ミニの世界平和


 邪悪な魔王に支配され、人々は魔物に怯えて暮らす、暗黒の時代。
 世界に平和を取り戻さんがため立ち上がった勇者たちは、幾多の困難を乗り越え、ついに魔王の居城へとたどり着いた。
「いきなり着いたな」
「尺の問題ですので」
 呆れる鬼子侍のレルシュに、大神官のクロムは苦笑いで答える。
「こーんにーちはー!」
 魔獣使いのミニが大きな扉を叩くが、反応が無い。
「う?開いてる」
 ミニの小さな手でも、大きな扉はきぃと音を立てて開いた。
「入ってこい、ということでしょうか」
「望むところだ!」
 勇ましく鼻息を荒げ、ちっこい体に赤い鎧を着たレルシュが、ずんずこと城に入っていく。その後ろを、白地に青装飾のローブをまとったクロムと、羊のキグルミにしか見えないモコモコを着たミニが続く。
「よく来たな」
「・・・・・・ラスダンって、もっとこう複雑で長くて難しいもんだろッ!?」
 玉座に座る大魔王イーヴァルを指差し、レルシュは文句を言う。
「うるさいな。面倒だから早く終わらせろ」
「す、すみませんっ」
 うんざりと肘掛けに頬杖をつくイーヴァルに、クロムはぺこぺこと恐縮する。
「大魔王覚悟しな!お前を倒して、世界を平和にする!!」
「ほう」
 びしっと恰好を付けたレルシュの宣言に、イーヴァルが目を細めて薄笑いを浮かべる。
「行け、ミニ!!」
「あいっ!」
 さきっちょにニンジンをぶら下げた釣竿を振り回し、ミニはキラキラと星を飛ばして魔獣を召喚した。
「助けて!バルバリリーパさん!!」
 ぽん、と煙の中から現れたのは、巨大な毛皮・・・・・・ではなく、黄色い羽の物体。
「きゅ?ピィピイィ〜♪」
「あ、失敗」
「ラッピー呼び出してどーすんだ!!」
「うぅ〜っ、もう一回。今度はクマしゃんきてー!!」
 ぶんぶんとニンジン釣竿を振り回して、ミニは今度こそ煙の中から黒褐色の毛皮を召喚した。
「がおおぉぉぉっ!!」
 左目がつぶれた大きなクマは、イーヴァルに向かって、ピンクの肉球と鋭い爪の手を振り上げた。
「・・・・・・ふん」
 肘をついたままのイーヴァルが、ぱきっ、とひとつ指を鳴らすと、大きなクマはヌイグルミになって、ころんと床に転がった。
「きゃああああっ!!ミニのクマしゃんがーーーー!!!」
 ミニが慌ててクマのぬいぐるみに駆け寄るが、イーヴァルは座ったまま、その長い脚で容赦なくクマのヌイグルミを踏みつけた。
「ふん、たわいもない」
「やめてー!ミニのクマしゃん、踏まないで!ミニの・・・・・・ミニの大事なクマしゃん、えっぐ、苛めないで・・・・・・うっ、ふえっ・・・・・・うわあああああああああああああああんんん!!!!」
「うぐ・・・・・・っ」
 思わず両耳を手で塞ぐほどのミニのギャン泣きは、魔王の城の中をビリビリと震わせながら響き渡った。
「びぇええええええええええええええええんん!!!」
「う、うるさいっ!おい、なんとかしろ!!」
「なんとかなんてできるか!ミニを泣かしたのはアンタだろ!」
 レルシュもクロムも、イーヴァルと同じように両耳を手で塞いで、この全方位音響攻撃に耐えている。
「えぇい、やかましいっ!!泣き止め!!」
 耐えかねたイーヴァルが杖を取って振るうと、黒い稲光がミニを包んで、白い羊のキグルミがびりびりと裂けていった。
「ふえぇ・・・・・・え?あ?あれ?」
 ぺたんと床に座ってクマのヌイグルミを抱きしめたイグナーツが、きょとんと眼を擦っている。小さかった子供の手足が、のびやかな大人の四肢になっていた。
「ミニがデカくなったーっ!?」
「あれは魔王の呪いですね。俺じゃ元に戻せません」
 小さいの可愛かったのに、とクロムは嘆くが、レルシュは自分だけまだ小さいのが納得いかなそうだ。
「ふん、やっと静かになった」
「ぎゃあぁっ、黄金羊のキグルミがボロボロに!これ最強装備なのにぃ!!」
「やかましいっ!!」
 大きくなってもうるさいと、イーヴァルは杖でイグナーツを小突いた。
「なにすんだ!」
「・・・・・・・・・・・・」
 クマのヌイグルミを抱えたままのイグナーツは、頭に羊の角の被り物を乗せ、ミニの時の服が腰まわりや手首の辺りに、窮屈そうにまとわりついているだけだ。
「おい、勇者」
「なんだよ」
 大きくなる方法を考えていたレルシュが顔をあげると、イーヴァルは重々しく提案した。
「これをよこせ。そうすれば、世界から手を引いてやってもいい」
「え?」
 これ、とイーヴァルが指差しているのは、イグナーツで・・・・・・。
「え?俺イケニエ!?」
「いっぱい甘やかしてやるし、ぎゅうもしてやろう」
「うっ・・・・・・」
「どうだ?こいつ一人で世界平和が買えるぞ?」
 魔王からの取引に、イグナーツは揺れ動き、クロムはハラハラおろおろ。しかしレルシュは、きっぱりと頷いた。
「・・・・・・よし、のった!」
「えええええっ!?」
「商談成立だな。来い、可愛がってやる」
「ちょっ、まっ・・・・・・ええええええええええええ!?」
「がんばれよ〜」
「お幸せに〜」
 イグナーツはイーヴァルにずるずると引きずられていき、レルシュはクロムと一緒に、意気揚々と魔王の城を後にした。
 こうして、世界に平和が戻ったのだった。めでたし。めでたし。


「・・・・・・っていう夢を見てな」
 イグナーツと同じ機械で小さくなってしまったレルシュが、ああ面白かった、と笑う。
 イーヴァルのオフィスには、レルシュとクロムが遊びに来ていた。
「ミニ、やっぱり大きくならないとダメ?」
 大きな目をうるうると潤ませるミニを片腕で抱っこして、イーヴァルはもう片方の手で額を支える。
「ミニが大きくならないと、平和にならないの?」
「お前は俺が作った菓子があれば、世界がどうなろうとかまわんだろうが。フローズンヨーグルトあるぞ。食べるか?」
「食べるー!」
 ミニはレルシュと並んで座り、機嫌よくフローズンヨーグルトにスプーンを差し込み始める。
「平和ですねぇ」
「泣かさない限りはな」
 うんざりとため息をつくイーヴァルに、クロムは乾いた笑顔を向けるしかない。
「いーば、これとっても美味しいの〜!」
「そうか」
 本当に魔法で大きくできれば解決するのに、と思ってしまったイーヴァルは、ニコニコと笑顔のミニを眺め、もう一度ため息をついた。まったく、ミニが笑っていれば、他はどうあれ、ここは平和なのだ。