だだだどどどどん　どんどこだだだだどんだだだ

　速いテンポのリズムに合わせて、きらびやかな飾り布と、これでもかと盛った羽飾りがゆっさゆっさ揺れる。

　ずんどこどこどこ　だんどこどこどこ　どどどどこどど

「がんばりお！がんばりお！」

　だだだどどどどどだだだどどどどど　ぴーっぴっぴぴー

「いえいっ！」
「なにが『いえいっ！』だ！」
「あっ、いーば！おかえりなさーい！」
　汗の玉がキラキラ光る笑顔で、半裸と言っていいサンバ衣装を着たミニが、衣装の裾をずるずるひきずりながらイーヴァルに駆け寄ってきた。
「おかえりー」
「お前の仕業か、焔っ」
「ははは。いいじゃないか。たまには、こういう派手な衣装も見てみたくてさ」
「俺のところでやるな！」
　ブチ切れ寸前なイーヴァルの怒鳴り声にも、焔は「ミニはちっちゃいから作りやすいしさ」などと言って動じない。
「ミニがねぇ、やってみたいって言ったら、焔さんが作ってくれたの！」
「････････････」
「この前、地球で一番のアスリートを決める運動会があったんだって。これが、今回の開催地でのお祭り衣装なんだそうだよ」
　焔の説明はわかった。ミニが地球の「おりんぴっく」中継なるものを見ているのも知っていた。
「だからって、なぜその格好になる･･････ッ！！」
「楽しいよ！！」
　ミニは輝く笑顔でのたまうが、そういう問題ではない。
　ミニは背中にカラフルかつボリューム満点な羽飾りを背負い、銀色の頭にも羽飾りを乗せている。着ているものと言えば、腰巻と言えそうな布のみで、むちむちつるんとした肌を惜しげもなくさらしていた。
　イーヴァルは文句を言う気力もなくし、ため息をついた。
「シャワーを浴びて着替えてこい。おやつはモンブランだ」
「もんぶらん！？食べる食べるー！！」
　ミニを誘導するには、これが一番だ。
　どたばたと衣装を脱いでシャワールームに走っていくミニを見送り、イーヴァルはお茶を淹れるためにキッチンに立った。焔は羽飾りを手に取り、耐久具合を確かめている。
「イーヴァ、運動会の件だが」
　毎年「レイヴン」が行う、社内運動会のことだ。家族連れの参加歓迎で、参加した社員全員に参加賞があるので好評だ。
「何か問題が？」
「いや。準備期間が短い割には、応援衣装コンテストの参加者が増えそうでさ。もう少し賞を増やそうかと思って」
「ふむ」
　応援合戦の一環として、アパレル企業らしいコンテストでもある。イーヴァルは焔の持っている物に目を尖らせた。
「お前も出場するのか」
「俺は審査員だから出さないよ。ただ、ミニは気に入ってくれたみたいで、これで応援したいってさ」
　もちろん、運動会にはミニも連れていく。留守番をさせるよりも、退屈しないでいいだろう。
　競技の中には、小学生以下の子供を対象にした障害物競走もある。ただ、イーヴァルの予想する限り、ミニがぶっちぎりの一位になるだろう。身体能力に関しては、いくらいま身長がちんちくりんで体型がぽてぽてでも、もともと地上を走り回っていたアークスだ。本気になれば、コンパスの差などものともしないだろう。
「好きにしろ」
「うん」
　薫り高い紅茶を淹れていると、長袖のシャツに着替え終わったミニがとたぱたとやってきた。
「焔さん、こしおびは洗濯機に入れていいの？」
「ああ、俺にちょうだい」
「はぁい」
　明るい緑色の布を焔に手渡し、ミニはダイニングの椅子に座った。ミニ用に座面を高くしてあるので、よじ登るという表現が似合う。
「わあぁ」
　ミニの前に置かれた皿には、艶やかな渋皮色をした栗がでんと乗った、クリームたっぷりのモンブランが鎮座していた。そこに、イーヴァルが手ずから淹れた紅茶が添えられる。
「いただきますっ！･･････おいひぃぃ〜っ！」
　フォーク片手に幸せそうにモンブランを頬張るミニを眺め、イーヴァルは月末のハロウィンを思い出した。何か菓子を用意してやらねばならないだろうが、ジャックランタンだけはイーヴァルが嫌いなので、別の形のものにしなければならないだろう。
　そんなことを考える自分に、イーヴァルは力が抜けるような気がした。どこまで自分はミニに甘いのかと･･････。
「ミニ、衣装で転んだりしないように、応援する時は台を用意するからね。そこ以外で、この衣装を着て踊っちゃだめだよ？」
「うん、わかった！」
　焔の方が、どこまでもミニに甘いようだ。もっとも、あんな衣装で歩き回られるよりはいい。
「あのね、あのねっ、焔さん！」
「なんだい？」
「ミニね、サチコちゃんみたいなところで踊りたい！」
「へ･･････？」
「キラキラしててね、どかーんて、キラキラがひらひらーってね･･････！」
「ミニ、食べ終わってから説明しろ」
「あーい」
　フォークを振り回すのをやめさせ、イーヴァルは額に手を当てた。某地球親善大使のライブを、誰がミニに見せたのやら･･････。
「･･････勝手にしろ」
　どうでもよくなって、イーヴァルはつぶやいた。どうせイーヴァル自身でやるわけでもない。
「ミニ、前日に運動会に持っていく芋蒸しパンを作るぞ。それが当日のおやつだ」
「わあぁい！」
　焔が生暖かい笑顔を向けてきたが、イーヴァルは無視をした。


　運動会の会場には、『みんながんばれ！』と書かれた、ど派手な書割を背負ったお立ち台が登場し、応援衣装を着た社員や家族たちが、代わる代わる立ってアピールしていった。
　ミニの衣装は焔作なのでコンテストの対象にはされなかったが、その派手さは目を引き、焔の器用さを称える声は大きかった。もっとも、焔が一番喜んだのは、グレードアップした羽飾りを載せて満面の笑顔ではしゃぐミニを見られたことだったが。
　もちろん、サンバ衣装のミニはお立ち台で踊りまくり、障害物競走では一等賞をもぎ取っていった。

　疲れ切って爆睡しているミニをベッドに運び、イーヴァルもソファに身を投げ出した。
　「社長に勝ったら金一封」などとけしかける運営委員会のせいで、１００メートルダッシュなどさせられたせいだ。結果は、陸上部出身の営業と競り合って負けたが、それでも二位入賞だった。
　イーヴァル以上に悔しがるミニを思い出して、グラスにブランデーを注ぐ手が一瞬震えた。部下に華を持たせるのが上役の役目とはいえ、イーヴァルは全力で走った。たしかに負けて悔しかったが、悔いは残っていない。それに･･････。
（面白かったな）
　眉間とあごにしわを寄せて、ぷるぷるとほほを膨らませて残念がるミニの顔が、である。
（芋のタルトでも作ってやるか）
　羽飾りを背負って一生懸命に応援してくれたミニを思い出し、イーヴァルは静かにグラスを傾けた。