ミニの七夕
その日のイーヴァルは、どうしても出席しなければならない会議があったので、ミニは社長室で一人、お留守番をすることになっていた。
ミニはいつものように応接セットのソファに座り、イーヴァルに買ってもらったクマのぬいぐるみを抱えて、一人で将棋をしていた。集中してさえいれば、寂しい気分にならずに済む。 そこへ、社長室のドアが開いた。 「ミニ、一人で大丈夫かい?」 「あっ、ほむらさん!」 焔が様子を見に来てくれるとイーヴァルに言われてはいたが、やはりしんとしていた空間に人の声があると、ミニはほっとして笑顔になった。 「よかったら、俺と七夕飾りを作らないか?」 「つくる!つくるー!」 ミニはぱたぱたと将棋のモニターを片付け、焔が持ち込んできた、まだ何の飾りもない青いササツリーを、目を輝かせて見上げた。 焔は社長室にササツリー台を運び、ミニはクマを置いてササツリーを両手で持ち上げたが、ミニの腕力ではたいして持ち上がらず、半ば引きずっていた。 「わーい!」 それでも葉の豊かなササツリーはわっさわっさと揺れ、はしゃぐミニを焔がたしなめて、ササツリーを受け取った。 「そんなに振り回したら、葉が取れてしまうよ」 「はぁい」 広々とした社長室の、窓際に設置された台にササツリーが固定され、長い枝がさらさらとしなだれてきた。 「さあ、飾りを作って、願いことを書こう」 「あい!」 ミニは焔の言うとおりに、小さな手で折り紙を折って、子供用のはさみを操り、星や天の川の飾りを作った。七夕セットの中にあったキャラクターをプリントした厚紙にも、こよりを通した。 「ラッピーはわかるけど、このロボットみたいなのは何だろう?機甲種なのか?」 「クーガーだよ!」 クーガーNXの厚紙片手に首を傾げた焔に、ミニはそれ知ってるとばかりに説明した。 「こっちは?」 「たがみかづちー!」 「ミニは何でも知ってるんだな」 「えへへへっ」 キャラクター厚紙の中にMr.アンブラがなかったのは、おそらく雨天になっては困るからだろう。 五色の短冊に、ミニはうーんうーんと唸りながら、願い事を書いた。 「はやく、おおきく、なりますように・・・・・・」 元々大人のイグナーツが、一時的に小さくなっているだけだとわかってはいるが、焔はつい、幼児が将来に希望を持っているかのような錯覚を覚えて聞いてみた。 「ミニは大きくなったら、何になりたい?」 「いーばのおよめさん!」 半ば予想していた答えだったが、こうストレートに答えられると、焔も苦笑いしか出てこない。ミニには、自分がアークスだという自覚があるせいで、「大人になる=なりたい職業」とならないのだろう。 「はやく、大きくならないかなっ!」 「そんなに急がなくても大丈夫だよ」 「えぇ〜。だって、大きくならないと、いーばとえっちできないよ?」 「・・・・・・」 幼児の爆弾発言に絶句した焔は、ミニが大きくなる前に再教育が必要だと痛感した。 「それにね、ミニが大きくならないと、赤い服も着られないの」 「赤い服?」 ミニの手元には赤い短冊があり、『ミニのあかいふくがきたい』と書かれていた。 「服なら、俺が買ってあげるよ?」 実際、ミニの服は全て焔が用意した。ミニがいま着ているセーラーも、焔が選んだものだ。 しかし、ミニは少し首を傾げ、ふるんふるんと首を横に振った。 「小さいの、ないの。ミニの、赤い服がいいの」 「小さいのがない?」 「うん。ミニは、ミニの服がいいの!赤いの!」 ミニが必死に説明する「赤い服」について、焔はしばし考え、ぽんと手を打った。 「ああ、もしかして・・・・・・イグナーツが着ていた、パニッシュジャケットのことか!」 「そうなの!」 やっと通じたと、ミニは両手をあげて肯定した。 たしかにパニッシュジャケットは若者向けブランドの商品で、幼児サイズはない。似たような物と言っても、焔には心当たりがなかった。 「いーばの、おしごとが、はやく、おわります、ように・・・・・・」 小さな手で子供サイズのマジックペンを握り、きったない字ながらも、ミニは一生懸命に書いている。ここまで筆記するのは、通常の幼児にはほぼ無理な芸当なので、やはり大人のイグナーツが小さくなっている証拠だろう。 焔は、しばし考えた。 「できたー!」 「おっ、どれどれ?」 短冊に書かれた異文化語にも見紛うほどのミニの文字を解読すると、『れるとあそびたい』『くえすとにいきたい』といった若いアークスを思わせるものや、『めがなおりますように』という、せつないもの。そうかと思えば、『ばーべきゅー』『いーばのけーき』といった食欲全開なものまで。セットされていた短冊すべてを消費するほど、ミニのお願い事は多かった。焔が喜んだのは『いーばと、ほむらさん、なかよし』という一枚。もしかしたら、イーヴァルに雷を落とす焔を見ていたのかもしれないが。 ミニを抱きかかえて飾りつけをすると、シンプルだったササツリーの色合いが華やかになり、わっさりとボリュームアップした姿を見上げるミニの笑顔も、いっそう輝いているようだ。 「ミニ、そろそろお昼ご飯にしよう」 「あい!」 「何が食べたいかな?」 「えびふらい!あ、かれーでもいいよ!」 「ははっ、了解」 ソファに置いたままの怖い顔をしたクマのぬいぐるみに、「お留守番、おねがいします」と言って走ってくるミニを待って、焔はゆっくりと歩きだした。 自宅のソファで思いっきり嫌そうな顔をしたイーヴァルを前に、焔は肩をすくめてみせた。ミニはすでに、クマと一緒にベッドの中だ。 「なんで俺が、あんなセンスのない・・・・・・」 「いつも欲しいものは強請れって、イグナーツに言ってるだろう?あれは嘘か?あ、ミニだからナシっていうのは、ナシだからな」 「・・・・・・・・・・・・」 ますます眉間のしわを深くするイーヴァルに、焔はにっこりと微笑んでやった。この無駄にプライドの高い義兄が自縄自縛に陥っているのをからかうのは、実はけっこう楽しい。 「材料は調達してやる。ミニの採寸はやっておいた。頼んだぞ」 「・・・・・・・・・・・・」 焔が転送したデータに、イーヴァルは忌々しげに小さく舌打ちをしたが、結局はやってくれると焔は確信していた。焔の義兄は、自分勝手で気分屋でどうしようもないサディストだが、自分から言い出したことを反故にするような、一種の横着さは持ち合わせていない。 「ああ、それから。教育上よくないから、ミニに大きくなることをせかしたり、イーヴァの性欲を押し付けるような言動をしたりするなよ」 「俺が幼児を相手にするとでも思っているのか。いまさらなんだ」 大いに心外だと怒りをにじませるイーヴァルに、焔はいっそ冷ややかなまなざしを向けた。 「ミニが、早く大きくならないとイーヴァとセックスができないと言っていたんでな」 「・・・・・・・・・・・・。余計な所だけは、大人の記憶があるのだな」 「幼児に迫られないだけでも幸運だったと思え。それだけ、あの子にとって、イーヴァの存在は大きいってことだろう」 あまり長居をして、ミニを起こしてしまってはいけない。焔は言いたかったことがイーヴァルに伝わったことを確認して、イーヴァルのマンションを辞去した。 数日後。 ササツリーが揺れる社長室で、イーヴァルはミニを呼びつけた。 「ミニ」 「あい」 最近のミニは、焔が用意した習字プログラムをやっていた。大人に戻ってからも悪筆が改善されているようにとのことで、イーヴァルも賛成している。 ソファから降りて、とことことイーヴァルのデスクをまわり込んできたミニに、イーヴァルは『レイヴン』のロゴが入った紙箱を渡してやった。 「う?」 「やる。着替えてこい」 「あい」 頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、幼児には大きい箱を抱えて、ミニはえっちらおっちらと応接セットに戻り、床の上にしゃがみこんで、ぱかりとふたを開けた。 「う?・・・・・・あ!?あああああっ!!!」 「喧しいっ!!」 「ミニのーっ!!!」 怒鳴るイーヴァルもなんのその。ミニの喜色いっぱいの声が上がり、小さな赤いジャケットを両手で広げたミニが、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。 「ミニのあかいふくー!ありがとう、いーば!!」 「いいから黙れ、飛び跳ねるなっ、喧しい!」 「あうー」 イーヴァルに怒鳴られても嬉しいのがおさまらない様子で、ミニはいそいそと着替えて、くるくると回ってみせた。 「えへへへっ」 小さく小さくサイズダウンさせ、幼児の体に負担が無いよう、少々デザインを柔らかく直した、パニッシュジャケットを元にした赤い服には、『レイヴン』のロゴをミニ薔薇にはめ込んだオリジナルのステッカーが背中に貼りついていた。 「気がすんだら、朝着ていた服を箱に入れて片付けろ」 「あい!・・・・・・あっ!」 「今度は何だ」 言われたとおりに片付けをしたミニが、ジャケットとお揃いの赤いブーツでイーヴァルのところまで歩いてきて、ササツリーとイーヴァルを交互に見上げた。 「いーば、おりひめさんね!」 「・・・・・・はあ?」 こと座の一等星ベガは織女星と呼ばれているが、それが自分とどう繋がるのか、イーヴァルにはとっさに理解できなかった。 「ミニは、ひこぼしさんね!大きくなったら、いーばのおむこさんになるの!」 「・・・・・・・・・・・・」 お婿さんと言う発言にも頭痛がしそうだったが、牽牛星のミニが飼い牛の背に乗っている様子が唐突に思い浮かんで、イーヴァルは額をおさえた。ちっこいアークスの方がマシだ。 「お前は発想が柔軟だな」 「う?」 とりあえず、ミニの要望に応えられたようなので、イーヴァルはもういいと手を振った。これだけ機嫌がよくなれば、しばらくは大人に戻ることに焦りを感じなくて済むだろう。 その後、「服を作った=織姫」だと気付いたイーヴァルが焔に愚痴ったところ、織姫のコスプレをしたイーヴァルを想像したらしい焔が、笑いすぎてしばらく立ち上がれなかったとかなんとか・・・・・・。 |