかぎり、イグナーツはイーヴァルの期待に応え続けるのだろう。 「わかったよ。俺の眼をアンタに潰させてやる。でも、いつか、な」 「期待している。くれぐれも、その辺のエネミーなんぞに潰されてくれるなよ」 「ああ、はいはい」 イグナーツはイーヴァルにあわせて、苦手な炭酸飲料を流し込んだ。今後は太らないために、今まで以上に任務に精を出さねばならないだろう。 たぶん、当人たちは気が付いていない。イーヴァルと向き合って次々と食事を平らげるイグナーツが無邪気な笑顔をしており、それをイーヴァルが満足気に眺めていることに。 |